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レベッカ  作者: 橘晴紀
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多くの世界

「それからママはパパを連れて順番に旅をしたの。まずは羅音となって。だから六人の女性たちと場所、時間はママが構築した世界。そこをパパは旅したの。ママと一緒に…」

 それでようやく理解できた。なぜオレは不思議な旅を続けていたのか。それは自分ではなく、亜衣の旅だったからだ。そこにオレは同行者としてついて行っていただけなのだ。自分が主人公ではなかったのだ。

「でも納得できないなぁ?あの六人が全て亜衣だったなんて…。どう見ても皆、全然違うタイプだったし…」

「だから、容姿は好きにつくれるって言ったじゃん!解るよパパがそう思うのも…だって、あの瞳も実はママだって聞いたらねぇ…」

真剣な話の割にはまたからかわれて、無性に腹が立った。

 そうか。それで蒼井が小夜を愛しても無理だっていう理由も納得できる。死人相手じゃ恋も何もあったもんじゃない。ただ、恋する気持ちはわかる。

 そう考えると、もし蒼井が小夜ではなく他の女性

たちに会っても恋をしていたかもしれない。

 なんといってもそれは全て亜衣なのだから。では、亜衣の分身である女性たちが恋した「カレ」たちはどうなるのか。

「なぁ、怜亜。亜衣が…いや、ややこしいな!それぞれ女性たちが想っていた人は蒼井のように彼女たちに恋していたんだよな?」

「想い出してみて、パパ。女性たちが言っていた男性たちに会ったことがある?それどころか名前すら聞いてないんじゃなかった?」

 そこで思い出してみた。まず羅音のカレは忍が高校時代から知っていた男。次の雪希のカレは先発して大阪に行った男。続いて留美のカレは葉月の夫。

 さらに瞳のカレは彼女が大学時代に亡くなった男。

 小夜の場合は元恋人で先輩の芹香が通うクラブにいる男。最後にノンコの好きなカレは外国に留学に行った男。いずれも名前を知らない。

「そのカレは全て同一人物なの」

「それもか?…それで一体誰なんだ?」

「パパよ!」

「な、なに?そんなわけないだろ?」

「どうして?パパとママは愛し合った仲じゃなかったの?」

 娘にそう聞かれて気恥ずかしさと、別れた理由からもろ手を挙げて喜ぶわけにもいかず、また信じがたいから返事はしなかった。まぁ、それで辻褄が合うのも納得できる。自分自身なら会えるわけもないし名前もいえないのも当然だ。

「どうして八十年代だったんだろう。それに六人の女性としての亜衣にその都度、記憶があったのか?」

「そうね。場所や時間は本人が決められるけど、記憶のほうはどうかな?今の私では勉強不足で解らないの。ママが八十年代を選んだ理由はおそらく、パパとママを含め皆や社会が元気いっぱいで一番輝いていた時だったからじゃないかな?」

 それは怜亜の言う通りだろう。社会全体がある種バカ騒ぎにも似た時代で、皆に活気があり希望に満ち溢れていた。それにしてもまた「勉強不足」というキーワードが出てきた。そろそろ怜亜の正体を教えてもらわねば。いつの間にか朝焼けに包まれた景色は東名高速から首都高速を突き進んでいた。

 怜亜と話していながら周りも確認してみたけど、やはり時代は先に進んでいるようだ。走る車はみな初めて見た車種ばかりで、最初に見たバスや二台の車、たまに見覚えのある車は十六年以上使っている車である。

