奈落の底で
「う、ぐあ……」
背中の肉がズキズキと痛む。体を押し潰される苦しさに、ウェインは意識を取り戻した。が、瞼を開けても視界は黒く塗り潰されて何も見えない。両手足に力が籠もることを確認してから、慎重に腕を動かして体の近くに持ってくる。
上に乗っている何かを避けるように後ろに手を回し、ウェインは手探りで左手首を回した。
装甲の隙間から青い光が漏れ出して、やっと視界が明瞭になる。
「アメリア!?」
飛び込んできたのは、既に見慣れたブロンドの髪だった。
「アメリア、おい、アメリア!」
「ん、うう」
呼びかけても覚醒にまでは至らないようで、濁った呻き声が返ってくる。自由の利かない空間の中、ウェインはアメリアの体を器用に揺すった。
次第に人間らしい反応が返ってきて、髪に埋もれていた顔がウェインの方へと向けられる。
笑顔だった。
「良かった。二人とも無事だったみたいね」
「……ああ」
今までの印象とは違う落ち着いた返事に、ウェインは呆気にとられる。よいしょ、と立ち上がろうとしたアメリアは、途中で頭をぶつけて鈍い音を鳴らした。
いたた、と涙目になりながら、転がるようにウェインの上から退く。合わせて、ウェインも頭をぶつけないように上体を起こした。
「今どうなってるの?」
「ああ、少し待ってろ」
慌ててウェインが左腕を操作して、光量を強くする。照らされた周りは瓦礫で埋まっていた。注意してみれば、長方形の空間の四隅に丸く短い柱が見える。
所々のデザインに、ウェインは見覚えがあった。
「テーブルの下だな」
「テーブルって、さっきまで居た部屋の?」
「ああ。レディが何とかしてくれたんだろう」
ということは、レディは今、この崩落を生身で受けたことになる。こんな事であのレディが死ぬはずが無い。わかってる。だが。
気持ちを落ち着かせようとウェインは煙草を探すが、それはコートと一緒に部屋に置いてきたことを思い出した。
ハッと自棄になったように笑ってから、ウェインは上を見上げる。そんなことをしても、わかるのは壁が近くに立ち塞がっていることだけだ。視界が広がることはない。
けほけほとアメリアが咳き込んで、ウェインがそちらを見やった。大丈夫、と言葉を入れてから、間を埋めるようにアメリアが訊く。
「どうしてこんな事になったのよ」
「サルヴァトーレが上の階を爆破した。下に居た俺達はそのせいで生き埋めになった。音が聞こえなかったのか」
ウェイン自身理解できない苛立ちが、言葉に混じる。サッと目を伏せてアメリアは答えた。
「ごめんなさい、危ないと思った瞬間、貴方に跳びついたから」
やさぐれたように力なく答えていたウェインの目の色が、別の何かに染まる。
「それは、まさか、俺を助けようとしたのか」
「わからないわ。ただ、貴方は別のことを考えているみたいだった、だから」
だから、俺を助けるために飛びついたと?
