ドッグファイト
湿気のある重い空気の中をエンジンの轟音が響き渡る。
朝日の当たる滑走路は土を平らにならしたもので舗装はされていない。周囲はジャングルに近い植生の鬱蒼とした森だ。車輪止めが外されて機がゆっくりと動き出す。やはり舗装はされていない為、機は上下に揺れる。前線に近い野戦飛行場であるから設備が劣悪なのは仕方がない。スロットルを全開に押し込む。エンジンの回転数が上がり爆音が一層強くなる。十分にスピードが付いた途端に機体が軽くなる。操縦桿を軽く引き、浮き上がらせる。後は大空を目指すのみ。2機のペアで離陸したが、僚機も無事に飛び上がった。指定された哨戒空域に向かう。ここでは陸上部隊が前線に向けて移動中、彼らを上空から支援するのが任務である。
密林の細い道を歩兵の列が歩く。上から見ても一目で分かるぐらいに長い列だ。どこを爆撃されても大惨事になりかねない。周囲を警戒する。地上からも無線で連絡は来るが。この辺りは対空警戒網が全く整備されていない為、目視の方が早いだろう。奇襲される可能性はそれだけ大きい。とても油断は出来ない。高度を3000mに維持して警戒を続ける。その時、僚機が無線に叫んだ。
「敵機発見、10時下方。数2!」
いた。単発機が2機、地表に近い高度を飛んでいる。奇襲を行う為に低空飛行を行っているのである。高高度は発見される可能性が高まる為だ。相手の高度は低い、こちらは高度を下げながら相手の頭を押さえるように動く。いつでも射撃できる位置に付くのである。基地に接敵の連絡を送りながらタイミングを計る。しかし、相手も気づいたらしい。爆弾を地面に捨てたのだ。そして、敵機の速度は一気に伸びる。爆撃を阻止することはできたものの、攻撃するタイミングを逃した。敵機は水平飛行で速度を伸ばした後に斜め上に左旋回。高度を上げてからこちらに向かってくるつもりだ。相手も戦闘機。これは確実にドッグファイトになる。敵味方とも正面で向かい合う。こちらも相手も撃つ、当たれば御の字だ。
そして、瞬く間に自機と敵機がすれ違う。反射的に左旋回に入る。敵機を追いかけるのだ。敵機は右旋回、互いに円を描くような形になった。こうなると機体の旋回性能とパイロットの腕がものを言う。幸いこちらの方が旋回性能はいい。だが、敵機の方がエンジンの馬力は大きい。馬力が大きい敵機は空中戦で余力を残しやすい為、長引くと相手の方が優位になりうる。こちらが勝つには早々と旋回で敵機の後ろに回り込んで仕留めるのみ。高度を一定に維持しつつ、軽やかに旋回を続ける。見た目は軽やかでも体には旋回による重力がのしかかる。2度、3度、4度…敵機の尾翼が機体正面に入ってくる。今だ!と思った瞬間、敵機が機首を下げた。照準器から敵機が消える。更に追うべく機首を下げる。敵機は水平飛行で逃げようとする。だが、まだ射程内。引き金を引く。機首と主翼の機銃が火を噴いた。曳光弾が敵機に伸びる。当たった!だが、胴体後部の何もない空間に当たったらしい。
敵機は再び左旋回。相手も粘る。こちらも追いかける。一方、僚機も敵機を追っていた。こちらを支援することは無理だろう。基地から増援を送るという無線が飛び込んだものの、今からではこの空中戦には間に合わない。自力で相手も落とすしかない。敵機は先ほどの降下で高度を失い、上昇するタイミングをうかがっている。下手に機首を上げるとこちらに背中を晒すのだ。そうなればいい的だ。当然こちらもそれを狙うのだから敵機を下方にくぎ付けにする。機銃弾を再び浴びせる。当たらなくてもいい、敵機のパイロットを焦らせるのが目的だ。しかし、相手はそれでも冷静だった。機体を強引に左へ横滑りさせて射撃をかわす。こちらが再び敵機を射線へ捉えるまでに瞬時の間が生まれた。その間で相手が上昇のきっかけを掴んだ、左斜め上に旋回して高度を稼ぐ。最大のチャンスをふいにしてしまった。同じく追いかける。しかし、こちらがまだ相手の後ろを押さえている。まだ主導権があるのだ。敵機は水平飛行で増速して逃げようとしている。そうはいかない、先ほども水平飛行で逃げようとしていたが、相手はどうにもスピードを過信している節がある。引き離される前に当てるだけだ。引き金を思い切り引いた。曳光弾が敵機に吸い込まれる。敵機の胴体と主翼で弾が炸裂した閃光がちらりと見えた。その瞬間、敵機の主翼が折れた。重要部をうまく撃ち抜いたのだ。敵機は錐もみ状態で地面に落ちていった。
まだ戦っている僚機の手助けをすべく、機体を旋回させた。
以上です、いかがだったでしょうか?
ちょっと空中戦の一場面に絞った話を書いてみたくなり挑戦してみました
また、他作品でお会いしましょう