ノンコ
彼女たちはどこから来てどこに向かっているのだろうか。話し言葉はどこかの地方である。果たしてこの中に今回の協力者がいるのだろうか。
オレは試してみることにした。徐に立ち上がり体を反転させ女子生徒たちに向かって大きく手を振ってみた。もちろん彼女たちにはオレが見えないので何の反応も
ない。暫くして一人の生徒がスクっと立ち上がりオレのほうを見つめている。
「よし!」
ガッツポーズで喜んでいると、その生徒は何もなかったように座り隣の生徒と話し出した。今のは、何だったのだろう。確かに彼女はオレを見つめていた。
オレを認識していたに違いない。そこでもう一度、彼女に向かって大きく手を振ってみた。何度かチラっと見ているが、やはり反応は薄い。
見えているのか、見えていないのか、どちらなのだろう。相変わらず車内は騒がしい。
カラオケを一緒に歌う子や手拍子で盛り上がる子、お菓子を頬張る子。カラオケはまだこの時代ほとんど普及しておらず、観光バスなどにレーザーディスク搭載のものがある程度で、マイクの質はよくなかった。
そのため音割れや音が出ないということが多々あった。今も機嫌よく歌っていた生徒が興奮して、マイクコードを引っ張り、音が出ないとバスガイドに文句を言っている。そんなグループと一線を引いているように見える先程の生徒はやはり何度もこちらを見ている。
ちょうどそんな中、バスは休憩のためパーキングに入るところだった。バスが駐車場に停車するとオレは真っ先に降りて、先程の生徒が来るのを待った。
友達と降りてきたその子はオレを目の前にしても目もくれずスタスタと歩いて行く。やはり勘違いだったのか。念のためにもう一度確認するべく彼女の横につき、声を掛けてみた。
「ねぇ、ねぇ、僕が見える?」
これではナンパではないか。彼女は友達と話しながら、なぜか横目でこちらを気にしている。見えていてシカトしているのか。
「ちょっとだけいいかな?」
やはり聞こえないのかそのまま歩いて行く。
「大丈夫?蒼井さん」
すぐ後ろでそう聞こえた。
「あ~、牧野さん、何が?」
「えっ?いまナンパされていたんじゃなかったの?」
「誰に?」
「この人!」
そう言って後ろから来た生徒がオレを指さした。
オレはその子の目の前に立って聞いた。
「キミ、僕が見えるんだね?」
「はい?」
「見えるんだろ?」
「はい」
「よかった。キミだったのか?となると、こっちの子は?いま確か蒼井って言わなかった?」
「あなた、何を言ってるんですか?」
女の子はオレを目一杯睨みつけた。
「いや~、だから、僕が…」
「どうかした?牧野さん。誰と話しよるん?」
オレが答える間もなく最初の子が後から来た子に尋ねた。どうやら、最初の子はオレが見えないらしい。
では、時折気にしていた素振りは何だったのか。
「えっ?蒼井さん、この人が見えんの?」
「うん。誰もおらんやん」
後から来た子は納得がいかないように首を捻りオレを見た。
「キミ、どこかで会ったことなかった?」
「今度はウチをナンパですか?警察呼びますよ!」
女の子の口調が荒くなった。
確かにこの子とはどこかで会った気がする。
「あっ!もしかしてあなたは…」
そう言うと、後から来た女の子は最初の子にひとこと言って、オレの手を引いた。
「ひょっとして、おじさんはこの世界の人じゃないのですか?」
「ああ、そうだよ」
女の子が納得したようなのでオレは簡単にここまでの経緯を説明した。彼女は牧野信子といい、愛媛の女子高に通っていて、これから修学旅行で三重県鳥羽に向かっているという。そこで思い出した。
パーキングはどこもよく似ていて気付かなかったが、ここは留美と最初に出会った伊勢自動車道のパーキングである。これは誰かからの思いがけぬ贈り物だ。
最も気になっていた留美の手術後がどうなったのか知らないまま戻った。そして、あの海岸に居合わせ、その後留美を救ったあの少女が目の前にいる。
ということは取りも直さず、再びあの場面に立ち会えるということだ。願ってもないチャンスだ。
今度こそは…。
「キミたちは、もしかしてこれから鳥羽の海岸でキャンプファイヤーをするんじゃないか?」
「えっ?おじさん、どうして知ってるの?」
「悪いんだけど、おじさんはやめてくれないか?まだキミのお父さんより若いよ」
「そうやね。じゃあ、ユウ兄でいい?」
「まぁ、そっちのほうがいいかな?」
「あ~、もう出発の時間や!行かないけん。それじゃあね」
そう言って信子は走りだした。ここでついていかないと後がない。
「ちょっと待ってくれ!信子。僕も一緒に行っていいか?」
途中で止まった信子は少し考えて言った。
「ユウ兄は他の子には見えないんやろ?」
「ああ、さっき見た通りだ」
「ほんならええよ。それと、信子はよして!」
「じゃあ、なんて呼べばいい?」
「仲イイ子からは、ノンコって呼ばれとる」
「わかった。じゃあ、それで…」
最初のバスとは違う車両に乗り込んだオレはノンコの席の横、通路に腰掛けて考えた。こちらのバスも先程と負けず劣らず騒がしい。
「なぁノンコ。オレのこと覚えてないか?」
「えっ?どこかで会った?」
間違いなくノンコは鳥羽で留美が運ばれた病院で会った子だ。それは自らを傷つけた留美に輸血し、彼女と葉月の一連の出来事を目撃していたあの子に間違いない。
今回オレは一度来た世界に舞い戻った。そこには必ず何かの意図と意味がある。それが誰の手によって成されているかは関係ない。ひょっとして、オレの意思がそうさせているのかもしれない。
それこそオレの能力ということだ。いずれにしても、今回は今まで通りただの傍観者では済まされない。
この旅の目的にもそろそろ決着をつけないといけない。いつまで経っても帰れない。ノンコはオレを知らないという。ということは、彼女にはこれから起こることがもちろん知り得ないこと。
ノンコに伝えなくても、この先に起こる留美と葉月の出来事を止めればいい。いや、そんなことをしてもいいのか。でも、そうしなければあの悲しい出来事は起こってしまう。歴史が変わっても構わない。
もうすでにオレがここにいる時点でそうなっている。たとえ微力なオレが少しぐらい動いてもそう変わらないだろう。今回の最重要事項は留美と葉月を止めるということ。それにはまず彼女たちに接触しなければならない。その前に確認することがある。
ノンコに協力を仰ごう。早く彼女に聞きたいところだが、今は友達と話しに夢中で、何よりこんな狭い空間で他の子には見えない相手と話すノンコに申し訳ない。今はそっとしておこう。




