事件の夜
ノンコたちは夕食をとるため一旦宿に帰った。日が落ちて辺りは薄暗くなってきた。海から上って帰り支度の人々と、これから花火を楽しもうとする人々が入れ換わり、海岸は静かに、そして長い夜を迎える。
オレの全神経は留美たちの泊まる旅館に注がれた。
逸る気持ちと同じく一歩ずつ入り口に近づいた。それはあまりにも長く感じられ、まるで夏休みを心待ちにする子供のように。ようやく留美一行が花火とバケツを手にして姿を現した。見えないはずで砂浜にも関わらず、オレは忍び足で留美たちに近づいた。
まず先に葉月と明日太。それから少し離れて留美とミラ。同じシチュエーションで会話も同じ。そう、あの時の再現だ。その時のオレの姿は見えない。
そこでオレは立ち止まり、葉月ペアを見送って留美ペアを待った。留美は楽しそうに、翌日にあるミ
ラのライブ公演話をしている。これも全く同じ展開だ。
オレは留美に声を掛けた。
「留美、留美。聞こえる?僕だ。友二だ!」
ミラと夢中で話しているからではない。留美には聞こえないのだ。オレの心の叫びが。
傷心して留美たちを見送ったオレは、全身の震えを押さえるのに必死であった。自分では武者震いと強がってみても、誰も聞いていないし、誰もいない。
そして、花火は始まった。少し離れた場所でもノンコたちのキャンプファイヤーが始まったようだ。
遠くで鳴る打ち上げ花火がオレの心を急かす。
そして、言う。
「お前は何も出来ない!」
周りを見渡してもそこには誰もいない。誰がいま言ったのか。考えても解らない。
おそらくそれは、オレの内なる声だ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、オレは駆けだした。いや、正確には駆けだそうとした。
いくらそう思っても体が動かない。立ったまま金縛りにあったように、その場から動けない。
頭と目だけは冴えている。微かな花火の灯りと煙の香りだけがして、「その時」はゆっくり動きだした。
活動的な灯りと煙は終わりを迎え、続いて幻想的で静かな灯りと煙に包まれる四人組み。
ふた組に別れるのを合図にして「その時」はフィナーレを迎える。黒い影だけが動き、セリフは聞こえない。留美が走り出した。
後を追った葉月が何か言って留美のペンダントに触れた。あの時と全く同じ展開である。
まだオレの体は動かない。後ろを振り返っても誰かいるわけでもなく、当然誰にも制止されていない。
ただ自発的に体が動かない。このまま何も出来ず、ただ見ているだけなのか。今まで通り一介の傍観者ということだ。それだからといって座り込むことも出来ず、ただ立ち尽くすだけ…。
それでも「その時」は静かに進行している。
留美が自分の胸につけているペンダントを放り投げた。それはあの時オレがそうしたからだ。
すると、とても明るいキャンプファイヤーの炎辺りから一人の影が留美たちに近づいて、投げ捨てられたペンダントを拾った。
「ノンコ!」
声だけは一人前に出るオレの、せめてもの叫びである。しばらくして、座り込んだ留美と葉月がふたりとも倒れた。そう、オレは何も出来ないまま「その時」は静かに終演を迎えた。
そこでオレの意識はなくなった。
気がつくと、静かな波音に明るいが、まだ弱い太陽の日差し。朝を迎えたのだ。
何も出来ないまま、ただ見ていただけ…。
そして、一晩眠っていただけ・・・。
オレはフラフラと何の当てもなく彷徨い歩いた。延々と続く海岸線を行く気はない。これからの道のりのようになっては困る。逆方向の松林に向かった。
それほど歩いていないにも拘らず、疲労感がいっぱいでとてもこれ以上歩けない。緑の芝生に腰を下ろした。ちょうど前方を四人の少女が歩いているのが見えた。
オレは声を振り絞って言った。
「ノンコ!」
オレの声に振り返ったのはノンコ、真綿、そして、瑠奈。その時、理解した。ノンコのパーンは瑠奈であったことを…いや、それはない。パーンは成人してからしかなれないと、真綿の兄が言っていた。
そうなると、瑠奈も真綿と同じ候補生ということか。
もし、将来ノンコの側にいるのが、真綿と瑠奈なら彼女にとってこれほどの事はない。友達ならお互い安心だろう。ノンコは皆を残しひとりで来た。
「ユウ兄。どこにおったん?探したんよ。もう、心配したわ!約束してたのに…」
ノンコを遮ってオレは被せた。
「留美は?留美はどうなった?」
「留美さん?何いいよるん?ユウ兄。ウチが知るわけないやん!」
「えっ?キャンプファイヤーの時、留美たちの所に行っただろ?」
「行っとらんよ」
「どうして?行ったじゃないか!二人の女性が倒れて、そのあと病院まで行って、留美に輸血したのはノンコだろ?」
キョトンとした表情のノンコ。すると。
「それ、担任の先生やわ。ほやけど、病院なんか行ってなかったよ。暗がりやったけん、見えにくかったけど寝転がってただけやと思うけど…」
どうも話の合点が合わない。
「どうして、そう思うんだ?」
「ほやかてその後、その内の一人が先生に頭下げて、ふたりともどっかに行ったけんねぇ」
「ほんとか?」
オレはノンコに詰め寄った。
「ユウ兄、顔近い、近い!なんでウチが嘘いわないけんの?」
それもそうだ。
「すまない!別に疑ってるわけじゃないんだ。この間、留美たちの世界に行った時と違うから…」
「そうやったん?それって、未来が変更になったんやないの?」
「そうかな?あ~、たぶん、その頭下げてた子が留美だと思うよ」
「え~、そうなん?知ってたら会いに行ったのに残念やわぁ!」




