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レベッカ  作者: 橘晴紀
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羅音(ライン)

 このままここを出て自宅に向かうのもいいが、もし時間も移動して過去ならオレの家もないかもしれない。

 もし未来でも見たところそんなに遠くないだろう。調べるためにもう一度部屋に戻るべく玄関ドアを静かに開けて家に入った。ちょうどさっきの女性ふたりがリビングの扉を開けたところだった。今度こそは気付かれたか。

 身動きができない。そして、さっき部屋から出てきた方の女性が近づいてきた。オレはゆっくりと下駄箱に背中をつけるようにして息をのんだ。女性は玄関ドアを開けて外を確認している。しかもオレの目の前だ。

「大丈夫!誰もいないし、何もないよ。気のせいだよ、花梨」

「でも羅音も何か聞こえたっていうし、私も聞こえたような気がしたけど…」

「きっと風だよ、今日強いし、それにここは十四階だから。さぁ、飲み直そう」

 そう言ってふたりはリビングの方へ戻った。再びオレは廊下で考えた。姿は見えないが、オレの声以外の音はちゃんと聞こえるらしい。ということは、彼女たちの前に出ても音さえ出さなければ気付かれない。

 だからと言ってそう簡単には前には出られない。なぜオ

レがこの家に飛ばされたかを調べれば帰る道もあるかもしれない。玄関に靴は五足あり男物はない。

 彼女たちの話に出てきたのは三人の名前。いま分かっているのはそれだけだ。オレがリビングの扉を開けるわけにはいかない。誰かが開けるのを待ったほうがいい。

 姿は見えなくても勝手に扉が開くのも不自然だ。いや、むしろそっちのほうが都合いい。混乱に乗じて調べやすくなる。ゆっくり扉を手前に引きリビングに入った。

 目の前のダイニングテーブルには誰もおらず、奥のほうで声が聞こえる。そのまま進むと台所があり、その横の和室で女性三人が鍋を取り囲んで楽しそうにしている。いまオレが立っている位置なら絶対に彼女たちにも見えるはずだ。

 向かって正面にリビングから出てきた女性が座っている。右手に最初部屋から出てきた女性がいて、ふたりとも顔は覚えた。そしてここから一番近く、背中を向けている女性が座っている。どうやら、この三人だけでオレが入ってきたのは気付いてないらしい。そう思った瞬間、背中をむけている女性が振り向いた。オレはドキっとした。

 それはその女性がこっちを見て目を細め、眉をひそめたからだ。まるでオレが見えるかのように、ずっとこっちを見ている。そして、あとの二人に言った。

「ねぇ、ほらあそこ何かおかしくない?」

 そう言ってオレを指さした。ヤバイ。

バレた。オレは血の気が引いていくのが分かった。

「なに?どれ?」

 聞かれたふたりはまだ分からないようだ。

 やはり見えていないのか。すると・・・。

「あ~、あれね」

 そう言って右に座っている女性がこっちにきて、オレを通り過ぎ後ろの壁に掛けられている額を動かした。

 いわれてみれば、かなり斜めに傾いていた。オレはホっとしてその場に座り込んだ。

「今朝、掃除した時に動いたんだね」

 そう言って席に戻り、三人は何事もなかったように話し、また食べだした。これでこの家の者とは全員対面した。

 オレの姿は見えないようだ。まずは一安心。少し落ち着いたオレは余裕が出たのか、周りを見渡してみた。

 部屋のインテリアや置いているものからして、少し古い気がする。どうやらオレの時代より少し前のようだ。

 三人の女性の服装、髪型からこれも前の時代だろう。年齢は二十代前半といったところか。三人ともキレイな女性だ。

 オレはなにか手掛かりがないかと、家の中を調べることにした。リビングと和室は彼女たちがいるのであとにして、さっき玄関に近いほうの部屋は確認したので、もうひとつのほうの部屋を調べることにした。

 もちろん扉を開けるのも他の動作も慎重に音を立てずにしなければならない。電気をつけタンスや机を開け見ていて、なんだか空しくなってきた。いくら手掛かりを見つけるためだとはいえ、こんな泥棒のようなマネをして女性の部屋を漁っている。それは言い訳で、ただ単に好奇心でやっているだけだ。オレはいつからそんな浅ましいヤツになったのか。

 情けない。そう思い部屋にあるベッドに腰掛けた。

これからどうなるのだろうか。このまま帰れずに違う世界の人間として生きていくのだろうか。

 そう思うと身震いがしてきた。そもそも、これは現実なのか。夢ではないのだろうか。お約束の頬っぺたをつねってみると普通に痛い。いろいろ考えてみた。

 映画ならこういう時は何かのキッカケで元の世界へ戻れる。去年公開されたマトリックスでは電話が鳴り、それを取ると帰ることができた。

 < リーン、リーン、リーン>

 そう考えていた瞬間、部屋の電話が鳴った。もう心臓が止まるかと思うほど驚いた。懐かしい響きと電話の形。

 それは黒電話である。オレたちが子供の頃、どこの家にもあった、あの電話だ。そして足音が聞こえ部屋の扉が開いた。オレはとっさに部屋の奥に移動した。

「もしもし…。なに?だからもう決めたでしょ?家には来ないで!忍だっているし、あなたが来たってややこしくなるだけよ!だから絶対来ないで!自分がした事を棚に上げてよくそんなことが言えるわね。もう終わったの!私たち」

 < チン!>

 懐かしい終了音より一方的に受話器を叩きつけるように置いた音のほうが余韻に残った。

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