彼女が初めてギルドに来た時 異世界のんびり生活
お姫が冒険者ギルドに来たのは、1年前の冬であった。
日の出前
前日に雪が大量に降り、今日の仕事は一日雪かきだろうか、などと考えながら暖炉に火を入れ、お湯を温めていると、「たのも~」という気の抜けた声とともに彼女は現れた。
色のない白銀の髪に真っ白な肌、白いノースリーブワンピースと白銀の手甲、脚甲をつけた、雪と見間違うような真っ白な彼女を見た最初の感想は、すごい寒そう、だった。
なんせ二の腕と太ももが丸見えである。スカートの丈が短くて、下着も見えそうなぐらいだし、胸元から二の腕まで丸見えのワンピースである。マントも羽織っておらず、寒い雪の日の格好ではない。
なんて声をかけるべきか、朝から寒そうですね、にするか、いらっしゃいませ、にするか、一瞬迷っている間に、後ろにいたギルドマスターがガタッ、と立ち上がった。
ギルドマスターが慌てる理由はすぐに気づいた。真っ白で寒そうな、おかしな少女の頭には、髪の色と同じ色の巻き角が生えていた。髪と一体化しており、最初は気づかなかったが、よくよく見ると立派な角である。
角が生えている種族というのは決して多くない。そしてその数少ない種族はどれも強力な個体の力を持っているものばかりであり、しかもその力は角の大きさに比例する。
まだ14,5歳に見える少女の角は非常に立派である、つまりすごく強いのだろう。すべてを白く染め上げそうなあの見た目は、鬼族や悪魔族には見えないけど……
「あんた、ここは冒険者ギルドだ。神龍族のお姫様が来るようなところじゃねえぞ」
私の代わりにギルドマスターが少女に声をかける。
神龍族、それは私たちの住む水原王国の隣にある大帝国の皇族である種族だ。そんな大物が、こんな一地方都市の冒険者ギルドになんで来たのか、マスターは警戒しているのだろう。
「わー、ドラゴンキラーで有名なアレスさんですよね!! よろしくお願いします!!」
泣く子どころか不良連中すら泣いて謝ると評判のマスターのにらみを華麗にスルーして、尻尾と羽を嬉しそうに揺らしながら少女があいさつする。こいつ、人の話聞かねえな、話し全くかみ合ってねえぞ。スルースキルの高さよりも、そっちの方が気になってしまった。
「お、おうっ」
「早速ですがお仕事何がありますか? やっぱり最初は雑用とかですかね!!! どぶさらいとか!?」
「きょ、きょうはえっと、おい」
完全に肩透かしを食らったマスターは途端に挙動不審になり始めた。マスターは女性が苦手だ。特に若い女性は触ったら壊しそう、とへたれたことしか言わない。まったくだめマスターである。
必死にアイコンタクトで私に助けを求めるマスターに代わって、お仕事の紹介をする。
冒険者ギルド、特にドラゴンキラーにあこがれてきたお姫様に、現実のつらさを教えてやろう、そんな悪意100%のきもちで仕事を紹介することにした。
「今日の依頼は、雪かきですね。ひとまずギルドの前の広場からお願いします」
私は依頼状況の手帳を確認しながら、彼女にデカい金属製の雪かきスコップを渡す。
冒険者ギルドが街から受託している業務の一つに雪かきがある。出来高だが割はよくなく、しかも重労働で人気のない仕事だ。いつもは暇をしているおっさんたちや、初心者の連中、場合によっては近所の子供を動員して処理している、本当の雑務である。南のほうにある帝国出身の彼女はきっと雪かきのつらさなど知らないだろうと思うし、ちょうどいい仕事だ。
そんなことを考えながら仕事を紹介すると、彼女は「わかりました!! 行ってきます!!」といって、腰に帯びた剣を私に預け、スコップを担いで出ていった。
15分後、彼女はヴォルヴさんと一緒にギルドに帰ってきた。さっそく根をあげたか、と思ったがどうやらそうでもないようだ。
「この嬢ちゃん、新入りなんだって? いやぁ、いい速さしてるぜ。すごい勢いで雪かきおらせたからな」
「そういうヴォルヴさんもいい速さしてるんでしょう? 次の場所で勝負しましょう!!」
「おう、いいぜ。雪かき一本、適当な場所のを頼む」
いつの間にヴォルヴさんと仲良くなったのか、二人して次の依頼を受けるようだ。
ヴォルヴさんは仕事は早いが、気難しいので評判の人だ。なんでこの10分程度で仲良くなっているのかさっぱりわからない。
なんにしろ仕事をしてくれるなら問題ない。ヴォルヴさんなら虚偽報告もしないだろうし、ひとまず次の地区を割り振る。こんどはギルド前広場から大通りにつながる道だ。
「ヴォルヴさん、私が勝ったらココアおごってくださいよ!! スパイス入りの奴!」
「はっはっは、新入りに負けるほどこの疾風のヴォルヴは遅くないぞ! 何でもおごってやろう!!」
「絶対ですからね!!!」
楽しそうに出ていく二人。彼女がすぐに根をあげて帰るだろうという推測はどうやら外れそうである。