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玄関を開けると、入ってきたときと同じように執事の男が立っていた。浅めに頭を下げてから、男は門を開ける。
そのまま通り過ぎようとしたウェインに、男は話しかけた。
「お帰りですか?」
「はい」
「必要なら、車を出しましょうか?」
「間に合っているので、大丈夫です」
執事の申し出を断り、ウェインは足早にその場を後にする。一度、あの四角い歪な家に振り向くが、すぐに顔を戻して舌打ちした。
腹が立つ。昨日渦巻いていた不可解も相まって、一層。これで本当に終わりなのかという疑念が、更に。
苛立ちは無駄な力を体に籠めさせて、ウェインは自然と早歩きになっていた。
「何をそんなに急いでいるのさ」
後ろを歩くレディが、同じく早歩きで追い縋りながら問う。
「急いでる訳じゃねぇよ」
「嘘はいけないな、普段の仕事終わりはもっと笑ってただろ、ウェイン」
「笑える気分じゃなくてな」
「余裕が無いってのは、急いでるのと同じ意味だよ」
そこでようやくウェインは立ち止まった。溢れ出す力をぶつけるように大きく息を吐いて、レディの方へ振り返る。
「そういうお前は普段通りなのか?」
「そう言われると困るな。私の普段ってどんな感じだった?」
「今の俺がおふざけに付き合う余裕が無いってのは、わかってるんだよな?」
「落ち着けよウェイン。らしくないぞ」
「さっきからなんだ、これが! らしくいられるかよ!」
声を張るウェインに、レディは目を丸くする。だがすぐに、睨みつけるような目は地面へと伏せられた。
「どうすれば良いんだ? わかるなら教えてくれ」
「何もできない。私達には。わかるだろ?」
悲しむような、哀れむようなレディの目を、ウェインは直視できない。
わかっている。何故これほど自分が抑えられないのか。
アメリアを保護して、親の元に返す。最初の契約、書類の上に書いてある事柄は全てやり遂げた。喉元に引っかかることがあろうと、それは関係ないと飲み込むことができた。そのつもりなのに、飲み込んだはずの物は棘となって心を刺す。
ベニートがアメリアを守るために行った対策というのは、カメラと執事達による徹底した監視。
そんなもの牢獄と変わりない。ただ監視人がサルヴァトーレからベニートに変わっただけのこと。自由などあるはずもない。
そして恐らくは、そんな状況では永劫、アメリアという人間はベニートという親に認められない。
「わからねぇな……」
悪態のつもりで出した答えは、驚くほどに力無い。
その問題は、ウェイン達が口を出す範疇ではないのだ。頭を回して考えれば考えるほど突きつけられる。
何もできない。
これはただの、アメリアの心境を知ってるからこその、義憤だから。
依頼を受け、それをこなす道具としての立場では。
何もできない。
「帰って一旦落ち着こうか」
そう言って微笑むレディの表情は、今までで一番優しげなものだった。ああ、とウェインは答えて、目立ちにくい場所に止めておいた車の元へ、再び歩き出す。
日は傾き、影が長く伸び始めていた。
「悪いな」
「何が?」
力ないが、普段を取り戻し始めたウェインの声。レディが嬉しそうに答える。
「毎回、こういう時はお前が止めてくれる。助かってるぜ」
「何を今更。別に私がいなくても、ウェインは踏みとどまるよ。絶対」
「チキン野郎って言いたいのか?」
「まさか」
やっと飛び出した軽口に、レディはフフッと吹き出して笑う。心の底から来る自然の笑みだ。
「良かった。私は、普段のウェインが一番好きだよ」
「お褒めに預かり光栄だ」
2人は細い路地に入った。一転して暗い空気が辺りを包み、体を冷やす。そこにはウェインの愛車である赤いスポーツカーが、主人の帰りを待っていた。
ウェインは左腕を動かしてドアのロックを外し、運転席側に乗り込む。エンジンをかけるが、レディは何故か見送るようにドアの傍に立つだけだ。
ボタンを操作してドアガラスを下げ、ウェインはレディに話しかける。
「乗らないのか?」
「少し用事があってね。後でアジトに戻るよ」
訝しんで訊くウェインに、レディはニコッと笑って答える。
その顔に覚えがあって、ウェインは鋭く目を細めた。
「何の用事か言えよ」
「やけに詮索するね。女性の秘密を暴こうとするのは野暮だよ」
「この状況ならな。気になるってもんだ」
「別に大したもんじゃない。気にするなって」
そう言って、レディはへらっとした笑みを深める。
「嘘をつくな」
ウェインはそれを見逃さなかった。レディの眉が一瞬、ピクリと跳ねる。
「自分じゃわかってねぇみたいだから教えてやる。嘘を吐くときのお前の笑い方はな、わざとらしいんだよ」
「……本当に、いつものウェインに戻ったね。嬉しいよ」
吊り上がる笑みはいつもより歪んで見える。偽りを捨てたそれに、ウェインの体が強張った。
「隠し事は良くないよな。レディ」
「わかってる。けど言うつもりはない」
「俺とお前の仲でもか」
「だからこそだ。これは私の問題だ。ウェインは巻き込めない」
冷たい視線が火花を散らす。睨み合いが続いてから、レディはため息を溢して、その場を去ろうと歩き始めた。
「待てよ」
「なんだ。できれば早く取りかかりたいんだよ」
「お前も急ぎなのか? どいつもこいつも変わらねぇな」
「私とあの野郎が同じだって? 冗談も程々にして欲しいね」
吐き捨ててからレディは再び歩を進める。ウェインは車から降りて、暗い路地から出ていこうとするレディへと呼びかけた。
「お前も俺から離れていくのか?」
その問いかけでレディの足は止まり、ゆっくりとウェインに振り向く。
「その質問はズルくないか。ウェイン」
「悪いな、小賢しいのは性分なんだ。それで、質問に答えろよ」
「絶対に戻ってくる。心配するな」
「良く言うぜ。軽口を言う余裕があるなら笑って見せろよ」
ウェインの口車に乗って、レディは無理矢理笑顔を作る。
ぎこちなかった。
「私でも危ないかもしれないんだ。ウェインは来ちゃ駄目だ」
「ふざけんなよ」
初めて見せる、レディの弱々しい表情。ついに堪えきれなくなったウェインは、ずかずかとレディに歩み寄る。
そのまま左手で、レディの胸ぐらを掴んだ。
「何だよ。暴力に訴えても私には勝てないぞ」
「わかってる。お前は特別だ」
「良く覚えてるじゃないか」
「ああ、覚えてる。言ったよな、私は特別だ。俺より先には死なないって。それで? お前、さっきなんつった?」
レディが大きく目を見開き、追い詰められた表情で押し黙る。ウェインが掴む力を緩めても、その腕を振りほどけずにいた。固まること数秒。ウェインの左腕が青白い光を点滅させ始める。
それは何らかの通知を示す信号だ。軽くレディを睨みつけて舌打ちした後、ウェインは手を離して端末を操作する。
「レディ、用事はキャンセルしろ。新しい依頼だ」
ずっと固まっていたレディが驚きの声を出す。
ウェインに届いたのはアメリアからの連絡。
タイトルには何も記されていなかった。




