別離
「お待ちしておりました。ウェイン様ですね」
「はい」
恭しく礼をする執事然とした男性に、ウェインは愛想のいい笑顔を返す。
予定よりは少し早く、ウェイン達はフェルセン家へと到着していた。
縦よりは横に広い2階建ての住宅。幾つもの箱を組み合わせたような外見は高いデザイン性を思わせるが、土の荒肌の上にあると少しばかり不似合いだ。所々にある窓ガラスは外から見えない作りになっているようで、中に誰も居ないかのように黒く塗り潰されている。
シンプルに纏まった様は持ち主の無駄を嫌う趣向を窺わせた。
それでも、周りの建物と比べれば異色とも言える絢爛さだ。
「お嬢様もご無事だったようで。ご主人様が中でお待ちです」
二人の後ろに隠れたアメリアの姿を確認した執事は、軽やかな動作で門扉を開けた。
ウェインが軽く後ろに振り向くと、目の合ったレディが肩を竦めた後、背中を押して急かす。3人が門を潜ると、それが合図かのように続く玄関が開いた。中ではやはり執事姿をした女性が、笑顔で待ち受けている。
「ご案内いたします」
深々と一礼して、その女性は奥へと進んでいく。遅れないようにと踏み出したウェインの一歩は、ぎごちなく床を叩いた。
「随分と歓迎されてるみたいだね」
「そうだな。少し不気味だ」
慣れない事に調子が狂うらしく、警戒して周りを見やるウェインに、アメリアは苦笑いを浮かべた。
大理石を使った広い廊下は隅々まで片付いており、外から漏れる光を全面に反射する。所々にある装飾は控えめながら、無機質さを感じさせない彩りを添えていた。
歩くこと数分、1つの大きな扉の前で、執事は立ち止まる。
「こちらになります」
宣言と共に扉を押すと、中はそこそこの広さの客室になっていた。
向かい合って座るためのテーブルと椅子。生活感を見せないためだろうか、それ以外特に目につく物は無い。
中に入って、ウェインは入り口の見える奥の方の椅子へと座った。あっ、とアメリアが小さく声を出して、2人に見られてから大丈夫、ごめんなさい。と答える。
「では、ご主人様を呼んで参ります。ここで少々お待ちください」
そのやり取りには我関せずと言わんばかりに、執事は扉を閉める。一番奥に座ったウェインと、その隣にレディが座ってから、アメリアは1人おろおろと立ちすくんでいた。
「どうした。座らないのか」
見かねたウェインが声を掛ける。
「い、いえ、その、何処に座っていいかわからなくて」
「自分の家なんだろ? 何処だって良いだろうが」
「それは、そうなんだけど」
まごつくアメリアに向かって、レディが自分の隣の椅子をポンポンと叩いてみせる。それでも決断はしきれないようで、ずるずると少しずつウェイン達に近付くアメリアを、最終的にレディが手を引いて隣に座らせた。
それぞれが席について落ち着いた辺りで、先程の執事とは別の執事が来て、ウェイン達の前にお茶を置いていく。
執事が消えたのを確認してから、ウェインはぽつりと呟いた。
「凄いもんだな」
「そうだね。これならアメリアの事も心配しなくて良さそうだ」
レディの答えの意味がわからず、アメリアは2人の表情を覗き込む。言葉とは裏腹に、ウェインは渋い顔をしていた。
「良く連携が取れている。まるで俺達のことをずっと見ているみたいにな」
「どこかにカメラがあるって事?」
「わからん。だが護衛の訓練と監視の準備はしたと言いたいんだろう。アメリアを守る手立てとしてな」
そう、とどこか寂しそうに目を伏せて、アメリアは何かを探すように首を回した。そこまで露骨な動きはしないながら、ウェインも目だけを動かして部屋を探る。
言葉だけでなく見せつけるように。自らの徹底さを披露するその様は、驚きよりも鼻につく事が勝った。
全てを見られている、という感覚からか、大きな仕事を今から終えるという脱力を体が許さない。まるでドイルの元に乗り込んだときのような、ひりつく緊張がウェインを包む。
ふぅ、と息を吐いてウェインが椅子に深く座り直した矢先、部屋のドアが2回ノックされた。
「ご主人様をお連れしました」
