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ハードラック・ブラックアウト  作者: 魚之眼 ムニエル
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最後の午餐

 アジトを移したとは思えないほど、全く変わり映えのない灰色の大部屋。

 その中央で、スミスを除いた3人は昼食を取っていた。丸いテーブルの中央に大皿が1つ乗っており、その上には様々な具を挟んだサンドイッチが並んでいる。

 大口を開けてかぶりつくウェインとレディを盗み見てから、アメリアは恐る恐る大皿に手を伸ばした。


「今更何を遠慮してるのさ」

「いえ、遠慮って訳じゃ無いけれど。こうやって1つのお皿を皆で食べるのは初めてだから」


 レディのからかいに答えてサンドイッチを手に取って、アメリアは口元を隠しながら食べる。

 燻した肉と卵を挟んだだけの簡単なものだが、それでもお気に召したらしい。美味しそうに頬を緩ませてアメリアは口を動かす。


「壁の中に居た頃は良くパーティーに行ってたんだろ?」

「そうね。でも食事会って訳では無かったわ。そういう大事な話の場では、私は連れて行って貰えなかったから」


 そうか、と少しぶっきらぼうに答えて、それで会話が終わる。レディはウェインをにやついた表情で見て、聞こえる音量で笑った。

 何故か慌てるアメリアに、唸りにも似たため息を漏らしながらウェインは乱暴に言葉を吐く。


「この後の話だが」

「おや、昔話はもうしないのかな?」

「うるさいぞ、レディ」


 余計なエンジンが掛かり始めたレディを、ウェインは恨みを籠めて睨む。2人のやり取りにクスリと笑いながら、アメリアは居住まいを正した。

 自然と引き締まる空気に、レディも正面に向き直る。話の主導権を渡されたウェインが、一度口の中を完全に空にしてから、話し始めた。


「これを食い終わったら、アメリアを両親の元に連れて行く。サルヴァトーレの抵抗はもう無いだろうが、取り敢えずはそれで俺達の依頼は完了だ」

「そうね。本当にありがとう」

「礼を言われる事じゃない。取り敢えずまた何かあれば、そいつを使って連絡を寄越してくれ」


 ウェインが軽く指した先には、コードに繋がれて充電されたアメリアの携帯端末がある。その中には、あの瓦礫の底で交換したウェインのアドレスが入っていた。


「お前に渡したアドレスは特別仕様だ。俺の腕の方にも、簡易的だが連絡が行く。いざとなったらすぐに対応してやる」

「あ、じゃあどうでも良い連絡には、あまり使わない方が良い……?」


 残念そうなアメリアの上目遣いに、ウェインは一度面食らった顔をしてガリガリと頭を掻いた。


「頻繁じゃなければ良いぞ。流石に日に何度もはゴメンだからな」

「ありがとう」


 安心して微笑むアメリアに、ウェインは舌打ちと共にため息を吐いた。嫌々ながらに隣を見れば、最早不気味なほどにニヤニヤとした顔がある。

 錆び付いた機械のようなウェインの動きに、レディは耐えきれなくなって吹き出す。収集の付け方のわからない事態に、ウェインは眉間を強く押さえた。

 各々の反応にハッとしたアメリアは、みるみる頬を赤らめる。


「ごめんなさい、もうお別れになってしまうのがやっぱり不安で、でも嬉しくて」

「あー、アメリア。これ以上言うな。沈黙は金だ」

「ふはは、でも食事の場においては、金より銀が似合うだろ?」

「お前はパンを銀食器で食うのか? 随分と高貴な生まれなんだな」


 ごめんなさい、私はその経験があるわ。とどこかズレた言葉が続いて、3人の最後の午餐は盛り上がっていく。

 この間だけ、ウェインは巣くう不安を頭の隅に置いて、見て見ぬ振りをすることができていた。

 考えるだけ無駄だと自分でも解るほどの小さな不安。だがそれは手に入れた大事なものを思い浮かべる度に大きくなる。強い光に濃ゆくなる影のように。

