種売り
「新緑の村」と呼ばれていたのも20年以上も昔で、ここ最近では木々も枯れてしまい時間を重ね無常に過ぎ去ると人が減ってゆく。後、10年もしたら老人だらけの村になってしまう。
親父が小さい頃は新緑が生い茂り、沢山の仕事があったと聞いている。何よりも仲間や獣達と過ごしたあの時間は誰もが続くと思っていたらしい。
城の依頼で無計画に切り倒され、緑が次第に失われ生命の息吹も絶え、村に活気が失われた。
誰のせいでもない。もちろん、俺ドンガの責任でもない。
先人達を責める仲間は誰も居ない。我々だって、良い暮らしをしようと言われたら同じ過ちをしただろう。
今は、失った緑を取り戻そうと苗木を植樹している。まだまだ時間はかかるかもしれないが、私たちの子供たちが大人になるまでには形が見えてくると思う。
そんなある日、王様からお触れが出ていた。俺は字が読めないので長老に聞いたところ「右目に黒い眼帯をし両腕に長き包帯を巻いた男を歓迎せよ」らしい。
もう少し長いと思うのだが、長老も年老いて読めない部分もあるのだろう。
この間、いつもの取引相手から隣町の大きな城に呼ばれた男が次はこの町に訪れると噂が流布されていたのを聴いていた。
お触れが出ても誰も信じようとせずどうせ噂だけで、こんな何も無いような村には来ないと村長も笑い飛ばし変わらない日常だった。
村にいつも通りのように霧が立ち込めた日にその男は現れた。
お触れ通りの格好。右目に眼帯と両腕に砂漠を歩くような茶色いマントを身に着けていた。
だが、どことなく安心感を身にまとっていた。
「少しばかり、この村で世話になるつもりだ。挨拶をしたいのだが、長はどこにいるかね。」
初めての事で戸惑っていた私に彼は優しく肩に手を置いて促された。
彼が置いた方の肩は反対側よりも熱を帯びていたのを不思議に思い、戸惑いながらも長老の家に案内をした。
彼は長老に会って二言三言話しをしているのを見届けたが、何を話しているのかわからなく長くなりそうだったので退散しようとしたら、呼び止められた。
短い会話の後に彼の希望で空き家に案内をした。幸い、この村には選べるほどの空き家がある。
彼が選んだのは、以前に若夫婦が住んでいた比較的狭い家だった。
もっと新しくて大きな家もあると促したのだが、彼はここが一番良いと多くない荷を解き家の中に運び込んだ。
家の中は埃まみれで、カビが生えているのか独特の臭いが立ち込めていた。
とても人が住むような環境ではなかったが、彼を説得するには海で泳げない魚を探すぐらいに難しく感じた。
後から長老に文句を言われたくないので、嫌々ながらも掃除をしようとしたら彼は先程の口調からは考えられない大きさで、やらないでくれと告げられた。
大きな言葉が通り過ぎたニ人の間には静けさだけが残った。
静けさを打ち破ったのは意外にも彼だった。
「大きな声を出して。すまなかった。でも、ここに居た住人の名残りを俺の為に壊してはダメだ。」
「いや、こちらこそ申し訳ない。久々の客人なんで勝手にイロイロと世話を焼いてしまったようだ。」
今度は私から手を差し出し、彼は照れ臭そうに手を出して握手を交わした。包帯からでも彼の体温が高いのが実感できた。思ったままのことが頭だけに留まらず、口に出していたみたいだ。
それを聞いてから、彼は今までと違う笑みを浮かべ、右腰にあった麻のような袋から黒い種のようなものを取りだした。
「俺の体温が高いのが気になるんだろ。それに俺の一族特有なんだ。家の世話をして貰ったお礼も兼ねて、特別な力を見せてやるよ。えっと……そうかドンガって言うのか。
なら、ドンガ。何でも良い楽しい話を聴かせてくれ。」
彼が何をしたいのか求めているのかもさっぱり解らないまま、言われた通り最近あった楽しい出来事を話した。話している最中はこれといって変わったこともしていなかった。先程取りだしていた黒い種も両手に包みこまれ特に何かをしていたような行為はなかった。
話終えると、彼は両手を開き種を見せてくれた。色が黒から白に変わっていた。その種を渡されたのだが、庭に埋めて明日の朝になったら判ると言われただけだった。
いろいろ考えながら、家に帰ってから彼に言われた通り庭に種を埋め水をあげた。考えても答えは出ないので、この村が再生された時のことを空想で描きながら眠りについた。
