海辺にて
程なく六台に連なったバスは見覚えのある景色の前に広がる駐車場に停車した。ノンコはキャンプファイヤー係で後ほど用意をしないといけないらしく、それまでは自由時間があるから、その時に話そうとオレの申し出に答えてくれ一旦、皆と一緒に宿に入った。
それまでオレは留美たちが泊まる旅館に行くことにした。駐車場に明日太の車はまだなかった。しかしよく考えてみれば、もしこのあと車が到着して、留美たちが現れた時どういう風になるのだろうか。
さっきのノンコのことを考えれば、この世界の人たちにとってオレが体験してきた事は、まだやって来ていない未来の出来事。そこにオレが二人も存在できるのだろうか。まさにタイムパラドックスである。
真夏の太陽に照らされながら待つオレは緊張してい
る。それも半端なく。どれくらい経っただろうか、一台の車が駐車場にやってきた。思わずオレは車の陰に身を潜めた。三方のドアが開き、中から懐かしい面々が出てきた。しばらく様子をみてみたがオレらしき姿は確認できない。やはり、二人同時には存在できないのだろうか。オレはそっと彼らに近づいた。まだ元気そうな留美に声を掛けた。
「留美。逢いにきたよ」
極めて近くで発したのに、その声は留美に届かず、彼女は葉月、明日太と笑顔で話しながら旅館に消えて行った。立ち尽くすオレは全身の力が抜け、その場に座り込んだ。真夏のアスファルトは路面温度が五、六十度にも達するという。しかし、そんなものは今の冷えた心には適温だとさえ思える。
「ユウ兄、何しとるん?そんなとこ座って熱くないん?」
「あ~、そうだな!」
太陽に照らされたノンコの顔は眩しく、まるで天使のように映った。余程情けない表情だったようで、ノンコは小さな手を差し伸べて言った。
「どうしたん?今にも泣きそうな顔して」
立ち上がったオレはノンコの手を握ったまま答えた。
「昔の恋人に振られた気分なんだよ」
「ほやけん、そんな顔しよるん?大人の男の人でもそんな表情するんや?ユウ兄かわいそう」
そう言いながらノンコは背伸びをしてオレの頭を撫でた。恥ずかしさと安心感がオレの体を覆った。
それでもまだノンコを見つめるだけで何も話せないオレに彼女は言った。
「ユウ兄。ウチが出来るんはここまで。あとは好きな人に慰めてもらって」
見た目の割には大人びたノンコを上から下まで眺めるオレは、自分でも気づくぐらい厭らしく思って目を反らした。しかしすでに遅く、ノンコの疑いの目は先程の天使から悪魔に入れ替わっていた。
「ユウ兄。今すごいエッチな顔しとるよ!協力はするけど、ひと夏のアバンチュールの相手はウチやないけんね!」
なぜかノンコはそう言って一歩下がった。
「いや、いや、そんなつもりで見ていたんじゃない。僕はただ…」
オレの弁解も聞かずノンコは言った。
「わかっとるって!そんな慌てんでも…可愛らしいな!ユウ兄は」
そのいたずらっ娘な天使はどこか見覚えがある。おそらく同年代で、背格好もよく似ていて大人を弄ぶところもあの娘にそっくりだ。
「なぁノンコ。もしかしてレベッカを知っているんじゃないか?」
「レベッカ?知っとるよ!」
「えっ?まさか同じ学校とか?」
「なに言いよるん?ノッコはもっと年上やん。彼女、ウチと本名が一緒やけん、なんか親近感があって好きなんよ」
「あ~、バンドのレベッカか?そうだよな」
会話が噛み合わないままオレたちは波打ち際まで進んだ。そして本題に入った。
しかし、先程留美に会った時の事を考えると、当初
の狙い通りにはいかなくなった。今ここはノンコの世界で留美の世界とは違って、彼女たちの事柄に関与できない。ということは、あの事件を止めることができない。
いや、そもそも事件自体起こらないかもしれない。それはオレがいたから、あの時は留美の世界が進行して、今はノンコの世界なのだから全く違った世界が進行するのかもしれない。それを確かめる方法はひとつ。
あの時間にこの場所にいれば、それを確かめることができる。それまでこの問題は置いておこう。
「ユウ兄。聞きたいことってなに?」
砂を掴んでノンコは聞いた。
「ちょっと確かめたいことがあるから、夜ここで起こるかもしれない事に付き合ってほしい」
「それは何か大事なことなん?」
「ああ。とても…もしそれが起こったら、ノンコの協力なしではどうにもならない。だから、その前にキミの能力を知りたい」
オレもノンコに合わせてしゃがんだが、彼女が立ち上がったので後に続いた。ノンコは遠く海を見つめ何かを考えている。いつの場合もそうだ。能力者の彼女たちは自分の力ゆえに悩みも多く、人にそう簡単に心を開けない。ノンコはゆっくり歩き出した。
いまオレたちに聞こえるのは波音と遠くで鳴く海鳥の声。もっと遠くにはタンカーが航行している。
青空が果てしなく続く。




