第四章
オレは助手席側の後部ドアにもたれて缶ジュースのフタを開けた。
「疲れてるね、友二。眠たいの?」
助手席から顔を出してレベッカがそう言ったが、とても返事ができないオレは聞こえない振りをした。
「ねぇ、友二聞こえてる?友二ったら~、ゆ・う・じ。ねぇ?」
「うるさい!」
余りにしつこいレベッカに声を荒らげて言うと、彼女は拗ねて首を引っ込めた。
「ゴメン。言い過ぎた」
車内を覗くとレベッカは座席に三角座りして、そっぽを向いている。その幼さが残る頭を撫でると、手で払われた。
「確かに疲れてるよ。色々あってね。今回は特に…」
自販機のジュースが落ちてくる僅かコンマ数秒の時間が、あちらでは十数時間。しかも、今回は仲の良かったと思われた留美たちに事件が起こって、それを見届ける間もなく去った。これでは身も心も本当に持たない。
レベッカに八つ当たりはいけないがほとほと疲れた。
車内へと戻ったオレと逆方向、外に顔を向けたレベッカを尻目にオレは今回もあった出来事を物語風に話した。
拗ねていたレベッカは話に興味が湧いたのか段々と、こちらの方を向きだした。話終わると不思議そうな顔をしている。
「それで?続きは?」
「えっ、終わりだけど…」
「友二。その話、小説で読んだの?」
「いいや。これはオレがさっき…いや、知り合いから聞いた話だ。どうして?」
「だって、その話、ドラマでやっているのとそっくりだから…」
オレはレベッカの言葉を遮って聞いた。
「その話、原作は小説なのか?」
「うん。そうだけど…ベストセラーになって今度、映画にもなるんだって」
「ドラマ見てるのか?」
「見てるよ。なに友二慌ててるの?そんなに興奮しなくても…。面白いし、主演がアタシの好きな若菜ちゃんだから…」
「主役の役名は?」
「由美。一緒にいたのが睦月」
名前は変えてあるが、留美たちのことを小説にして、その後ドラマ化されたのだろう。ほとんど小説を読まないオレはこの方面には疎い。本を書いたのはミラか明日太のどちらかだろう。
「原作は誰か知っている?」
「う~ん。忘れたけど、何か賞を獲った小説だといって、原作の女の人がテレビに出てたよ」
ミラだな。あのとき彼女は留美に歌手を辞めると言っていた。その後、作家になったというわけか。
「結末はどうだった?」
そう、あんなカタチでこちらに戻って来て、その後のことが気になる。
「最終回は来週」
「なんだよ!」
レベッカに悪気はないのだが、どうしても知りたい気持ちとガッカリした気持ちが交差して彼女に返した言葉は大人げなかった。
「題名はなんていうんだ?」
「蜃気楼」
早く読みたいところだが明朝出発だし、当分戻れそうもない。帰って来るまでの我慢だ。
疲労がキツいのでとてもすぐには出発できない。
早く帰って眠りたいし、レベッカも送り届けなければならない。しかし、このまま運転すると危ない。
「なぁ、ちょっとだけ横になっていいか?」
「いいよ」
「家の人、心配してるだろう?ゴメンな。少し休めば大丈夫だから…」
「家のほうは全然平気だよ。気にしなくていいから、ゆっくりすればいいよ。友二かなり疲れてるね?まだ高速に乗って間もないし、ジュース買いに行ってからは特にそう見える。なにかあった?」
イスの背もたれを倒したオレはレベッカが話終わる頃にはもう、眠気が限界にきていた。一瞬で寝入ってしまった。
どれくらい経ったのか分からないが、レベッカがオレの左腕を揺らして起こしている。
「あ~、もう、だいぶ…寝た?う~ん」
オレは半分寝ぼけてショボショボした目を擦りながら、起き上がった。
「こんなところで寝ていたら、風邪ひきますよ」
目の前の風景と隣の声と口調で明らかに違和感を覚えた瞬間、何が起きたか理解できた。
「勘弁してほしいな!」
「あら、ゴメンなさい。余計なことをしてしまって、お休みだったのですね」
「いや!違うんです。決してあなたに言ったわけではありません。独り言です」
幾度となく、時間旅行に出かけたオレは慣れも相まって思わずそう口走った。当然、善かれと思って起こしてくれた人には失礼なことを言ってしまった。
「あっ…そうですか。それでは…私はこれで…」
目の前には美しい女性がいて、一瞬驚いた表情を見せたその人は立ち上がり、この場を離れようとした。
ベンチで寝ていたオレは立ち上がった。起こしてくれたということは、目の前の女性にはオレが見える。
こんな早く、しかも能力者本人が起こしてくれたという
展開に嬉しさは倍増した。それに、彼女は今まで会った中でも飛びきりの美しさで、おそらく近い年齢ゆえの親近感も湧いた。そんな緩んだオレの顔に気味悪さを感じたのか、女性は軽く頭を下げ歩き出した。
「すいません。ありがとうございました。ひとつだけお聞きしてもいいですか?」
背を向けて歩き出した女性は、振り返って首を傾けた。
「ここはどこで、今は西暦何年ですか?」
彼女がどのような能力を持っているのか分からないが、この問いで十分だろう。
すると彼女はオレの方に近づいてきた。
「あなた、もしかして…」
そう言って彼女はオレをまるで品定めでもするかのように見ている。長く木々が生い茂る道は蝉の鳴き声と自然の静けさがぶつかり合って、見事なまでに目の前の女性の黒い髪と瞳を演出している。その中に吸い込まれそうになった瞬間、彼女は静かに答えた。
「今日は一九八五年九月十日。ここは京都の下鴨神社、糺の森です」
丁寧、かつ上品に話す彼女はまるで、子供をあやす母親のような笑顔であった。
「そうですか。ありがとうございます」
オレも深々と頭を下げ彼女に礼を尽くした。




