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レベッカ  作者: 橘晴紀
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呼び起こされた朝

 いずれにしても、未来が変わってよかった。留美も無事に済んだことだし…。でも、留美と葉月の根本的な問題は解決していない。いや、それはオレの出る幕ではない。むしろ、オレがいないほうが悪いほうに行かないかもしれない。それはまるでオレが危険なウイルスや細菌で、能力者を見守るパーンが抗体のようだ。

「ノンコ~、どうしたん?ひとりでそんなとこ座って~」

 ひなたがそう言って走ってきた。

 続けて真綿と瑠奈も後についてきた。

「そろそろ行くわ、ユウ兄。散歩やけん、すぐ戻ってくる。十時出発やよ」

「誰に話してんの?ノンコ」

 不思議そうにひなたが聞いた。すると真綿がそれに答えた。

「ノンコは海に向かって話してんやて。遠く外国に大好きな人がいるから…」

「もう!なに言いよるん真綿!ユウ兄の前でそんなん言わんでいいやんか!」

「なんで?ユウちゃんの前ではキレイな体でおりたいの?昨日の夜、言いよったやないの!中学の時からずっと好きやった人、留学でアメリカ行ってしもたって、悲しそうな顔しよったやないの。ほんでその人、ユウちゃんによぉ似とるとも言いよったなぁ!」

「わ~~~!もう!真綿のアホ~!あの時は火があまりに熱くて気が動転しとったけん」

 そう言って、炎のように真っ赤な顔をしたノンコは砂を握って真綿に投げた。

「もう!何しよるん!ノンコ」

 真綿も応戦した。すかさずひなたが言った。

「コラコラ!ふたりとも止め~よ!それより、アンタら誰のこと言いよるん?ユウ兄やユウちゃんって」

「いいの、いいの!知らぬが仏や!」

 ノンコのはぐらかしに納得していないひなただが、それに真綿がもうひとつ輪を掛けた。三人の戯れを微笑みながら見守る瑠奈。どうか彼女も忍のように恋する乙女になって欲しい。

「ノンコ、真綿、ありがとう~!」

 オレは海に向かってそう叫んだ。

「もう、何いいよるんユウ兄。お礼言うのはウチらのほうやで~」

 ノンコも海に向かって叫んだ。

「ありがとう!ユウちゃん~!」

 今度は真綿が叫んだ。

「ほら、ひなたと瑠奈も叫び~!」

 ノンコに促され、ひなたはすぐに反応した。

「早く彼氏、ほし~い!」

 恥ずかしがっている瑠奈を三人は静かに待った。

 オレは瑠奈に近づき耳元で言った。

「僕の声が聞こえるだろう?」

 一瞬ビクっとしたが瑠奈は目で返事した。

「僕はキミが大好きなお姉さん、忍を知っているんだ。彼女は高校に行ってから、かけがえのない親友に巡り合えた。忍が立ち直れたのはその親友のおかげなんだ。よかったじゃないか。キミにもそんな友達が側にいて。忍はいつもキミのことを気にかけているよ」

 そう言うとオレはそっと瑠奈から離れた。

 ノンコの目が厳しい。

「どうしたん?瑠奈。なんで泣いてるの?」

 三人は心配そうに聞いた。

「わたし、うれしいの。こんなイイ友達に巡り合えて…」

 そう言うと瑠奈は両手を口元に近づけた。

「みんな~ありがとう!」

 他の三人より小さい声だが、それでも精一杯の想いが伝わってきた。輪になって肩を組み、はしゃぐ乙女たちの眩しさにオレの心は癒された。ノンコは手で謝るポーズをつくり、出会ってから一番の笑顔でみんなとクルクル回っている。

「ほんじゃあ、ユウ兄。行ってくるけん」

 ノンコ、真綿、瑠奈は手を振って去った。

「だから…誰に言いよるん?」

「いいの!ひなた。細かい事は…」

 四人は波打ち際を颯爽と走り抜けて行った。もうノンコに逢えないような気がした。ノンコたちが去ったあと、オレは激しい孤独感に苛まれた。

 朝のまだ海水浴客がひとりもいない海岸は、その後の

賑わいなど別世界の如く恐ろしいほど静寂である。

 忘れていたわけではないが、この世界の住人ではないオレの行く末など誰が心配するだろうか。

 もう、この世界どころか、元の世界にも居場所はなく、オレの存在はとうに忘れ去られているかもしれない。そんなことを考えて歩いていると、いつのまにかオレは足元に冷たい感触がした。

