ドイル・サルヴァトーレ
アクセルを踏んでいた足をブレーキの方へずらし、ウェインはスポーツカーを止めた。ゆっくりと降りて、ドアを閉めると同時に鍵がかかる。
目の前にあるのは明らかに周りの建物よりも高く伸びたビル。陽の光を反射する強化ガラスに、ウェインは目を細めた。
敢えて見せつけているのは格の違い。ここがサルヴァトーレの本拠地である。
忌々しげにそれを見上げてから、ウェインは先程まで自分をつけていた車の方へ顔を向けた。派手な音で車を閉めて、黒いスーツを着た男が二人降りてくる。大柄で筋肉質な男と、細身で小柄な男だ。
4つの目は鋭く、強い敵意が窺える。
ウェインと目があって顔をより顰めながら、大柄な男が問う。
「何の用があって来た」
「お前らに話す必要は無いな」
「とぼけるな。用が無いのなら今すぐ帰れ」
「だからお前らみたいな下っ端には用がねぇっつってんだよ。上と話をしに来たんだ」
「それを聞いていると言ってるだろうが!」
大柄な方が怒鳴り、スーツの内側からハンドガンを取り出してウェインに向けた。その間に小柄の方が、ウェインの進行方向を塞ぐように回り込む。
一度そちらに目を向けてから、ウェインは自分を向く黒い銃口に視線を戻した。
「いいのか? そいつはお客様に向けるようなもんじゃないぜ」
「正当な客人であるならば名乗ったらどうだ」
「名乗れば通してくれるのか? 生憎と気が立っててな、早くして欲しいんだが」
「言うだけ言ってみろ」
「ブラックアウトのウェインだ。ほら、言ったぞ」
心底うざったそうに答えるウェインに、スーツの男達は顔を見合わせる。数秒仕草だけでやり取りをした後、再びウェインを睨みつけた。
「どうした、言えば通してくれるんじゃなかったのか」
「聞いたことの無い名だ」
「……チッ、結局はこうなるんだろうが」
「何を言った。通信機を使って会話してるんじゃないだろうな?」
「そのチンケな銃を下ろせって言ったんだよ。気が立ってるって言ったのが聞こえねぇのか鶏頭」
なんだと、と激昂する硬直を見逃さずに、ウェインは腰に挿したハンドガンを抜く。素早く狙いをつけて二発、一発目がハンドガンを持つ肩を射抜き、二発目がそれを弾き飛ばした。
一呼吸遅れて細身の男が反応する。その手がスーツの中に届く前に、ウェインのハンドガンは男の眉間へと向いていた。
ビクッと不自然に体の動きを止めて、ギリギリと歯を食い縛りながら細身の男がウェインを見上げる。大柄な男は肩の出血を抑えながら地面に伏せ、呻いていた。
「ドイルの客だ。案内しろ」
フロントサイトの奥に冷えた双眸を据えて、ウェインは脅す。
◇◆◇
背中に突きつけた銃で、ウェインは男の背中を押した。抵抗の意志を奪われた男は、青く冷めた手でドアをノックする。
「開けたまえ」
中から声が返る。最小限に首を回して目を合わせる男に、ウェインは顎で開けろと命じた。
「失礼します」
上擦った声で答えた男は、ぎこちない動きでドアを開けた。
中から紅茶が甘く香る。
「なるほど。もう下がって良いぞ」
「それは、どういう?」
「客人の案内だろう。ご苦労だったな」
「で、ですが」
「下がれと言っている」
その言葉による恐怖は背中の銃よりも勝ったのか、微かに震えていた男の体は一瞬でその動きを止めた。はい、と消え入るように答えて、その場から逃げ去る。
ウェインは中に居る男と目が合った。
「そちらから出向いてくるなんて珍しいな。丁度良い、取って置きのを出そうか」
耳を撫でるような心地良さにも関わらず、腹の底へと重くのしかかるような声。老練とした喋りからは想像できないほど、その顔は若い。眉にかからない程度に伸ばした髪は、着込んだスーツの印象を損なわせないように整っていた。
逸らすことを許さない、全てを飲み込む穴のような瞳は、表情という仮面の裏を舐め回すようだ。ウェインの到来を予期していたかの如く、手に持ったカップからは湯気が立っている。
不気味なほどの存在感にしては、掴み所がまるで無い。まるで黒く濁った泥のような男。
ドイル・サルヴァトーレである。
「お前が淹れたものを飲むほど、俺はお前を信頼してない」
「心外だな。武装したまま私の部屋に入れる人間なんて、数えるほどしか居ないのだが」
「よく言う。片手でしか物を数えられない馬鹿じゃ無いだろ、お前は」
ふふ、と楽しそうな声を漏らし、ドイルは空いたカップに紅茶を注いだ。それをテーブルの上に置いてから、ウェインをそこに座るよう促す。
長い熟成とかつての生気が感じ取れる木材を基調としたそれらは、不毛の大地が続く壁の外では想像を絶するほどの高級品だ。
