Are you ready?
『レディ、そっちは行けそうか?』
翌日、早朝。
モーターの身震いに細かく揺れる装甲車の中で、レディはウェインからの通信を聞いた。
「おっさん、出せる?」
「いつでも良い」
運転席のスミスは冷静に返した。緊張に手元が鈍らないように、ハンドルを強く握り込む。
『よし、出るぞ。いいな』
「あいよ! おっさん、出してくれ!」
レディの合図でアクセルが踏み抜かれる。鋼の巨体が軋みを上げ、タイヤの焼け擦れる雄叫びと共に動き始めた。錨の上がった装甲車はぐんぐんと加速し、目の前の壁をぶち破って道の中央へ躍り出る。
土煙巻き、岩を踏み砕くその姿は正しく走る鉄塊。傾斜装甲に囲まれた歪な車体を分厚い6輪が支える。モーターの回転はすぐに最大まで達し、近付く限界に高い悲鳴を響かせた。
「ひいいいいい!!」
口を開ければ舌を噛むとわかっているアメリアは、歯を食い縛りながら声を上げ、頭を押さえ込む。ハイテンションに笑いながら、レディは狭い車内で目いっぱい体を捻って後ろを見た。
「いいねぇフルスロットルじゃないか! もっと飛ばせるだろ?」
「鬼かお前は! 余裕があるなら索敵しろ!」
「仰せのままにっと、おお?」
後部に積んだ荷物の隙間から見える奥から、黒いスポーツカーが何台か現れる。
確認する必要も無い。サルヴァトーレだ。
良く通る口笛を吹いてから、レディは体の向きを戻して用意していたライフルを掴む。
「来たか!?」
「ああ、サルヴァトーレの奴らだ。相変わらず仕事が早いね」
「数は?」
「取り敢えず後ろに3台。スポーツカーだ、いずれ追いつかれる」
レディの答えにスミスは舌打ちした。
サルヴァトーレの歓楽街には出入り口が2つしか無い。中で何かしら大きな問題が起きたとしても、そこさえ塞げば相手を袋小路に追い込めるように。
そして、今回追い詰められるのはこちら側だ。相手に気付かれたこと、それだけでマズい。
冷や汗を浮かべながらスミスはバックミラーを見上げる。頼みの綱であるレディは、涼しい顔でライフルを弄っていた。
「大丈夫。何とかなるし、何とかするさ」
気取った台詞と共にライフルの調整を終わらせて、レディはすぐ傍のドアを開ける。後ろへ流れていく風が爆ぜるような音を立てた。
そうして生まれた隙間に滑り込むように、レディは車内から身を乗り出す。括った髪と肩に通したスリングが、音を立ててはためいた。
「だ、大丈夫なの!? ねぇ!?」
「お嬢さんは自分の心配でもしときなー」
気の抜けた返事は風に吹き飛ばされて聞こえないようで、車の中から聞き返す声が聞こえてくる。肩を竦める仕草をしてから、レディは正面の敵を中央に見据えた。
ハッキリと目視できる距離。既に互いの射程である。
「今度はもっと遊んでくれよ」
レディがライフルを構える。同時にその後を追うスポーツカーの上がスライドして、中から機関銃を持った男が顔を出した。すぐにそちらへと狙いを調整する。
発砲は同時。
ライフルから放たれた銃弾は銃座のシールドに吸われ、お返しとばかりに弾丸の雨が降り注いで来た。眉間に飛ぶ1発を首を傾けて躱してから、レディは体を車の中に戻す。
「たった一発撃っただけで、それも外すとは。ウェインみたいな早撃ちはできないもんだね」
悔しそうに呟くレディに、スミスが前を見たまま怒鳴る。
「撃ってきてるぞ! 何とかできないのか!」
「やろうと思えばできるかもね。跳弾が中に入ってくる可能性を考えなければ!」
鉛が鉄を叩く音に負けない大声を返して、レディはスミスを黙らせる。
機関銃の弾を何発浴びようがレディの体なら全て弾き返す強度はある。しかし向こうが撃ってくる弾が、どのように弾かれるかなんて考える余裕は無い。
対策を考えている間にも、相手はぐいぐいと距離を縮めてくる。
レディは後ろに積み込んだ荷物の中から、一番近くに置いておいた鉄の箱を開けた。中に入っているのは乱雑に幾つかのグレネードだ。
それぞれ形の違うそれを3つ、器用に片手でつかみ取る。レディは窓の隙間から後ろを見て、距離を確認してから噛んでピンを引き抜いた。
交互に機関銃を撃っていた相手が、銃身の冷却のために弾幕を薄くするその刹那。
レディは瞬時にドアを開け、グレネードを2つ、下投げで放る。目に埋め込まれたレンズを動かして、相手の射手がそちらに気を取られているのを見た。
右手には1つ、遅延装置の入っていない物が残っている。
「プレゼントだ!」
全力で叫びながら、レディはその一発をぶん投げた。猛烈な速度で飛んでいったそれは、サルヴァトーレの一台に直撃して爆ぜる。
炎上したスポーツカーは別の一台にぶつかり、進行方向を歪ませて建物に突っ込ませた。
