デート
しばらく沈黙して向き合うふたり。なぜか、あれだけ騒がしかった蝉も鳴き止んでいる。
急に恥ずかしくなったオレはしどろもどろで女性に尋ねた。
「先ほど、何か言ってましたよね?」
「えっ?日付と場所でしょ?」
「いいえ。その前に何か…」
「そうでした?」
しばらく考えていた女性は、ハっとして頷き自ら納得したようだ。
「思い出しました。あなたがおっしゃった言葉が気になりましたので、それで…」
「そうです。あなたが考えている通りです。僕は旅をしています」
自分でも照れ恥ずかしい文句だ。今日のオレはどこかおかしい。彼女の美しさに舞い上がってしまったのか。
そんな事をいえば、今まで出会った子たちに失礼だ。
彼女たちも十分美しく、どこへ行っても誰もが振り返るほどの女性たちだった。だから尚更、目の前の女性が余計そう見える。
「どうして、私が考えていることが分かるのですか?」
彼女は不思議そうに聞いた。
「それはあなたに僕が見えているからです」
もうひとつ要領を掴めない彼女にオレはできるだけ分かり易く説明した。もう慣れたもので、まるで係員のように彼女を先程まで寝ていたベンチへ誘い腰掛けて話した。
彼女は黒田瞳といい、ひとつ年下であるという。
落ち着いていて年上かと思った。
「ということは、未来から来られたというのですか?」
「はい」
「そうですか。同じですね」
「じゃあ、瞳さんはタイムトラベラー?」
「ええ。そんな大層な名前で呼ばれるほどのことはないですけど」
照れながら瞳はそう言った。今回もなんとラッキーなことだ。最初に出会ったのが同じ能力を持つ人で、話が早い上に共有できることも多い。これは早々に戻れるかもしれない。
落ち着いたオレはひとつ疑問に思った事を彼女にぶつけた。
「ところで瞳さんは観光でこちらに?」
「いいえ。この近くに住んでいます」
「そうか。関西弁じゃないので、てっきり観光だと思った。それと、場所と時間のトラベル中かとも考えたんだけど…」
「そうですよね。出身は東京なのです。学生時代こちらの大学に通っていて、この街に魅せられ、いつか住みたいと思っていたのですが、ようやく昨年夢が叶って移住してきたというわけです」
瞳の話を聞いていたかのように、彼女が話終わると蝉はまた鳴きだした。
「ここへはよく来るの?」
「ええ。この辺りは水がキレイでよく汲みに来るんです」
そう言って瞳はカバンから水筒を出した。
短時間ですっかり打ち解けられた気がした。
「わざわざ汲みに来るぐらいだから、よっぽど美味しいんだね?」
「いいえ。飲料用ではないんです。そうだ!ユウジくん、戻る方法を探しているんですよね?少しくらいなら役に立てるかもしれません」
突然瞳は目を輝かせて言った。何か秘策があるのだろうか。彼女はオレと違って自分でタイムトラベルを操れるというので、これは期待が持てる。
嬉しそうな顔の瞳は歩き出し、オレも後についた。
瞳は神社の畔に流れる川の水を水筒に汲み上げると、京都の街を案内してくれた。今は詳しく言えないが準備をした後、瞳はオレを元の世界へ戻してくれるという。
街を散策しながら瞳はやっと、オレが他の人には見えないということが分かったらしい。何人もの人が瞳に怪訝な顔をして、不思議そうな視線を送っている。
その都度、彼女の顔が赤くなっているのがおかしかった。
慣れてきた瞳はオレのほうを見ないで、前を見ながら小さな声で話すようになった。オレたちは下鴨神社を出発して、清水寺、ハ坂神社、祇園を練り歩き、まるで修学旅行生のように散策を楽しんだ。
九月に入ったとはいえ、まだまだ残暑が厳しい。特に盆地である夏の京都の暑さは並大抵ではなく、この街で暮らす人々には頭が下がる。夕暮れになってもまだ暑く、少しでも涼を求めて皆、水辺に集う。
東海道の終点、三条大橋から鴨川を北上したオレたちは、たくさんのカップルが等間隔に座る川辺を歩いた。
オレはヘンな錯覚に陥った。元々いま居るこの世界では存在しないオレが瞳と歩いている。これまでも幾度となく、能力者の女性と過ごしてきたが今回はどうも可笑しな自分がいる。この気持ちはどういうことなのか。
度重なる時空を超えた旅で心身が喪失してしまったのか。それとも、隣を歩く瞳に親近感以上の気持ちが湧いたのか。同じ能力を持って、同じ年代だという安心感から、やすらぎを彼女にもってしまったようだ。
次の橋に着く間、オレたちは黙って歩いた。しばらく前しか見ていなかった瞳が久しぶりにオレを見た。
それはオレが彼女の手を握ったからだ。オレのその行為に特別な理由はない。ただ、そうしたかっただけだ。
瞳は何も言わず、嫌がる素振りもせず、逆に握り返すようにして再び前を向いて歩いた。
間もなく出発した下鴨神社近くの賀茂大橋に着いた。
ここは三角デルタと呼ばれ左から賀茂川、右から高野川が合流した地点である。そこから南は鴨川になる。
三角デルタといわれるこの場所は世界中にもたくさんあって、昔からそういう処は聖地と呼ばれている。
ここもそうで、目の前に最初に着いた糺の森があり、その奥に下鴨神社がある。瞳の自宅はここからそう遠くない所にあり、今晩は彼女の家にお世話になることになった。
というのも、オレを戻すのが明朝に行うからだという理由だ。少し嬉しい気分で顔が緩んでいるのを瞳に気づかれないようにしないといけない。もちろん、やましい気持ちはこれっぽっちもない。