一度椅子に仕掛けがされてないか確認したウェインは、ゆっくりと腰を落とした。柔らかく沈み込むのに眉を寄せてから、腰を浮かして浅く座り直す。
その対面に自分のカップを置いて、ドイルは深々と椅子に腰掛けた。
「私と同じものだ。それでも、私の淹れた紅茶は飲めないか」
「甘いのは苦手でな。コーヒーの方が好きなんだよ」
「それは悪かった。しかし、君は私の客人ならば必ず招き入れる、という主義を信じてやってきたのだろう?」
試すような言葉に、ウェインは答えない。
「客人には客人の礼儀というものもある。話をするのならば、まずは礼儀を果たしたまえ」
言い終わると同時に、ドイルは紅茶に口をつける。ウェインは目の前のカップに目線を落とした。
薄い茶色の液体は揺れず、不純物は見えない。持ち上げ、軽く匂いを嗅いでから、少量口に含んで、嚥下する。顔を戻すと、満足そうに微笑むドイルがいた。
「良い味だ」
「それは結構。では、話を聞こうか」
矢のような視線を受けながらも、ドイルは飄々として頬杖をつく。絶えない微笑はこちらの頭の中を見透かしているようだ。
「アメリア・フェルセンを知っているか?」
「ふむ、フェルセンの名は聞き覚えがあるな。最近こちらに落ちた上流階級だったか。アメリアということは女性だろう。その家の婦人か令嬢。違うか?」
「憶測を聞いてるんじゃない。知ってるか知らないかを聞いているんだ」
ウェインの言葉を鼻で笑って、ドイルは堅物め、と呟く。
肌がひりつく。不機嫌ではない、相手は寧ろ楽しんでいると分かっているのだが、それでもその一挙手は不安を巻き上げる。
表情にまでは出ないように、ウェインはドイルを睨み続けた。
「知らないな、君の言うとおり全て憶測によるものだ。だが合っているのだろう?」
「ああ。アメリアはフェルセン家の令嬢だ。お見事なこったな」
「君は世辞を言うような人間だったか? さて、そのアメリア嬢がどうかしたのかね」
嘲るような言葉、表情からは真意が全く読み取れない。解答を考えるにはやや長い間が空いて、ドイルはウェインを覗き込んだ。
聞こえないように歯を鳴らしてから、ウェインは口を開く。
「サルヴァトーレの襲撃を受けた」
「ほう。アメリア嬢が?」
「そうだ。今は俺達が依頼を受けて、彼女を護衛している」
そこで初めて微笑を崩し、ドイルは口を覆うように手を当てて、唸る。
「知らなかったみたいだな」
「初耳だ。しかし何故わざわざ敵である私の元にやってきた? まさか無様に命乞いをしに来たわけじゃないだろう?」
「抜かせ、その逆だ。お前にしては手段がぬるい。計画性も正確性も無かったからな」
「なるほど。最初から私が絡んでないと、そう打算したわけだな」
ドイルは眉間に皺を寄せながら紅茶を口に含んだ。
恐らくは真剣に悩んでいる。ウェインにとっても想定外な事だが。
「私が知らないということは末端、恐らく解散を命じていた部隊がやったことだ。手柄をあげることで免れると思ったのだろう」
「出過ぎた真似が得意な奴らなんだな。躾がなっていないんじゃないか?」
「全くその通りだ。君達は被害を受けたのか」
「アジトが1つ。仲間が数人」
ほう、とドイルの目が少し大きくなる。後半はハッタリだが、ウェインにとっては限りなく真実に近い嘘だ。
「やはりそこまで仲間の死は辛いか」
「俺を馬鹿にしてるのか?」
「そうではない。君が前に、親しい人間の死はもう見たくない、と言っていたのを思い出してな」
憤るウェインに、ドイルはひたすら淡々と答える。
その無表情、その冷たさは何よりもウェインの心を抉る。何度も繰り返した失敗の過去を、下らないものとして踏みにじられている気がした。
ドイルは一度瞑目して、申し訳なさそうな顔を作り上げる。
「本当にすまなかった。何か望むものはあるか?」
「望むものだと? そうだな、今すぐお前をぶっ殺して、その血で足を洗うことだな」
「悪いがそれには答えられない」
体に隠した銃まで手を持って行くウェインを、ドイルは冷たく観察する。その姿勢のままで数秒固まってから、ウェインは舌打ちと共に体の向きを戻した。
「だが、すぐにこの一件から手を引くことは約束しよう」
「……本当か」
「虚言の理由も続行の理由も無い。あまりにも無駄が過ぎる」
「その言葉、忘れるなよ」
吐き捨ててからウェインは立ち上がる。残った紅茶が微かに揺れた。
「今度また、何かしら依頼しよう。報酬は言い値でいい」
「言い値か。お前を殺せって依頼なら格安で引き受けていいぜ。参考にするんだな」
去って行く背中を追って放ったドイルの言葉は、叩き落とされて潰れた。
「相変わらず、無欲でありながら強欲な男だ」
一転して静かになった部屋の中で、サルヴァトーレの王は紅茶を飲み干して笑う。




