瞳の昔話
瞳の作った料理はとても美味しく、プロ並みの腕前であった。堪能したオレはテーブルからソファーに移動した。
「美味しかったよ、瞳さん。ありがとう。すぐにでも店がオープンできるぐらいだね」
「大げさね、ユウジくん。これくらいは出来ないとね。いくら一人暮らしだからといっても不精したらダメなの」
先程の涙が嘘のように明るく話す瞳。そうなのか、瞳は独身なのか。そうでなければ、いくら他の人には見えないといってもオレを部屋に入れることはないだろう。
でもそうなると、さっき映っていた赤ちゃんは誰なのだろう。瞳の子供ではないのか。
オレの疑問を察知したのか、はたまた食事が終わるのを待っていたのか、コーヒーを淹れてくれた瞳は前に座って話し出した。
「さっき映っていたのは大学時代のわたし、抱いていたのはわたしの子供。驚いたでしょう?愛さえあれば何でもできるって思っていた。でも現実はそう甘くなく、結局別れたの」
「学生結婚してたの?」
「いいえ。籍は入れてなかった。妊娠が分かった時、結婚届にサインして二人で提出するはずだった。でも、カレが出すといって用紙を持って行ってしまった」
「それで結局、カレは提出しなかった?」
瞳は数回首を縦に振った。
「それじゃあ、瞳さんを騙したってわけか?なんてヤツだ!」
オレは無性に腹が立ち、思わず声が大きくなった。
瞳が今度は首を横に振り言った。
「結果そうなのだけど、正確に言えば彼の両親に取り上げられたって言った方がいいかな?」
「なぜカレはすぐに提出しなかった?始めからその気じゃなかったんじゃないのか?」
「私も始めそう疑った。カレは名家の跡取りだから、かなり反対されて出せなかったんじゃないかと・・・。でも、違ったの。カレはちゃんと許してもらうために、何度も自分の両親に掛けあった。そして、カレの両親は私の両親に話をつけた。私は反対していた両親にやっと納得してもらって、許してもらったところだったから、その話を聞いた時は嘘だと思った。どういう方法でカレの両親が私の両親を丸めこんだかは、大体想像できるけど、その時は自分の親を憎んだ。でも、後で自分が子供を産んでから親の気持ちがよく分かった。そして自分がどれだけ親に迷惑をかけて、甘かったってことも痛感した」
オレには引っかかることがひとつあった。こういう場合大抵、男側の家、とくにその家が名家のようなところは金で解決しようとする。中絶を強要したり、知らぬ存ぜぬを通したり、もっと酷いことをする輩もいる。
それなのに瞳のカレは本当に彼女と一緒になりた
かったのか、それが叶わないなら、せめて子供だけでも自分の跡取りにと、考えたのか。その疑問をストレートに瞳へぶつけた。ため息をつきながら瞳は悲しげに語った。
「カレは我が子を見ることなく、この世を去ったの。あっけなく事故で…。まだカレが自分の親と話し合っている時だった。カレは一人息子だったから…」
その後のことはこれ以上聞かなくても、瞳の語り口調で拙いオレの頭でも理解できた。
瞳は徐に棚からブランデーとグラスを取り出して、笑顔でオレに確認した。頷きで返事したオレの前にブランデーのいい香りが漂っている。軽く乾杯をすると、瞳は話を続けた。
「その後、出産した私はロンドンに渡った。産んだ子供はカレの家で育てられ、今年十歳になる」
淡々と語る瞳は感情を殺しているのだろう。愛する我が子と離れることがどれほどのことか、不肖なオレでも十分過ぎるほど分かる。
「ユウジくんは結婚しているの?」
瞳はさっきとは一転、にこやかに聞いた。
「別れた」
「あら、ゴメンなさいね」
「いいよ」
オレの受け答えが素っ気なかったので、自分でも反省した。
今度はオレが聞いた。
「あの写真はいつ頃撮ったの?」
「あれは私がロンドンに行く日、つまり子供と最後にあった日」
そう言って瞳はソファーを離れ、棚から箱を出してきた。その中には写真がたくさん入っており、それをオレに見せてくれた。
「たくさんあるでしょう?私の両親がロンドンまで送ってくれていたの」
瞳はオレよりも早いペースでブランデーを何度もおかわりしている。まるで昔の思い出を飲み干すかのように・・・。
何枚かの写真の中に目に止まったものが数枚あった。それは瞳とおそらく当時のカレだと思われる男性が写っていた。
そこには数か所京都の街が映っていて、どの写真も笑顔で仲の良さがとても感じられた。オレはふと思った。
写っている場所はすべて今日、瞳に案内された所であった。そして、そこに写る男性が自分でも驚くほどオレに似ていた。これで今日初対面の時に瞳が、一瞬オレを見て驚いた理由が分かった。瞳はオレがその数枚の写真に食いついているのが分かったのだろう。
「ユウジくん、ビックリしたでしょう?私もそれを見て想い出したわ。今日行った場所、全部写真に写っているところだね?なんでだろうね?」
そう言った瞳は俯いて目頭を押さえた。オレはそんな瞳を見て何故か胸が苦しくなった。そして、無性にオレ自身をもっと知ってもらいたいと思った。