 そして、首都高に入り最もそれを実感したのは、遠

いながら高くそびえる見慣れないタワーであった。

 見慣れた東京タワーとも違った、いや、形状だけでなく高さが途轍もなく高く、それがオレからすれば近未来に見え、同時に二〇〇〇年ではないと教えてくれた。

 まもなく自宅近くのインターなので、下りる準備をしたが、よく考えてみれば家に帰って明日の用意をしなくてもいいことに気づいた。

 そう、もう十六年前のことだから…。

「パパ。このまま成田に向かってくれる?」

 断る理由もなく承知したオレはアクセルを踏んだ。

 とくに怜亜も急いでいる様子ではないので、左側車線を初めて乗った車は進んだ。それからしばらく二人とも黙っていた。話が終了したとは思えない。

 行き先が成田ということはこの後怜亜がどうするのかは分かる。問題はどこに何をしに行くかだ。

 成田に着くまでにオレはこの話の結末を聞けるのだろうか。先程怜亜は言った。

 理解して全てが終わると。しかしまだ納得がいかない。このままでは終われない。

「パパ。ここまでは大丈夫?理解できた?」

「まぁ、大体…」

「空港に着くまでには解ってもらえると思う。どうして私がこんな話をするのか?普通、人に聞いても信じないのに、パパより知っている理由は…」

「勿体つけるなよ!」

「ゴメン!これから私は帰るのよ。ストックホルムに…」

「ストックホルムってスウェーデンのか?」

「そう。ストックホルムに住んでいるの。そっちでスウェーデンボルグ大学に通っていて、そこで専攻しているのは心理学と神秘学」

「そうか。勉強不足というのはそういうことだったからか?それにしても詳しいな?パーンとか、それより亜衣の事やオレの事まで、そんな研究もしているのか?」

 怜亜は答え辛そうだ。

「オレは二〇〇〇年から二〇一六年の記憶がないけど、どういうわけなのか?」

 怜亜の正体が解ったいま、残るのはこの謎だけだ。怜亜は何度も頷き自分に言い聞かせているようだ。

 意を決したようにも見える。

「どうしてパパの記憶がこの十六年間ないのかというと…それはパパ自身が消し去ったから…」

「どういうことだ!そんな覚えはないし、そもそも西暦二〇〇〇年から過去に戻っただけなのに、どうして未来にきているんだ?」

 またしばらく沈黙が続いたが、程なく空港に到着した車を駐車場に停めた。それを待っていたかのように怜亜は口を開いた。

「実は一九八五年七月、あの岬で衝突死したのはパパなのよ!」

「はっ?怜亜、悪い冗談はよしてくれ!苦肉の策の答えがそれか?そんな事でパパを担ごうたって駄目だぞ!」

 オレに顔を向けていた怜亜は窓の外を向いた。

 それが無言の否定であることは明らかだ。

「とても信じられないよね?パパの中ではあの岬で亡くなったのは小野寺達也。そうパパの親友であの時、一緒に走っていた人」

「じゃあ何か!今のこのオレは幽霊だと言うのか?この通りピンピンしているじゃないか!怜亜の言う通り死んだのがオレだったら、高校を出て、大学に入り、就職して、亜衣と結婚し、そしてオマエが産まれた、その事実はどうなるんだ?」

「それはパパがつくった世界。さっきも言ったけど不慮の死の場合、全く本人は亡くなったことを理解できないままでその世界に留まるの。だからパパはあの日からそれまで生きてきた世界にいて、パパだけがその世界を生き続ける。通常は亡くなって、それまでの世界はストップして次のステップへと続く。だから当然人間関係も

断ち切られ、次に行くまでは独りなのだけど、パパの場合は死を理解せず、むしろ拒絶したから本来の世界じゃないパパのつくった世界で生き続けてきたというわけ」

 とても信じられない話だ。さっきから何度も考えているが、怜亜が嘘をつく理由がわからない。その必要がない。そうなると、この世界も偽物なのか。

「オレのつくった世界ならどうして、皆は違うと言ってくれないんだ?どうして怜亜が産まれたんだ?」

「パパの世界にいる人たちはパパがつくった人たちだから、ある程度パパの思い通りに動いてくれるの。景色も出来事も何もかもパパの思う通り」

「だったら、何故イヤな事や悲しい事が起こるんだ?思った通りになんてなってない!本当にオレの世界なら全て丸く収まるはずだ」

「そうじゃないの。もし全て思い通りになったら、それは嘘の世界としてパパ自身が気づき、その時点でパパの世界は終了ってわけ。イイこともイヤなこともたくさんの出来事が積み重なって世界が成り立つの。そこに何でも自分の思い通りなことが起これば、その世界は嘘だと認識して瞬時に崩壊する。どこの世界に行っても自分の