 何度も同じものを失ってきた過去から来るどうしようもない性だった。

 それを忘れていられた時間ももう、終わる。


「ふう、ごちそうさん」


 下らない会話が落ち着いた頃には、皿の上のサンドイッチは無くなっていた。レディの一言を皮切りにして、アメリアも手をあわせて瞑目する。

 一転して沈黙した室内で、ウェインは首だけでレディを見やった。


「おやっさんは?」

「また奥で作業してる。こっちのアジトは随分と来てなかったから、道具の整理と掃除がしたいんだと」

「相変わらずだな。全部食っちまったがいいのか、これ」

「おっさんなら食わなくても大丈夫だとは思うけど、まぁこれとは別に残してあったのがあるよ」

「準備がいいな」

「まぁね。後から持って来いって言ってたし、丁度いいから今行こうかな」


 これ見よがしな笑みをウェインに向けながら、レディは部屋の隅に向かっていく。途中ウェインに向かって振り向いて、躊躇無く親指を地面に向けたハンドサインを食らった。

 ウェインが顔の向きを戻すと、アメリアは既に食事の挨拶を終えていた。


「アメリア」

「何?」


 静かに呼びかけると、穏やかな答えが返ってくる。


「お前は強い人間だ。俺なんかよりもずっと」

「と、唐突ね。私が貴方より強いだなんて、そんなことは無いと思うけれど」

「いや、有るよ。お前はその強さで、自分の目標に向かって努力していけばいい。お前ならできる」


 一切の皮肉のない純粋な賞賛に、アメリアは軽く目を見開いた後恥ずかしそうに微笑む。そこで少し声色を変えて、だが、とウェインは続けた。


「ここは壁の中とは違う。真っ当な手段で壊せない障害が山ほど出てくる。少し前に、似たようなことを言った覚えがあるが」

「ええ、私も覚えているわ」

「そうか」


 その呟きで失った空気を深く吸い込むことで取り戻し、ウェインはアメリアを見つめて言う。


「こっちでは銃でしか解決できない世界がある。その時は俺達を頼れ」

「……でも、今回だって危ない賭けだったんじゃないの?」

「それは否定できない」

「だったら、これで危ないことは最後にするべきだと、私は思うわ」


 アメリアの一言に、ウェインはピクリと眉を上げる。


「私のお父様に頼んで、報酬をもっと払って貰えば、貴方達は」

「それは駄目だ。アメリア」


 柔らかく、しかし冷たい拒絶。奥底に揺らぎ無い決意を宿した暗い瞳。真っ直ぐに放たれた言葉に、アメリアの表情が曇る。


「不相応の対価を貰うのは、俺のポリシーに反する」

「ぽ、ポリシーって」

「後はな、アメリア。俺もレディも、後はおやっさんも、()くし物があるんだよ。こっち側にな。探して取りに行く必要がある」

「それは危ないことをしながらじゃ無いと探せない物なの?」

「そうだ」


 今度は強く。短い言葉を叩きつける。どれほど食い下がっても無駄だと悟ったアメリアは、それでも残念そうに目を逸らした。


「そんな顔するなよ。仕方ないことなんだ、素直に聞いてくれ」

「ええ、わかったわ。でも次、私が依頼するときは、私が満足する額を報酬に出すからね」

「それでいい。俺達は銃を撃つことだけが得意な連中だ。お前が引けない引き金を、俺達が引いてやる」


 互いに譲り合えない一線を引いてから、ウェインとアメリアはフッと口を緩ませた。


「だからな、俺達が知らないところで勝手に死ぬなよ」

「貴方も無茶しすぎないでよね」


 締めくくる一言を交わしたところで、奥からレディが戻ってくる。さっきとは見違えるほど引き締まった2人の顔を見て、レディはいつもの勝ち気な笑みを浮かべた。


「さて、そろそろ時間だけど、行ける? ウェイン?」

「勿論だ」


 ゆっくりと立ち上がったウェインに合わせて、アメリアも立つ。瞳だけのやり取りを経てから、3人は出口に向かって歩き出した。

 日は壁を越え、高く昇っている。

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