目的不明の作戦
「俺の店に誰か来たみたいだな」
扉の奥から現れたのはスミスだった。右手に小型のランプを提げて、真っ暗な室内を薄く照らす。手を引かれていたアメリアが後ろに続いていた。
夜目が使えないのか、自由な手をゆっくりと動かして、周りの安全を確認しようとしている。
「指示があるまで待機って話じゃなかったか、おやっさん」
「呼ばれそうな気がしてな。無線よりもこっちの方が話しやすいだろうが」
責めるようなウェインの言葉に、全く悪びれない返事が返ってきた。張り詰める雰囲気に、アメリアは縮こまってスミスを見上げる。手を握る力が強くなるのを感じて尚、スミスの仏頂面が揺らぐことはない。
ウェインはわざとらしく大きなため息を吐いてから、レディの方を見やった。
「レディ、上はどんな感じだ」
「部屋を一巡してるみたいだ。小走りの時と足音を殺してるときがある」
なるほど、と言葉とは裏腹にウェインは首をひねる。合点がいってない様子のウェインに構わず、スミスは自分の会話を続けた。
「店に泥棒が来た訳じゃないみたいだな?」
「それも考えた。だがおっさんの店はそこまで大きくないだろ?」
「言ってくれるな。まぁ銃を売るよりは修理やカスタムがメインだからな。わざわざ盗みに来るとは思えん」
サルヴァトーレとは別の勢力が銃を目当てに来た線は無いな。場所に見当はつけたが、地下にある事まではわからなかったのか? 有り得るか? そんな用意の足りないことをアイツらがするか?
そもそもここはサルヴァトーレのシマの筈だ。ある程度なら横暴も効く。コソコソしなくても殴り込んでくれば良い。
サルヴァトーレの人間が、目立つようなことをしたくない理由は、なんだ。
進んでは元の場所に戻ってくるような思考の渦の中が、一定の場所に向かって纏まり始めていく。黙り込んで全く動かないウェインを、アメリアは不安そうに覗き見た。
「やっぱり、私を攫ったサルヴァトーレって人達が、上に居るの?」
「多分そうだろうね。というか、そう考えた方が良い。こういう時は最悪の可能性に備えておくものだ」
見上げていた顔を自然な向きに戻して、レディは答えた。濁った声を出しながら大きく首を回し、スミスの持つランプの傍まで近付く。
「ウェイン、いいかな」
「なんだ」
「上の奴ら、出て行くみたいだよ。部屋を探し終わったみたいだね」
「何……?」
想定外のレディの言葉に、ウェインは苛立つような声を出す。折角纏まり始めた思考が、また1からやり直しになりそうだった。
詳しく訊くために、ウェインもランプの元に集まる。
「どういうことだ?」
「さぁ、私に聞かれても」
「上に居た奴らが全員どっか行ったのか?」
「うーん、いや、数人は残ってる。出て行ったのは3人ぐらいかな」
数人残ったということは、上から離れるわけでは無いのだろう。相手の目的がわからないまま、不穏な動きは進んでいく。
焦りは思考を鈍らせた。
「どうする?」
引き締まっているが、穏やかな表情でレディは問う。ウェインはそれを横目で見やってから、眉間をつまむような仕草を取った。
「取り敢えずはここで相手の動きを探るしかない」
「こっちからできることはない、か」
「ああ。裏口を使って逃げるのもリスキーだ」
「ここで戦う事になるよりマシじゃない?」
「そうかもしれないが……」
向こうがどのような布陣を敷いているかわからない。裏口が繋がっている先は少し離れた倉庫だが、それもサルヴァトーレの保有する歓楽街の中にある。
どれだけの人員を使っているのかは定かではないが、大きく包囲されているのなら無理に逃げ回る方が悪手だ。
現状、相手はこちらの明確な位置は把握できていない。それならば、隠れてやり過ごす方が分のある賭けだ。そう考えるしかなかった。
