真実
深夜のろのろ運転の中、密度の濃い話のおかげで眠たいどころか目が冴えてしかたない。
「パパ。どうして今回はレベッカじゃなく私なのかと思っているでしょ?それにもうこのトラベルも終わりじゃないかと考えているでしょ?」
そう言って一度窓の外を見た怜亜は両手いっぱい広げて大きな声で言った。
「正解!パパの旅もまもなく終了だよ。でも完全に終わったわけじゃなく、理解しなきゃいけない事がまだあるの。それが無事済めば、本当の意味での旅が終了する」
怜亜は実に上手く語り、まるで本当の旅行に来て、そこに同行している添乗員かと思うほど引き込まれ、且つこの先の話が楽しみになってきた。それにしては怜亜の顔がやけに寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「パパ、話を戻すね。どうして蒼井が小夜を愛することができないのか?わかる?」
「う~ん、実は血の繋がった弟と姉の関係だからとか?」
「残念!それはドラマの話。実をいうと小夜はこの世のものではないの」
「はっ?何て?この世のものじゃない?だったらそれは幽霊じゃないか!」
「パパが怒るのも無理はない。でも、ちゃんと聞いてね。小夜は幽霊じゃなくて、正確には小夜としての実体はちゃんとあるのだけど、中身が小夜じゃないの」
「どういう意味だ!小夜であって小夜じゃない。そんな禅問答みたいな話はいい!」
唇を噛みしめ怜亜は頷き、そして言った。
「パパ。六人の女性がどことなく似ているって言ったよね?」
「ああ、言ったよ」
「それもそのはず。彼女たち六人は同一人物なの」
「は~~~?全て同じ人物だっていうのか?羅音、雪希、留美、瞳、小夜、ノンコ。彼女たちが…。じゃあ、その元は誰だっていうんだ!」
「レベッカ!」
「まさか!そんなはずはない!だってレベッカにその話をしても知らなかったじゃないか!アイツが嘘を言っていたというのか?知らない振りをして、ずっとオレの話を聞いていたのか。それとも、知っていてバカにしていたのか?そんなことあるわけないだろ!」
オレは激しく言い返した。何も怜亜にそれほどキツく言う事もないというほどに…。それでも怜亜は顔色を変えずに黙っている。
「もっと正確に言うと、レベッカも六人の女性たちを総括しただけの存在。彼女自体、元の存在を投影したものなの」
「だから~!その元、本当の正体は誰なんだ?」
「ママなの」
それを聞いた瞬間、正直ホっとした。あのレベッカが別れた妻だと信じられなく、衝撃にも似た驚きなはずなのに、それを超えるほどの安堵感に包まれているのはなぜか。
「信じがたいでしょう?でも本当なの。さっき覚えておいてと言ったでしょ?六人に共通すること」
「ああ。みんな左利き」
「そう。そして、血液型も分かっているでしょ?」
それは、自らを傷つけた留美が病院に運ばれた時、ノンコに輸血をしてもらった時のことだ。
「ママは左利きの0型」
「確かにそうだけど、そんな人たくさんいるだろ?少し頭の中を整理させてくれ。じゃあ、亜衣は二〇〇〇年のいつ死んだ?なぜ、あの岬の墓地に現れたんだ?」
「パパが墓地を訪れたあの日」
「なに?じゃあ、マレーシアで?」
「う~ん、違うの。あの岬のカーブでバイクに乗っていて壁に衝突したの」
あの日、オレは墓参りを済ませ自宅に戻り、翌日マレーシアに発つ予定だった。実際オレの中では今日昼の出来事ではあるが…。
そして、マレーシアで亜衣に会うはずだった。
それがオレのいたあの岬のカーブで、バイクに乗って壁に衝突死だとは。それはまるで昔の恋人、達也を追いかけているようだ。
「どうして亜衣は日本にいたんだ?しかも、バイクを乗っていたなんて…。誰かに乗せてもらっていたのか?」
「いいえ。自分で運転していたの」
「なに?亜衣はバイクに乗れるのか?」
怜亜の頷きに違和感を覚えた。あの小さな体でよく二輪免許が取れたものだ。いくら、高校時代にオレたちをずっと見学したとはいえ、よく取得する気になったものだ。恋人の命を奪ったバイクだというのに。そこでオレはあることに気づいた。
亜衣が二輪免許を取る暇がいつあったのか。考えられるのはふたつの可能性しかない。結婚後、オレに黙って取得していた。あるいは、オレと再会する前からすでに持っていたが、オレたちには内緒にしていた。
いや、そうなると隠す理由が分からない。それよりもっと不思議なのは、海外にいるはずの亜衣がどうして
日本にいて、しかもあの岬にいたのか。
その疑問をそのままぶつけるには少し怖い。
答えを聞くのが怖い。
「いい?パパ」
それは何かの合図のように聞こえた。
オレは声にならず、ゆっくり首を縦に振った。
「なぜママが日本にいたか?それは後に置いて、先にどうしてママが二輪免許を持っていて、バイクに乗り事故死したかという理由。それはママが高校時代に取得して、その頃からずっとバイクに乗っていたから」
「なに?亜衣は高校の時すでにバイクに乗っていたのか?いつもオレたちのギャラリーをしていて、運転するのは興味ないと思っていたのに、それどころか乗っていたなんて。どうして言わなかったんだろう?」
「それには理由があるの。パパも見たことがあるはず。というよりも一緒にママと走っていた」
オレは怜亜の言葉を聞いてハっとした。
「まさか…アル子?」
微笑んで頷く怜亜に嘘偽りはない。あの亜衣がオレと達也の目標だったアル子だったなんて、草葉の陰でアイツもさぞかし悔しがっていることだろう。なぜ亜衣がオレたちに正体を言わなかったのかはなんとなく解る。
おそらく亜衣は本格的にレースでもしていたのだろう。そこで、遊びに毛が生えた程度のオレたちに出会った。達也を好きになった亜衣が正体を明かせないのもわかる。それにしても、結婚後も全くそれに気付かなかった。結局聞けず仕舞いでオサラバか。
「先に進むよ!パパ。ちゃんとついてきてね」
怜亜は妙に明るく言った。
「あの岬で命を落としたママはそのあと、レベッカとなってパパの前に現れた。そして、その時からパパのトラベルが始まった。実はあの旅はママがパパを連れていった世界。最初に墓地で現れた時にママの姿だったら、どう思う?パパ」
「驚くだろうな」
「そう、だからママはレベッカという分身になってパパの前に現れたわけ」
「なんでレベッカなんだ?」
「バンドのレベッカが好きだったから」
そう言えば、あの当時皆こぞってレベッカを聴いていた。どこに行っても流れていて、達也も亜衣の影響でレベッカのテープを擦り切れるほど聴きまくっていた。
「自分で名前を勝手に決められて、容姿も変えられるのか?」
「ええ。自分が亡くなったことをちゃんと理解していれば、容姿はどうにでもできるよ。名前なんて意味ないし…ただ分かり易いように名乗っているだけ。だからママは自分の好きな名前を言っただけなの」
「そんなものなのかぁ?死後の世界って」
「まぁ、もっと色々あるけど、とりあえずそんなとこ。大抵、不慮の死はそんなすぐに本人が理解できなくて、いつまでも彷徨うのだけど、ママの場合は同じ場所で経験があるから、すんなり理解できたと思うよ」
その経験とは恋人が亡くなったという、最もしたくない経験のことだ。そうか、あの亜衣がもうこの世にいないなんて…




