三人の女性
そのまま女性はベッドになだれ込んだ。それを部屋の隅で立って見ているオレは声を掛けようと思うほど、彼女が落ち込んでいるように見えた。今の会話の内容から相当な経緯があったのだろう。彼女には見えないとはいえ、その場にいるのが気まずく思えた。
「ここでなにしてたの?」
うつ伏せになったままで彼女が言った。
まさか、オレに問いかけているのだろうか。
「ねぇ、ここでなにしてたの?」
そう言ったと同時に彼女はオレの方を見た。
明らかに目が合っている。目を丸くしているオレに彼女は言った。
「あなた、ユウジでしょ?」
こういう時に使う言葉は何というのだろう。
それほど驚き、同時に嬉しさも交じっていた。
「見えるのか?オレが見えるのか?」
「うん」
「ホントに?ホントに見えるんだな?」
オレは自分でも興奮しているのが分かった。
本来なら極めてマズイ状況にも関わらず、オレは思わず寝そべっている彼女を起こす勢いで詰め寄った。
それはこの家に来てから、自分が何者で得体の知れない怪物にも似た存在から解放された瞬間であった。
「ちょっと待って!いまキミ、名前言ったよね?」
「ええ、あなたユウジでしょ?」
「どうしてオレの名前を知っているの?それより、オレを見て何とも思わないのか?」
「うん」
彼女は微笑んだ。その笑みの中に含まれたものは驚きなど微塵もなく、まるでオレがここに来るのを知っていたかのようだ。
「他の子たちは知らないんだよね?」
「ええ。だからさっき、彼女たちを試したでしょ」
「そうか。どこかで会ったことある?」
オレはそう彼女に聞いたあとで気がついた。いま数秒話しをしたのが嬉しくて忘れていたが、彼女と会ったことなんてあるはずもない。少なくとも今のオレは時空を超えているはずなので、そんなことはありえない。
もし会っているとすれば辻褄が合わない。それはタイムパラドックスになってしまう。そしてオレはハタと気がついた。どんな理由か分からないが目の前の彼女はオレの名前
を知っている。ということはその経緯や事情を把握しているのかもしれない。思ったよりも早く帰れるチャンスが訪れた。気は焦っているが解決の糸口が見えそうなので、ひとまず安心だ。
「ここはどこでキミたちは誰なのか教えてくれる?」
落ち着いたオレは滅多にない状況と若い女性三人に興味があったので彼女に尋ねた。
「私は安井羅音。ラインって呼んで!ここは私と忍、折田忍って言うんだけど、ほらショートカットの胸の大きい子いたでしょ?彼女とルームシェアしているの。そして今ユウジと私が座っているここは私のベッド」
「あっ、ゴメン!」
そう言ってオレは急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
それまで傍観者だったオレは羅音の話を聞いて、自分がちゃんと生きていると実感したからだ。
そして立ち上がろうとすると、羅音がオレの肩を叩いて言った。
「いいのよ。あと、もうひとりキレイな子がいたでしょ?」
「うん」
あまり興味なさそうに返事したオレだが、じつは逆で一番の興味はそこにあった。どこかで見たような感じでスタイルもよくて、いわゆる美人タイプの子である。
「彼女は末松花梨。なんと、この間F1のレースクイーンに選ばれたの。今日はそのお祝いを三人でしているの。私たちは高校からの友達で今でも仲がイイのよ」
どうりでキレイだと思った。
「どこだろう?」
どこかで花梨を見た事があった。
「どうかした?」
「いや、花梨ちゃん、どこで見たんだろう思い出せない…ごめん、話変わるけど、いま何年だ?」
「何言ってるの?この間、平成に変わったところでしょ?あっ、そうかユウジにしてみれば…今日は平成元年、一九八九年の十一月六日」
オレは考えた。ついさっきまでいた世界から、十一年も時間が戻っている。このまま口に出していいものなのか。
羅音に伝えてもいいものなのか。でも少なくとも羅音は何かを知っていて、オレのことも認識しているから全部話したほうがいいかもしれない。
「なぁ、どうしてキミだけに見えて他の子には見えないのかな?」
オレはそう羅音に尋ねると彼女は急に俯いて、悲しそうな顔をして考え込んだ。何かマズイことでも言ったのかと心配になった。羅音とはさっき出会ったばかりだが、自分の事に気付いてもらった手前、何だか昔から知り合いのような気がして、隣で塞ぎこむ様を見ていると何だがこっちまで悲しくなった。
「気を悪くしたらゴメン。さっきの電話が原因で落ち込んでいるのか?」
オレは遠慮がちに聞いた。羅音は小さく頷いて言った。
「ええ、そうなんだけど、あれはまだ始まりにすぎないの。今日ユウジが現れてよく分かった」
「えっ!」
すぐ隣に羅音がいるにもかかわらず、オレは大きな声が出た。そしてそれとほぼ同時に部屋の前に忍が来たので、思わずオレは体をのけ反った。
「羅音どうかした?誰かいるの?」
「いいえ、誰もいないよ」
「そう。いま誰かと話していたような気がしたから…」
「あ~、アイツから電話があったの」
「そうかぁ。どうだったの?」
忍の問いに羅音は答えず、立ち上がってふたりは部屋を出て行った。その際彼女はオレを見て微笑んだ。
しかし、その笑顔の中には陰が潜んでいた。ひとり部屋に残されたオレはさっき羅音が言った
「今日ユウジが現れてよく分かった」という言葉が凄く気になった。どういう意味なのだろう。
羅音の表情から察すると、これからあまりいい事が起きるとは到底思えない。それは羅音の言った言葉が彼女を含めた周りの人たちとオレの行く末を暗示しているかのようだ。