バスの中
最後のパーキングを過ぎるとまもなく東京に入る。
いつの間にかレベッカは眠りについていて、オレにも眠気が誘ってきた。常備している辛口のガムを含んでラストスパートにはいった。
前方の表示板に∧ この先事故渋滞∨ とある。
そういえばさっきパトカーに追い越された。徐々にスピードが落ちていく。そして停車した。
左側車線を走っていたオレは車が完全に停まると、寝ているレベッカを起こすべく左を向いた。
するとちょうど斜め前の路肩に観光バスが停まっていた。なぜそんなところに停車しているのか不思議であったが、うす暗い中でもたまに当たるライトに映ったのは運転席辺りに凹みがあるのと、前方より真ん中までボディに傷がついてあるのが見えた。
このバスは事故当該車でここに停車しているのだ。
それより前か渋滞ということは、その先にまだ事故車があるのだろう。停車して十五分は経つだろうか、一向に動かないところをみると、かなり大きな事故なのだろう。横でレベッカは寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。このままそっとしておこう。
背もたれを倒してオレも暫し休憩することにした。
眠気がきたのでそれまでオフにしていたオーディオのスイッチを入れ、目が覚めるようなナンバーを探した。レベッカに邪魔にならない音量で静かに聞いた。
大勢の人が合唱しているような曲に心地よさを覚えたその時、歌だと思われた声が話し声だったと気づいた。
それもまるで若者が騒いでいる様子に聞こえる。
何も触っていないのに、チャンネルが勝手に変わったと思い、一旦スイッチを切った。電源をオフにしたにも関わらずまだその音は聞こえる。
外からかと思い窓ガラスを下げ、耳を澄ましてみた。聞こえてきたのはエンジンの音とファンが回る音だけ。
そうしている内にさっきの音は聞こえなくなった。
不思議に思いながらも窓を閉めて、再びオーディオのスイッチを入れた。しばらく無音のあと合図をしたかのように一斉にさっきの騒がしい音が戻ってきた。
その音源は後方よりしたので後ろを振り返った。
瞬間オレは夢を見ているのかと思った。乗用車であるはずなのに後ろに座席がたくさん並んでいた。
それはバスの車内でオレは一番前の席に座って後方を見るカタチになっている。そこには大勢の女子学生が座っていて、声の主は彼女たちのものだった。
恐る恐る態勢を変え前に向き直した。もちろんそこは先程の状態で斜め前方にバスが停まり、隣には眠り込むレベッカ。前は延々と続く渋滞の列。
そこでもう一度振り返ると、やはりバスの車内で女子学生たちは思いに思いしゃべり、お菓子などを頬張って騒いでいる。そこで思った。
今回は何と恐ろしいことに現世界と異世界の狭間にいる。かろうじて今座っているイスから前は現世界で後部座席から後ろが異次元世界だ。これはチャンスだと思い寝入っているレベッカを起こしたが、彼女はまるで人形のように動かない。どうもオレひとりでないとダメらしい。このまま後ろを気にせず前だけを向いているとこの世界でやり過ごせ、まもなく到着できるということだ。今までは強制的に異次元世界にジャンプさせられた格好であったが、今回は自分で選べということだ。
そう、そこに何らかの意思が読み取れる。誰がどのような理由でオレにこのような世界を体験させているか。全くそのようなことはなく、ただ偶然な出来事にオレがもっともらしい理由を付けているだけなのかも知れない。いや、それはありえない。
それはレベッカの言うように夢ならばそれで説明がつく。あの時、彼女にはそれ以上反論しなかったが、これは夢なのではない。この瞬間オレの決意は固まった。
レベッカの頭を撫で後部座席に移った。一瞬で景色が変わった。オレは真夜中の渋滞の列から観光バスの最前列に座っている。バスは軽快に高速道路を走行してる。
相変わらず後ろは騒がしい。入り口のステップをすぐ上ったところにある席は冷蔵庫が設置され、その前の席はダンボール箱にお菓子などが入れられ、それらを置く席になっている。オレはそこに溶け込むように座っている。遠足か修学旅行であろうか、全員が女子で三十人以上はいる。この中に今回の協力者がいるのだろうか。
暫く様子を見てみよう。
「ガイドさん!カラオケ、カラオケ。はよ~!約束したやろ?ウチ、明菜がええ」
「ちょっと、真紀なに言いよるん。明菜はウチが歌うんよ」
「さっきジャンケンしたろう?ウチが一番よ!お姉さん『恋に落ちて』いれて!」
「美也、何人と恋に落ちるんよ?昨日もしてきたんやろ?目の下、クマいっぱいできとるよ!」
車内が爆笑に包まれる。
「後ろにも本、回して~!」
「マイク、握らして~」
「桃子が言うたら、何かイヤらしく聞こえる~」
なぜかその言葉にも彼女たちに笑いが起こった。
口々にしゃべる女子学生たちに時折、運転席のすぐ後ろの席に座る教師らしき女性が嗜めた。噂には聞いていたが共学の女子とは全然違う。男がいないとこうも女子というのは騒がしく、はしたないのか。