ウェインはその時の状況を思い出そうとして強く目を閉じる。確かにレディに返事を返そうとしていたが、体が反応できていなかったわけではない。寧ろアメリアを守ろうと、抱き寄せようとしていたはずだ。
冷静に思い出そうとする頭とは裏腹に、感情はふつふつと煮立っていく。
「自分の立場を弁えろって言ったよな? 生憎、とこういう事はお前よりも手慣れてるんだよ。見くびって貰っちゃ困る。お前に、お前がそこまでする筋合いはねぇ」
浮かぶ言葉を、ウェインはそのまま叩きつける。怒りからか恐れからか、激しい震えの滲む言葉を、アメリアは正面から受け止めていた。
「立場は、弁えてるつもりだわ」
「なら」
「私は貴方に命を救われた」
「それは俺達がそう依頼されたからだ!」
「理屈で心は動かないわ」
強く放たれる感情同士がぶつかることはない。決して噛み合わない応酬に、ウェインは絶句した。
アメリアからは全く引く意志が感じられない。
「私は貴方を都合良く使おうだなんて思ってない。自分のことを道具だなんて言わないで」
ウェインはその言葉に覚えがあった。自分が抱いていた感情の正体に気付いて、ウェインの表情が別の物へと歪んでいく。
「わかったような事を言うな」
絞り出された言葉に力は籠もっていなかった。
お前は道具じゃない。それは、ウェインがレディと初めて会ったときに言った言葉だった。あらゆる物を失って、一人で生きていくと決めた後のことだった。
コイツなら何処にも行かないと感じた。だからこそ手を組んだ。既に風化して、忘れかけていたことだった。
抱いていた感情は、憐れみと憧れ。
失うことに対する同情と、それでも自身の助けを乞う人間がいた事への羨望だ。
あまりにも単純な自分に、ウェインは乾いた笑いを漏らす。ウェインから迫力が剥がれ落ちて、アメリアは顔の強ばりを解いた。
「全く、馬鹿野郎が」
自嘲的な呟きに、アメリアは上手く返すことができない。ウェインは小さくため息を吐いてから、今度はしっかりとアメリアに向けて言った。
「1つ言ってやる」
「聞くわ」
「与えられた役割をこなせないのは道具以下だ。俺達を道具以下には、させないでくれ」
「わかった。ちゃんと、生きて帰るわよ」
ニッと、アメリアは誰かを真似るような笑みを浮かべる。それに合わせてウェインも笑った。
「これは借りだからな」
「どういうこと?」
「依頼分の報酬は明日貰う事になってる。今日のこの分はお前への借りだ」
「私は、何もしてないわよ」
「それでもだ。今度、お前の依頼を一度だけタダで引き受けてやる。本来タダ働きは主義じゃねぇんだ、特別だぞ」
「……そこまで言うのなら、わかったわ」
静かな決意に答えて、アメリアはつっかえが取れたように笑う。ここまでの遠回りにウェインは苦笑を漏らした。
さてここからどうするかと考え始めたウェインに、ザッと機械的な音が届く。
『やぁウェイン。生きてる?』
おどけた声はレディのものだった。
「死んではいない。アメリアも一緒だ」
『そりゃあ良かった。全く向こうも派手な事するね』
「ありがとうな」
『何だよいきなり。まぁ、礼があるなら落ち着いたときにゆっくり聞くよ。勿体ないっと』
上機嫌な喋りを、崩落の音が塗り潰した。
「おい! 大丈夫か!」
『大丈夫じゃなかったら連絡なんてしてないだろ、安心しろ』
「だが」
『ウェインには心配よりも先にする仕事がある、違うか?』
言葉を遮られたウェインは一度押し黙った。内心の揺れが出ないように、平静を保った声で答える。
「取り敢えずは通路まで戻る。上を爆破しただけなら通路まで被害は出てないだろう」
『わかった。そこで合流だね?』
「ああ」
『それじゃ、向こうで会おう』
不吉にも思える言葉を最後に、レディはマイクを切る。
おやっさんの連絡が無い事が少し不安だが、まぁおやっさんの事だ。爆発音程度で連絡して来るはずもない、か。
言い損ねた言葉を飲み込んで、ウェインはアメリアへと顔を向けた。二人の会話を静かに聞いていたアメリアは、服の埃を軽く払って腰を上げる。
「通路の所まで戻るのね?」
「ああ。死ぬ危険もあるが、着いてきてくれるか」
「それこそ今更でしょ? 始めから貴方達は命を賭けてたわけだし」
憂いの取れた声からは強がりは感じられない。スッと、ウェインに向けてアメリアの手が差し出された。
「エスコート、お願いね」
「ああ、請け負った」
白い絹のような手に、浅黒い傷だらけの手が、重なる。
当初想定していた山場の1つでした。心理的な物なのでストーリーの動きとしては鈍かったかもしれませんが、ここから少しずつ加速させていきます。
読んでくれている方には、感謝申し上げます。




