故郷
「今日ちゃんとパパが理解してくれると思ったから、達也パパにはある所に行ってもらっているの。どこだかわかる?」
それがどこだかすぐにわかった。オレは返事だけして怜亜の手を握った。怜亜は少し震えている。
それはすぐに訪れる別れに対してであろう。一粒の涙が怜亜の頬を伝うと、同じようにオレの頬にも彼女より多くの涙が伝った。
「怜亜。また逢えるのかな?」
「逢えるよ!」
「どうしてわかるんだ?」
「だって私たちの故郷は同じだから」
もうその言葉だけで十分理解できた。
「じゃあ、行って!パパ」
「ああ。またな!」
ゆっくり目を閉じたオレは次の瞬間海の上に浮かんでいた。目線を落とすと、ひとりの男が手に花束を持って歩いていた。今年で四八歳になる男は年相応で、どことなく面影がある。近づいて話してみた。
「達也。久しぶりだな」
もちろん、彼は知らんぷりである。しばらく見守っていると達也は墓石に向かって手を合わせながら言った。
「友二、さっきスウェーデンから連絡が入った。無事成功したよ、友の手術。お前が願いを叶えてくれたんだ。ありがとう。友にもしもの事があったら俺は生きていけない。亜衣が死んで十六年。あの子だけが生き甲斐だ。それなのに何故「あの子を置いてここにいる
んだ?」ってお前は聞くだろう。俺だってあの子のそばに付き添っていたかったよ。でも仕方ないじゃないか、彼女がどうしても今日ここに来いっていうから…。でも、ここに着いて解ったよ。いつも友が言っていたよ。すぐそこにいるんだろう?いつここに来てもお前は何も言わない。聞こえているのか?友二。亜衣を頼んだぞ」
オレは達也に何か答えるべく、瞳が戻してくれた時に持っていた石を、ヤツの足元に転がした。それを拾った達也は言った。
「いるのか?そこにいるんだな?友二」
「あ~、いるよ!達也」
聞こえるはずもない。
「友二。ありがとうな!いつも俺たちを見守ってくれて。お前との約束は果たしたぞ。レーサーにもなれて鈴鹿で優勝もできた」
そう言って達也は空を見上げた。
オレは横にいるのだが…。まぁ、それでいい。達也は腕時計を見て立ち上がった。
「そろそろ行くぞ!友が待っているからな!また来る。じゃあな」
オレは達也の後ろ姿を見送りながら言った。
「達也。怜亜を頼む!」
一瞬立ち止まった達也はそのまま車に乗り込んだ。
達也の車が見えなくなるまで、そう何度も願った。
その時背中に温かいものを感じた。振り返ると、眩しい光の中に人影が見えた。ゆっくりその影はオレに近づいてくる。一つだと思ったその影は六つに分かれた。
「ユウジ。ユウジさん。ユウくん。ユウジくん。ユウちゃん。ユウ兄」
聞き覚えのある懐かしいその声の主たちは、眩しい光がス~っと消えた瞬間に姿を現した。
「やぁ!みんな。元気そうじゃないか!」
「逢えたね」
皆は一斉に笑顔で言った。
「あのぉ…」
オレはそう言い掛けたが、言葉が詰まってそのあとが続かない。あまりにも感激して、六人を交互に見ることしかできなかった。こちらの心は透けて見えるようで、六人はニコニコ何度も頷き、そして光に包まれた。
その直後、六つの光がひとつになり、ゆっく
りその光が頭の先からこぼれ落ちた。
「レベッカ!」
姿を現したと同時にオレは叫んだ。レベッカは満面の笑顔でオレを見つめている。
それは紛れもなく天使であった。その天使はオレが瞬きをした瞬間に女神にかわった。
「あなた!」
「亜衣。そんな…僕はキミにそんな風に呼ばれる資格のない男だよ!」
首を何度も横に振って亜衣は言った。
「どうして?わたしは友二くんの妻よ」
「やめてくれ!それはオレがつくった世界の中の話だ!ここではキミの夫は達也だろ?」
亜衣は先程より大きくゆっくり首を横に振った。
「あなたのいう、こことはどこ?いま私たちがいるところ、いいえ、これから行くべきところで私たちは夫婦なのよ。ずっと昔から変わらない。そしてこれからも…」
「それじゃあ、怜亜や達也はどうするんだ!アイツらもいずれ来るって言ってたじゃないか!その時はどうなるんだ?」
「そうねぇ!どう言ったら分かり易いかな?男や女、親子兄弟、友人知人などはあまり関係なく、向こうに行ったらシャッフルされるらしい。だから、今はあなたが夫で私が妻。そういうことになっているけど、その逆になったり、親子になったり、もちろん人の組
み合わせも変わるらしいわ」
「らしいって、そんな曖昧な!」
「だって私だって記憶にないもん!」
なぜか亜衣は子供のように言った。
「じゃあ、こういうことは前にもあったのか?オレも?…」
「何度もあった…らしい…」
「またかよ!」
そんなやり取りの中、遥か前方から小さな点がこちらに段々近づいてきた。その点は徐々に大きくなって真っ黒な色から緑色に変化してきた。オレの瞳にそれが映ったのであろう、亜衣は振り返った。
「グリーンフラッシュ」
ふたりで一緒に叫んだ。
青い海と空の中間に浮かんでいたオレたちの目の前には、全ての景色を包んで緑色に変わった世界が広がった。それと一緒に何ともいえない芳しい香りと心地いい音がオレたちを包んだ。手を繋いでいたオレたちは自然と距離が縮まって、体がくっ付くと同時に融合した。
その時はじめて、先ほど亜衣が言った意味を理解した。それを待っていたかのように、緑色に包まれた世界は途轍もない速さで移動しているように感じた。
いつしか緑から真っ白な空間になっていて、そこには何もないように見えるけど、たくさん何かが存在しているのを感じた。
「これがあの世?」
「そうであって、そうでない」
内なる声がそう言って答えた。
それはオレと亜衣である。互いの姿はおろか、自分も見えない。けれど、ふたりは確かにそこにいる。
そして、永遠に・・・。
(完)




