バブルの話
「瞳さん。僕は一年前に妻と別れて、今は娘と二人で暮らしているんだ。初めは慣れない家事や娘の世話で精一杯になって、全然余裕がなかった。でも、その内になんとか格好だけは様になってきた。そんな時に仕事で別れた妻と会わなきゃいけないという事になったんだ。もちろん娘には言っていないし、彼女を連れていくことも出来ない。なんと皮肉なことか?元妻に会う理由が彼女に仕事を頼まないといけないということ。決して円満離婚といえない僕たちだったから、神様もいたずらが過ぎるなぁって思った」
俯いていた瞳は顔を上げて、しばらくオレを見つめたあと言った。
「ユウジくん、今でも奥さんを愛しているのね?」
思いもよらない瞳の言葉にオレは動揺しながら首を横に振った。
「違うよ。これからのオレの全ては娘でいっぱいでそんな余裕はないよ」
「だったら、ユウジくんはこの先もう恋愛しないって言うの?」
「それは…」
その時の瞳はやけに妖艶に映った。ブランデーのせいだろうか。それを跳ね返すようにオレは尋ねた。
「瞳さんはどうなの?」
「わたし?そうねぇ。正直カレが亡くなった時、生きていくのがイヤになってもう誰も愛さないって思っていた。でもロンドンに渡ってから忙しくて、それどころじゃなかった。気づいたらね、ロンドンボーイと付き合っていたわ」
そう言って瞳は笑いだした。それを見てオレもつられて笑った。気づくと二人とも結構な量のブランデーを飲んでおり、ほろ酔いはとっくに過ぎていた。
「ユウジくんのいた西暦二千年はどんな世界になっているの?ちゃんとしたタイムマシンとか完成している?」
「えっ、瞳さんはタイムトラベルで行ったことないの?」
「ええ。私は未来には行けないの。過去だけ…」
「そうなんだ。僕の時代でもタイムマシンなんてないよ。たぶん、科学がいくら進んでもできないと思うんだけど。だから、瞳さんがタイムトラベル出来るって聞いても、もうひとつピンとこない」
と言いながらオレ自身はそのタイムトラベルとやらで、今この世界にいる。
「でしょうね?SFだったらいざ知らず、何かマシンのようなもので時空を移動するってイメージだけど私のはイスに寝て、そのまま移動するといったものだから、未来にはマシンでもできているかなって思ったの」
「それってまるで映画のマトリックスみたいだな?」
そう言ったオレに瞳はキョトンとした顔をした。
そういえば、まだこの時代には映画がつくられていなかった。
「今は一九八五年だよね?まだバブル前夜ってとこだな。ここから日本は異常な時代に突入するんだよ」
「バブル?泡だよね?どうかなるの?まさか、ノストラダムスの予言が的中するとか?」
「ハッハッハ!そんなのもあったね。それは当たらないよ。バブルってのは土地や株などが物凄く上がって、日本中好景気に沸いて凄かったよ。そこら中お金が飛び交って、ほとんどの国民が魔法にかかったようになって、九十年過ぎた頃に突然それが弾けた。その時は皆気づかなかったけど、あとでバブルって言われるようになったんだよ」
「その後はどうなったの?」
「もう大変だったね。すぐには影響なかったけど、徐々にカウンターブローのように効いてきて二千年頃は就職氷河期っていわれるようになって、いい大学出ても仕事がないっていう時代になったよ」
「え~、そうなの?今凄く景気いいのにね。私がいた頃のイギリスがそうだったけど、日本もそうなるんだぁ。なんか暗い未来だね」
オレは話ついでに瞳からは未来になる西暦二千年の世界を語った。こんなことは初めてだ。今まで会った子たちにも自分がいた未来を語ったことはなかった。
暗黙のルールのように思いそうしていた。
酒の勢いがそうさせたのか、はたまた別の理由か。
「でも、それだけではないよ。世界は目まぐるしく変わったよ。ドイツは統一したし、ソ連はなくなった」
「えっ、そうなの?ロンドンにいる時、仲良かった人が西ドイツ出身で一度、一緒にベルリンに行ったけど大変だったよ。同じ国だったのに親戚でも東西に分かれて、敵国同士みたいになって行き来も相当苦労していたみたいよ。それに、あのソ連もなくなったの?」
「ああ。ロシアになったよ」
夜も更けて、オレは瞳に世界情勢からその辺にある出来事まで覚えている範囲で話した。
久しぶりに安らぎを感じたひとときであった。
「瞳さんは何故タイムトラベルをするの?」
オレは出会ったときから疑問に思っていたことを聞いた。それは瞳が今まで会った三人の能力者たちと違って、自らをコントロールし持ち得る能力を使っているからだ。
「実は…」
瞳はもう酔いが醒めたのだろうか、先程までの陽気さは薄れて急に影を落とした。
「本当はいけないことかもしれない。でも、どうしても…思い出に、過去に囚われてしまうの」
「どういうこと?」
「手放した息子はもちろん、この世にいないカレにもう一度会いたくて…」
「それで過去に?」
頷く瞳にオレは思わず声を荒らげた。
「ダメだ!それは…」
「分かってる!分かってるよ!」
そう、瞳は自分でも分かっている。だから尚更オレは彼女を叱った。それは今まで会った彼女たちの代弁でもある。