目的、手段、何もわかっていない。わかっているのは圧倒的なまでの実力差だけだ。
口に出せば弱音になるだけの思考を、ウェインは唾ごと深く飲み込む。逸らされたまま返ってこない視線に、レディは小さく鼻を鳴らした。
「まぁ確かに、無理に動けば危険だ。もどかしいけど、待つしか無いね」
「すまない」
「謝るなよ。何か動きがあれば言う」
淡々としたやり取りを終えて、レディは音を拾うことに集中し始めた。ウェインは軽く頭を振って、また考える姿勢を取る。
だが、状況を打開するような考えは浮かびそうではない。
静かになった部屋の中で、アメリアは恐る恐るウェインの様子を窺った。
「えっと、良いかしら」
「なんだ」
ウェインの鬼気迫った目がアメリアを捉える。上手くスミスの背に隠れようとするが、当のスミスはあぐらを組んで座っていた。
一通りおどおどしてから何かしらの覚悟を決めたようで、声を出すことすら申し訳なさそうに、アメリアが問う。
「私達はここにいて大丈夫なの?」
数秒、力の抜けたようにウェインが固まる。咄嗟に何かを言おうとして開いた口はすぐに閉じた。忙しない動作で腕を組む。
それはまるでそんな事考えてなかった、とでも言うようだ。アメリアの顔に浮かぶ不安が更に強くなる。
「ここに居て貰うしかない」
「いいの? 元の場所に戻った方が」
「裏口から来られる可能性まで考えると、もうここに安全と言える場所はない。傍に居てくれた方が動きやすい」
いつもより少し早口のウェインに、アメリアはそう、とただ答えることしかできなかった。言ってから必要の無い事まで伝えたと気付いたウェインは、自分の髪の毛を強く掴む。
「おっさん、私の装備、どれ位準備できてる?」
やり取りの余韻を掻き消すようにレディが鋭い声を出す。眠るように目を閉じていたスミスが、険しい表情で目を開けた。
「いきなりだな。今日使ったのは上に持って行っている。他は下だ」
「アーマーは?」
「正気か。調整不足だぞ」
「調整なら私が合わせればいい」
「チッ、10分程かかる。この場を離れるぞ、いいな?」
ややあって、スミスの言葉が自分に向いていると気付いたウェインが、慌てて答える。
「大丈夫だ。何かあったら連絡してくれ」
「連絡すればすぐ来てくれよ。まだ弄り終わってないのがあるんだからな」
精一杯の悪態を籠めた捨て台詞を残して、スミスは闇の中に消えていく。残されたランプが微かに明滅した。
扉の閉まる音の終わり際、重なるようにカツッと音が鳴る。
「ウェイン、上からだ」
「聞こえた。どうなってる」
「床に何かを置いてるみたいだ。早いぞ、何人かで手分けしてやってる」
床に何かを置いてる? 何が目的で――
今度はすぐに結論に辿り着いたのか、ウェインがハッと目を見開く。
「レディ、さっき蹴倒したテーブルを起こしてくれないか」
「わかった」
足裏を地面に擦りながら、音を殺すようにしてレディは走る。緊迫した空気の中、アメリアは所在なさげに立ち尽くしていた。
その腕を強く引く。バランスを崩してよろけたアメリアの肩を、ウェインは腕の中に抱いた。
「え、わっ」
「近くに居てくれ。離れると危ない」
余裕が無い中で何とか半笑いを作って、ウェインはそれをアメリアへと向ける。
「大丈夫だ。受けた仕事はやり通すのがポリシーだからな」
その表情はどう映ったのだろうか。強く目を瞑ったアメリアは、そのまま深く項垂れた。ウェインはレディの向かった場所へと顔を戻す。
「よしっ、起こしたよ。ウェイン」
レディに言葉を返そうと、ウェインは口を開きかけた。
瞬間、轟音。
それが全てを掻き消した。