思い通りになることなんてない!それは人間の世界じゃない」

 段々荒い口調になった怜亜は自分でも熱くなったのが分かったのだろう。窓を少し開けて冷静さを装った。

「怜亜の言う通りなら、パパは人間じゃないのだろう?だったら」

「なに言うのよ!人間だよ!」

「でも、死んだら幽霊になってそれは人間じゃないんだろう?」

弱気になったオレに子供をあやすように怜亜は言った。

「あのね、パパ。幽霊ってのはあくまでも逝った人に対して残った人が使う便利な概念なのよ。実際パパは私たちの中では亡くなったから、もしその人が突如現れたら驚くでしょう?その時に使うのが幽霊という言葉。パパたちから見れば私たちが幽霊ってわけ」

「なるほど。まだもうひとつ納得がいかないけど、そうなると本当の怜亜はいるのか?」

「うん。いるよ!分かり難いからパパが元いた世界、つまり私たちの世界をAとして、いまパパと私がいるこの世界をBとするね。A世界での私は小野寺達也と亜衣夫婦の子供、小野寺友なの」

「えっ!そうなのか?達也と亜衣が夫婦?じゃあ、怜亜はオレがつくったニセモノ。今までオレは何をしてきたんだ!達也と自分の生きる意味を失くしたあと、それを撥ね退け猛勉強して大学に入り、いい会社に就職して結婚後、怜亜が産まれ、離婚後決して楽ではなかったけど、楽しく暮らしていたのに…。それが全てウソだったの

か…」

 オレは頭をハンドルにもたれかけて、虚脱感をまざまざと思い知らされた。心が叫んで涙が溢れ出ているはずなのに、水分は感じられなかった。これが死んだということか。その代わり、隣の席で怜亜がそれを担った。

「エ~ン!エ~ン!違うの!違うの!私はここではパパの娘、怜亜。パパの記憶にある通り、ママと離婚したあと二人っきりで暮らしてきた怜亜なんだよ」

 怜亜の泣き声は狭い車内に響き渡った。

「だったらオレは怜亜のパパでいいんだな?今まで通り呼んでもいいのか?」

「もちろん!」

 そこで疑問に思ったことを怜亜にぶつけた。

「じゃあ、レベッカ、亜衣の世界は?」

「そうねぇ、仮にCとしようか!そこはママの世界だから、当然パパもママもそこでは亡くなった人だから誰にも気づかれない。そこで登場するのがママの分身である、六人の女性たち。そこではパパは能力者になったママの分身とパーンと呼ばれる監視者、簡単にいうと霊能者。その人たちにしか認識されないの。なぜママはC世

界の人たちに認識されていたかというと、そうじゃないとその世界が崩壊するから…。せっかくママがつくった世界がそうなると元も子もない。だから、辻褄を合せるために「能力者」という万能選手が必要だったわけ」

 なるほど少しは理解ができた。

 そうなると、A世界の達也や亜衣はどう過ごしてきたのだろう。そこではオレが死んだことになっている。

「ママがパパの元を去ったのは達也パパ、つまりわたし友の父が憔悴しきって体調を崩し入院したことに始まるの。達也パパは念願叶ってバイクのレーサーになった。結局事故で引退せざるを得なくなったけど。それをきっかけにママとの関係がうまくいかなくなり、幼い時から霊感の強かった私はその能力ゆえに体調が悪くなり、そ

れらが全部重なって私たち家族はバラバラになりかけた。そこで達也パパの仕事関係の人に紹介してもらったスウェーデンに一家で移住した。その出来事がパパの世界にも影響したってわけ」

「そうか、それで亜衣はスウェーデンに行くと言ったのか?正確には本当の夫達也と娘のところに戻るということだな?キミのパパはどうだ?優しくしてくれているか?アイツはオレなんかより、心の広い優しいヤツだからきっとイイ父親なんだろうな。本当にアイ

ツ、レーサーになったのか!それはよかった」


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