その中を上手く潜り抜けてきた一台が、逃がすまいと装甲車の後に追い縋る。一度引っ込んでいた射手も再び顔を出した。
レディは肩から下げていたライフルを再び片手で構えた。照準と手元の微調整をして、引き金に指を掛ける。
その指に最後の力を込めようとしたところで、銃の狙いは大きくブレた。
「なっ!」
耳に跳ね返る破壊音。体に感じる違和感。
浮いている。
進路の先に滑り込んできたサルヴァトーレの車両を踏み砕いた装甲車は、それを台にして大きく宙を舞っていた。土煙を撒きながらタイヤがから回る。
下ではサルヴァトーレの車が、無様な獲物が降りてくるのを待っている。
脳の要求に合わせてゆっくりと流れる視界の中で、レディは。
飛び降りた。
「えっ!?」
遠ざかる装甲車の中で、アメリアがこちらに向かって叫ぼうとするのが見えた。全身に仕込まれた制限装置の解除を命じながら、レディは空中で体勢を整えてライフルを装甲車へと向ける。
セミオートでの連射。リズミカルに放たれた銃弾は開いていたドアに命中して、強引に閉めさせた。
視界が赤く染まる。オーバースペックを示す色だ。激しいノイズ。情報量に耐えられず、網膜と視神経が焼け付くように痛む。湧き上がる力が体の殻を破ろうとして暴れる。
そう、この感覚だ。
全身に駆け巡る異常を感じながらレディは笑った。次第に疼きは収まり、ノイズは途切れる。不純物は排斥され、身躯には高揚だけが残った。
さて、おっさんの方は心配しなくても何とかするだろ。私がするべきは――。
体を力任せに捻りレディは着地する。その隙を見逃すまいと、奥からはスポーツカーが迫っていた。
睨むようにあげた視界の中央に、「Are you ready?」の文字が浮かぶ。
「yeah I'm Lady!」
雄叫びを上げながら、レディはスポーツカーに拳をぶち込んだ。衝撃にフロントがひしゃげ、爆発と共に吹き飛ぶ。騒がしく部品を撒き散らしながら、建物に突っ込んで残骸は止まった。
既に視界は明瞭。ただレディの全身に走る幾何学模様のの赤い光が、脈動のように明滅している。
振り向くと、上手くバランスを取り戻したらしい装甲車が、遠くに離れていくのが見えた。
『おい!』
レディの動きを察知したかのように、スミスの声が耳に届いてきた。唇を薄く曲げながらレディは答える。
「珍しいね、おっさんが通信機を使うなんて。何かあった?」
『あったも何もお前、大丈夫なのか!?』
「奥の手を使った。何も問題は無い」
『それが問題なんだろうが! チッ、出口が見えた。俺達は出るからな!』
「あいよ。私はもう少し遊んでいくよ」
マイクを切ると共に、顔を元の向きに戻す。何処に潜んでいたのか、ぞろぞろと黒いスーツの男達が現れた。
「十と少しって所か。もっと居るんだろ? 隠れずに出て来なよ」
周りの建物に声を掛けるが、返ってくる声はない。はぁ、と軽くため息を吐いて、レディは肌身離さず持っていた煙草を取り出した。
「どうした。撃ちなよ。持ってるそれはおもちゃじゃないんだろ?」
咥えてから火を点ける。返事は返ってこない。代わりに、広がった男達はハンドガンを構える。
「それともさっきのでビビってるのか。わざわざ出てこなければ良いのに」
吸い込んで、肺を満たして、煙を吐く。返事は返ってこない。
胡乱げに見上げると、切羽詰まった表情で、だが手にとってわかるほどの恐怖を浮かべながら、男達は立っていた。
レディはその顔を何度も見たことがある。
「わかった」
レディは吐き捨てると共に、摘まんだ煙草を指先で投げる。強張っていた数人が釣られて顔を上げた。
地面が抉れる。
それが踏み込みの作用だと気付いた頃には遅い。瞬時に飛び込んだレディは、手近な一人に肘鉄を入れた。くの字に折れて脱力する体からハンドガンを奪い取る。
そして、すり抜け様に一発。
弾丸はこめかみを貫き、脳を抉った。素早く対象を変えながら一発ずつ。的確に、正確に、絶命には充分なダメージを与える。
最後の一発を撃ったところで、スライドがホールドオープンして止まった。慣性のまま飛んでいた煙草を掴んで、レディは咥え直す。
崩れ落ちた十数もの死体。その中央で、紫煙を登らせながらレディは立つ。
「私と戦うには、ドレスコードが足りなかったね」
胸糞悪そうに吐き捨てる。周囲を見回しても、新たな追っ手は来そうにない。
ため息と共に、レディはこめかみを押さえた。赤く染まっていた瞳と体が色味を失い、黒く変色するように褐色が現れる。
向かうべき場所へと振り向いて、レディは屍を踏み越えた。
我ながら半分ぐらいはダサいと思ってやってます