義務的な報告の後、ゆっくりとドアが開く。現れたのは口ひげを生やした初老の男性。鋼が入っているかのように真っ直ぐ伸びた体の上に、深い皺の刻まれた顔がある。薄い黒のスーツを着込み、アクセントで赤いネクタイを着けていた。
手には大きな、焦げ茶色のバッグを提げている。
「お待たせして申し訳ない。手短にすませよう」
相応にしわがれた声。だが不思議と聞き取りづらいということはない。放たれた言葉の中にある強い芯が、周りの音を打ち消すようにして耳に届いた。
アメリアにとっては見慣れた、ウェイン達にとっては二度目の顔。
「ベニート・フェルセンさんですね」
「この場に相応しい者が、他に誰がいる?」
淡々とした答えは、それだけで刺すような鋭さを持っていた。無駄口を叩くな、という言外からの圧にも、ウェインは穏やかな笑顔を浮かべる。
「アメリアさんを無事、保護しました」
「見ればわかる。怪我はないか?」
アメリアに向けられる、無感情な言葉。しゃんと伸ばしていた背筋に更に力を込めて、はっきりとアメリアは答える。
「何処にもありません。彼らは、よく働いてくれました」
「そうか」
良かった、といった言葉は続かず、それだけで声は途切れる。もう興味を失ったかのように、ベニートはバッグの中に手を伸ばした。
アメリアの表情が歪む前に、ウェインは言葉を継ぐ。
「多少サルヴァトーレの抵抗はありましたが、以降はもう無いと思われます。アメリアさんを攫いに来ることも」
「対策はしてある。問題ない」
「確認のためにお聞きしますが、どのような対策を?」
笑顔のままで調子よく、明るい声でウェインが問う。ベニートはゆっくりと、苛立つように細めた目を向けた。
「それはそちらに伝えるべき事かね」
「次、同じようなことが起きても大丈夫なようにと、連絡しておいた筈ですが?」
「対策はしたと言っているだろう」
「その程度によっては、アメリアさんの身が安全とは言い切れません」
「娘を返さないと?」
「あまりにも酷いようであれば、それもあり得るかもしれませんね」
長いため息を吐いて、ベニートはネクタイを緩める。剣呑とした雰囲気になる中、アメリアが2人に割って入ろうとしたのを、レディが止めた。
「そちらの依頼主は誰だ?」
「貴方です」
「そうだ。そしてそこに居るのは私の娘だ。その私が返せと言っているんだぞ?」
「……随分と、お急ぎのようですね?」
はぐらかすような問いに、ベニートは眉を潜める。静かな怒りを込めた瞳の先にあるウェインの表情は、凍った水面のような笑みだ。
「急ぎでは無いが、用事がある。関係ない質問にはこれ以上答えないぞ」
「そうですか。私の先程の確認も、関係ない質問なのですか?」
「そうだ。まだ無駄口を叩くようなら、追い出すという手段も考えるが」
最早隠すつもりすらない脅し。思わず鼻で笑うような息を吐き出してしまったウェインは、ごまかすように言う。
「それは怖いですね。この話はもう終わらせましょうか」
「ああ。報酬は予定通りで問題ないな?」
そう言って差し出されるのは、黄金を含めた幾つもの貴金属。それぞれを、ウェインは手に取って確かめる。
「贋物を混ぜると思うか」
「一応、確認ですから」
ふん、と不機嫌そうに息を吐き、ベニートは背もたれに上体を預ける。
一通りの確認が終わってから、ウェインはそれらをレディに渡した。受け取ったレディもそれらを確認して、持ち込んだ袋の中に入れていく。
「では、私達はこれで。何かあれば連絡いたします」
「ああ」
短い返事を背に、ウェイン達は部屋を後にする。去り際、微かにアメリアの声が聞こえた。ウェインは首だけで振り向くが、固く閉ざされた扉が立ち塞がるのみである。
ため息と共に歩き出す。出口に向かう2人を案内する者はいない。
「終わったね。一件落着じゃないか」
「そうだな」
励ましの言葉に、ウェインは切り替えて半分笑い、答える。
次第に外への扉が近付く中で、ウェインはアメリアの連絡先を開いていた。
これで一応は完結です。ありがとう御座いました
流石に嘘です。令和ジョーク令和ジョーク