翌日、窓から日差しが顔を照らしたのをきっかけに起き出した。
家の外に出て見ると俺の家の周囲だけ日がさしていた。少し先の家は霧が立ち込めて見えていない。
最初は疑問が浮かんだのだが、すぐに彼の事が頭に浮かんだ。
彼がくれた白い種の効果なのだろうか。
答えを知りたくて、彼が住まいの居として構えている元若夫婦の家まで走った。
彼は私が来るのを予期していたごとく家の前で切り株を二つ運んで来ていた。
昨日と同じように不敵な笑みで来たかと呟き、座るように促された。
私は考えがまとまらないまま彼に今日の出来事を伝えた。彼は慣れたように頬笑みながら聞いて貰えた。
彼はそれが一族の力なんだと教えてくれた。
私は家に帰ると、晴れていたのが珍しいみたいで村人が集まっていた。
その一部始終を興奮が収まらないままだったので身ぶり手ぶり伝えると、皆が彼の家に向かって歩み出した。
私ももう一度彼の家に向かった。
遠くから眺めただけだが、苦笑した顔が見えた。
一人一人を家に招き入れ出てきた者の手には種が握られていた。出てきた人間に種を見せて貰うと、種の色が人によって違った。
青や灰色だったり、私と同じく白色もあった。
最後である、私の番になってから幾つか質問させてもらった。
明るい話は白で暗い話は灰色。悲しい話は青で、その中身は明日になれば判ると教えてくれなかった。
彼の家を出てから、私は種を貰い忘れたのに気付いたが戻るには小さなプライドが邪魔をしたので戻れなかった。
午後から仕事をしたが、種の中身が気になってほとんど進まなかった。明日が楽しみになったのは久々だった。
毎日の中に娯楽も楽しみもなく刺激が欲しかったのは村人達も同じ気持ちなだろう。
日が暗くなり始めると、さっさと仕事を切り上げ家に戻ると種の効果も無くなったのか周囲と同じだけ暗かった。
眠くもないが布団に入り、睡魔が自分を早く見つけて貰えることを祈った。
翌朝には至るところで点在する家々を覆うように天気が違っていて、暗雲が立ちこんで雨が降っている場所もあれば雪が舞っている家もあった。中には珍しく虹がかかっていた。あれも彼の種から芽吹いた産物なのか。確認したくなって、昨日同様に朝から彼の家に足が向いた。
すでに村人で行列になっていたが、彼はすでに種づくりに精を出していた。昨日は見かけなかった村長も居た。
彼と話したいがために、わざと最後になるように並んだ。私の番になり、今日も挨拶をして世間話をした。彼は一度家の外を見て、誰も居ないことを確認してからカップを2つ出し私の前にも飲み物を出してくれた。
カップに口をつけると、ここの地域では飲んだことの味で不思議な魅力があった。黒くて苦く、特有のコクがあった。
彼も一口飲みこみ、一息ついたようだ。少しの間、飲み続けたが彼から話しかけてくる気配はないので私から口を開いた。
「ここの村には少し慣れたかな。」
「あぁ。ここには優しい人が多いみたいで、俺みたいな一人に慣れている者にはいささか違和感があるが、心地いいな。」
「それは、良かった。この村には今は何の取り柄もなくてな。」
「そんなことはないさ。近くにいすぎて良いとこが見えてないだけだ。」
彼の一族はこの力で大国や大名の望む種を売り、生計を立てているらしい。想いや感情の豊かさで種の能力が増減するので、このような場所の方が良質の種が生産できるらしい。
それからも毎日のように人々は並び、種を貰っていた。
中には若夫婦が出て行き、毎日涙を流していた老婆の家には手のひらぐらいの小さな雨雲が数時間だけ漂っていた。笑顔の絶えない男の子が居る家には一日中に渡って太陽が輝いていた。
数日経ち、彼も落ち着いてきたころに、誰もが幸せな家族と噂していた女の子が彼の家に行った。
翌日、驚くことに森が再生していた。見渡す限りの新緑と生々しいほどの生命の匂いで溢れていた。
彼の家に行くと、誰も居なくなっており村長に伝えに行ったところ、女の子の種を創った後に彼は去ったらしい。
村人は森林が再生したことで涙を流し歓喜をしていた。
彼は何も言わず去って行ったのだが、名前も聞いてなかったことに後悔した。次があればだが、来た時には、この村は太陽に負けないぐらいの笑顔で迎えられるよう再生にすればいい。誰もがはじける笑顔になっていた。