 今は打ち寄せる波だけが、オレの近くにいる存在。

寄せては返す際に残る泡が、空しく足元に絡みつく。 徐々に昇る太陽がその威力を増し、オレはそれから逃れるように海中を突き進んだ。

 海は突然深くなるところがある。岸から僅か数mでもう腰あたりまで浸かった。このまま進めば、どこまで行けるのだろう。いっそのこと行けるところまで進んでみようか。ひょっとすると、その先に元の世界があって帰れるかもしれない。希望と絶望がせめぎ合っている。

 自分で決めれない時は「運」という皆の味方に頼るしかない。胸元まできていた水が顎を撫で、時折口の中に入る。すると岸から声が聞こえた。

「お~い!ユウ兄。お~い!」

 振り返るとノンコが両手を振り叫んでいる。さほど遠くまできていないのだが、海面に頭しか出ていないオレを心配したのか、大きな手振りで呼んでいる。

 反転したオレは岸まで泳いだ。浜辺に上るとノンコが抱きついてきた。

「もう!どこまで行きよるん?このままユウ兄が遠くに行ってしまうんか思うた」

「そうだよ」

「えっ?なんで?」

「だってそうじゃないか!オレは元々、この世界の人間じゃないから…」

 当たり前の答えにノンコも気づいているだろうが、それとは違う何かを感じたのだろう。

「なぁ、ユウ兄。このままここにいることはできんの?家やったら心配せんでええよ。他の人に見えないけん、ウチにくればええ」

 オレの腰に回した手を緩め、上を向きながらそう言うノンコを引き寄せて言った。

「そうだな。誰にも迷惑をかける事ないし、いなくても誰も困らない」

 そう言いながらオレはハっとした。

 脳裏に浮かんだのは愛娘の怜亜。長らくの旅路で忘れていたわけではない。六人の能力者の女性たちと出会って、彼女たちと一緒にいろんな体験をした。それぞれ女性たちの物語を見る中で、彼女たちの苦労や苦悩、人間関係などをつぶさに見て一緒に考えた。

 それはオレにも当てはまることで、彼女たちを通して自分の過去を振り返る旅でもあった。そこでオレは何を感じ、今後それをどう生かせるのだろうか。

 いまオレがすることは、ひ弱になり望みを失くし、うな垂れることではない。未来に希望を持つこと。

 正確には元の世界に戻ること、まずそれが先決だ。

 まだ幼い娘は預けたカエルのキーホルダーを持ってオレを待っている。きっと帰ると信じて待っている。

 そんな娘をもう泣かすわけにはいかないと、誓った。

オレはノンコの両肩を持って言った。

「ありがとう、ノンコ。嬉しいけど。僕にはまだやらないといけない事があるんだ!娘が待っているんだ。あの子がノンコのようなイイ子に育つよう見守っていかないといけない。だから、戻れるよう協力してほしい」

「そうだよね。ユウ兄の話を聞いていたら、何だかウチもパパに逢いたくなった。でも、どうやったらいいんかなぁ?」

 それが問題だ。振り返ってみれば、毎回同じようなパターンではなかった。女性たちの能力が違ったのもあるが、必ずしもそれを使って帰還したとは言えないこともあった。能力を使って戻ったのは羅音と瞳、しかし、瞳の場合は失敗した。成功したのは最初の羅音だけであった。彼女は相手の手を握って未来を予知する。

 能力は違うが今回のノンコも方法が羅音と同じだ。

これはひょっとして巧くいくかもしれない。

 そこでオレは羅音の時と同じやり方をノンコに説明した。しかし待てよ。

 一度ノンコとは手を握った。その時は何も起こらなかった。ということは、今そうしても戻れないかもしれない。不安そうなオレにノンコは聞いた。

「どうしたん?」

「いや~、さっきノンコと手を繋いだろ?もしこの方法なら、とっくに戻れてたんじゃないかなぁって思って…」

「それやったら大丈夫。あの時は気が散ってたけん…今やったら、ちゃんとできる」

「そんなものなのか?どうして気が散ってたんだ?」

 そう聞くオレにノンコは恥ずかしそうに言った。

「あの時はユウ兄と手を繋いでドキドキしてたけん…男の人とまともに、そういうことするの初めてやったもん。あ~、もう~、これ以上言わせんといて!」

 そう言ってノンコは背を向けた。

 水辺で遊ぶ子供たち。サンオイルを塗って日焼けをする若者たち。ビーチバレーをする人たち。

 かき氷を食べる人たち。それらとは離れた静かな場所にいるオレたちには、波音だけしか聞こえない。

 ノンコは徐に左手を出した。

 オレも左手を出し、頷いた。

「ユウ兄。また逢える?」

「ああ。きっとまた逢える!」

 見つめていた目を閉じ、波音が遠くに消えて行った。

 するとまた眉間が熱くなり、海の彼方からオレに向かってあの輝きが戻ってきた。

∧ グリーンフラッシュ∨

 体中を満した光は外に出ると同時にオレをどこかに誘った。

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