突き付け
「今年はまだ下半期に入ったところやのに、色々なことがあった。年明け早々にスペースシャトルの爆発事故が起きて、四月にチェルノブイリで原発事故。その前には76年ぶりにハレー彗星登場ってのもあったな」
「ホンマやな!スペースシャトルの事故は衝撃的やったわ。あの時ちょうど、添乗でアメリカのツアー中やったから凄く大変やったの覚えてるわ」
留美はそう言って明日太の横で体育座りをした。
つられて残りの三人も留美と同じようにした。
「でも、一番忘れられへんのは岡田有希子の自殺や」
「そうや!あの日はテレビに向かって叫んだもん。明日太、彼女のファンやったん?」
「いや、そういうわけやないねんけどあのあと、全国でかなりの人が後追い自殺したの知ってる?その中に俺が教師になって初めて受け持った生徒がおってん」
「えっ、そうなんや!」
留美の言葉と同調するように葉月とミラも明日太の方を見て驚いている。
「なんか、やり切れへんで…」
明日太はそう言ったあと立ち上がって波打ち際まで進んだ。明日太の後ろ姿を見ている三人も声を掛けられず、そのまま砂を掴んだり、遠く海を見つめたりしている。
思えばオレもあの日、始業式が終わって自宅に帰ってきた時にそのニュースを見てショックを受けたのを覚えている。同年代のしかも当時トップアイドルであった彼女の自殺。
それだけでも十分に驚きであったが、特にオレはその前年に親友を亡くしたところだったので、そのショックはかなり大きかった。だから、明日太の気持ちは痛いほどよく分かる。さらに彼の場合、教え子が後追い自殺というカタチだったので尚更ツライだろう。
そんな明日太の元に、ミラが近づき両肩を掴んで言った。
「明日太。気にすんな!とは言わへんけど、気にすんな!アンタはここでその子の冥福を祈ったらええ!」
「そうやな。俺にはそれぐらいのことしかでけへん」
「ちょっとちゃうけど、去年ウチも身近な人を亡くしてん」
「そうなんか…」
「亡くなる二カ月前にその人とここへ旅行に来てん。ちょうど今頃やったわ。事務所の先輩でウチがデビューしたての頃からよく可愛がってもらってたんよ」
「その人も歌手やったん?」
「ちゃうよ。蝶子さんは女優。舞台中心やったからテレビにはあんまり出てへんかったけど、キレイな人やったわ」
座っている留美と葉月は、ミラと明日太の表情を見て立ち上がり二人のところへ行った。
「そろそろ暗くなってきたから、花火しよか!もうちょっとあっちに行こう」
ミラの号令で四人は火をつけ出したキャンプファイヤーから離れるように移動した。手持ち花火や置き型の花火に火をつけ、四人は子供に戻ったようにはしゃぎ、ここに来るまでの微妙な空気は煙と美しい輝きで消えているように思えた。
ちょうどいい距離で松明のようなキャンプファイヤー。そのずっと延長上先に打ち上げ花火をしているグループもいる。所々で大小差はあっても皆それぞれの夏の風物詩を楽しんでいるようだ。
花火も終盤を迎え、トリを飾る線香花火に火が付けられた。それまでの喧騒とは一転して、皆は静寂で幻想的な世界に浸った。ミラに頼まれて明日太が用意した花火は彼女の要望通り、弔いを兼ねて線香花火が一番多くあり、最後を締めくくるには余りある量で目の前に置かれている。
それぞれが思い思いに着火口をロウソクの火に近づけ、か弱い音に耳を傾ける。遠くで鳴る口笛のような音は少しずつ静かになっていき、目の前に小さなガラス玉が転げ落ちていくのを幾度か確認して葉月が隣の留美に話しかけた。
「子供の頃、留美の家の前でよくこれをやったのを覚えてる?」
「覚えてるよ。葉月は先っぽをすぐに落としてよく泣いとったな」
「そやったかな?もう忘れてしもたわ」
ふたりの会話を邪魔しないように、黙ってミラと明日太は自分の線香花火が落ちれば、また新しいのにかえて火をつけている。
「でも、あの約束は忘れてへんよ」
葉月の声と同時にガラス玉が転がった。線香花火は不思議なもので、他の花火と比べて百八十度違う。
立ち上がって走りまわったり、大声で騒いだりすることもなく、なおかつ共同で行うこともせず、相手の顔も見ないでただ静かに自分の世界をつくる。
今まさに四人はその中で手元に集中しながら、か弱い音と波の音に包まれている。
「小学校の修学旅行でここへ来た時、今みたいにこうやって花火しながら話したやん。いつかまた皆一緒にここで花火しようって。それは叶ったけど、もうひとつ、ずっと仲良くしようっていうのは無理みたいやな!」
葉月がそう言ったときにちょうどガラス玉が落ちた留美は、彼女の顔を見て言った。
「なんで?今でも仲いいやん!」
「留美。ウチが何も知らん思てんの?」
「なに?何のこと?」
「よう、そんなシラ切れるわ!人の旦那を取ったくせに!」
三人の女性の中では一番おとなしい葉月が激しい口調と表情ですぐ隣の留美を睨んだ。その時、ミラと明日太は持っていた花火を落として暗闇の中でふたりを見て驚いた。
そして、その厳しい表情からいつもの顔に戻った葉月は一転、悲しげな笑みを浮かべた。留美は何も言えず震えている。
「ウチら四人、ものごごろがつく前からいつも一緒にいて仲良かったやん。特に留美とは家も近所で姉妹みたいに育ったから、なんでも分かり合えてた。旦那の浮気を知ったとき初めは嘘やって思ってたし、まさか、相手が留美やなんて夢にも思わへんかった。でも、こないだ留美の家に遊びに行った時、これと同じのが置いてあった」
そう言って葉月はポケットから、アウトドア用のナイフを取りだした。留美は目を大きくして驚いている。
「最初留美の家でこれと同じの見たとき、よく似てるなって思ってん。でも、これは外国製の珍しいやつで、決定的やったのはウチがアレを買う時に旦那のイニシャルを彫ってもらってん!」
そう言って葉月は持っているナイフに懐中電灯を当てて、留美に見せた。
「ない…」
そう一言留美は言った。
「そう!普通はこうやねん!だから間違いなくアレは旦那のナイフ。なんで、それが留美の家にあったん?」
そう聞かれた留美はスク~っと立ち上がり、居たたまれなくなったのか、走っていき途中で止まった。
それにゆっくり葉月が続いた。




