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レベッカ  作者: 橘晴紀
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雪希との別れ

 翌朝雪は止んでいたが、冷たい空気が体中を抜け旅立つ女性を拒んでいるようだ。夜明けと共にオレたちは家を出て、昨日車を置いてきたトンネル近くに向かっていた。

 雪希にあるアイデアがあって、それが成功すれば故障していたエンジンも掛るかもしれないという事で、彼女の出発前に済まそうと早めに家を出た。

「ホントにひとりで大阪まで運転出来るのか?行ったことあるのか?」

「いいえ、初めて。でも私は公共交通機関が使えないし、それにカレが待っているから大丈夫よ」

 雪希は昨夜の電話でカレが泊まっているところを聞いて、そこまで行くという。愛の成せるワザなのだろう。少し羨ましい。

「早く逢えるといいね。向こうでゆっくりしてくれば?ほとぼりが冷めるまで」

「ええ。カレは向こうで当分の間、アルバイトをするって言っていました。私は愛媛にいとこがいるので、久しぶりにそちらにお世話になろうと思っています。再来月、瀬戸大橋が開通するから、それに合わせて戻ろうかと思っています」

「雪希ちゃん、そういうの、好きなの?」

「ええ。これでも観光課で働いていますから。戻っても居場所がないかもしれないけど」

 そう言って笑う雪希。まもなくトンネルに到着した。

 車は雪が積もっていて、まずそれを退ける作業から始めた。よくよく考えてみれば、真夏の東名高速を走っていたので、チェーンは装着していない。

 エンジンが掛っても走れない。でも、とにかくそんな事は言っていられない。動かないことには戻れないのだ。

 雪希は頷くと車に近づきボンネットに右手を置いた。

 次に左手で自分の耳たぶを掴んだ。

 目を閉じ、まるで車と会話するように唇は動いている。

 そして、ゆっくり目を開けた。

「ユウジさん。ヒューズボックスがあるでしょう?そこのスターターのヒューズを見て」

 雪希の指示に従い、助手席の下にあるヒューズボックスを開けて、スターターのヒューズを見ると、切れていた。

 ボックス内にスペアがあったので交換してキーを回した。

 < キュルキュルキュル、ブオーン>

見事にエンジンが掛った。外にいる雪希を見るとピースサインをしている。オレは興奮して外に出た。

「雪希ちゃん、スゴイよ!キミは車の心も読めるんだぁ!」

 オレは余りの興奮に思わず雪希の両肩を掴んで揺らした。

 すると、少し恥ずかしそうな顔で雪希が控えめに言った。

「違うの。ユウジさん、違うの」

「えっ?」

 息も凍るほど寒い早朝、白い世界の中雪希の顔だけは紅潮して、全ての熱を集めた。

「前に私の車も同じトラブルに合ったの。だから、その~…」

「じゃあ、さっきの手は?」

 やられた。完全に雪希に遊ばれた。

「ワッハッハ!何だよ!」

 笑わずにはいられなかった。雪希も声を出して笑っている。思えば昨日、雪希に会ってからこれほど楽しかったことはない。

「そら、そうだよな!人はともかく、車までとなると、さすがに…。最後の最後にやられたな!」

「最後?ユウジさんともう逢えないの?」

 笑顔から一転、雪希はとても悲しげな表情でオレを見つめた。それは娘が出ていく父親に向ける寂しさか、それとも愛し合った恋人と今生の別れかのような悲壮な顔だ。

「逢えるよ!きっとまた逢える。いろいろ、ありがとう、雪希ちゃん」

「こちらこそ、ありがとう。ユウジさん。よかったユウジさんに出会えて…わた…し…」

 雪希は涙でそれ以上話せない状態である。

 オレは雪希の頭を撫でながら言った。

「これから恋人に逢いに行くのに、涙は禁物だよ。今度逢う時は笑顔でね」

「うん」

 オレは車に乗り込んだ。

「じゃあ、さようなら」

「さようなら。ユウジさん、お元気で」

 雪希は笑顔で見送ってくれた。車が滑るのを何とか制御して、トンネル入り口に向けた。深呼吸してアクセルを踏んだ。ルームミラーにはいつまでも手を振って見送る雪希の姿が映っている。いま向かっているのは逆方向だが、果たして戻れるのだろうか。長いトンネルもまもなく出口を迎える。

「ユウジさん!」

 後方からそう聞こえたので、ルームミラーを見たが当然、雪希の姿は見えない。気のせいだと前方に視線を戻すと、ちょうどトンネルを出たところだった。

 トンネルに入る前は一面銀世界の寒い朝。

 トンネルを出ると熱気が車内を包む夜。

 どうやら戻れたようだ。しかし、異次元に入った時と逆にトンネルを戻ったから、東名高速も帰る方向とは反対であろう。近づいてきた標識を見ると、それは東京方面を指している。まずは一安心。そう思ったのも束の間。

「暑い!暑いよ!友二。エアコン切ったの?これじゃ蒸し風呂じゃん!」

 助手席で眠っていたはずのレベッカの文句にオレは苦笑いしながらエアコンのスイッチを入れた。

 おそらくオレが飛んでいた時間はトンネルを走行していた時間の約一分。雪希の世界にいた時間は一日。

 それをレベッカに聞いたところでバカにされるだけだし、彼女は眠っていたから何も聞かないでおこう。

 喉が渇いたので次のパーキングエリアに入ることにした

 極度の疲労から、休憩の意味もあった。

 眠気を飛ばすためにラジオのスイッチを付けてみるとニュースが流れていた。

〔本日、収賄、詐欺、恐喝、傷害ほかの罪で有罪判決が出ていた沢良木陵元議員が収監されました〕

「え~!」

 オレはラジオから流れてきたニュースに今までの疲れが吹っ飛んでいくぐらい驚いた。ごく短時間しか沢良木を見ていなかったが、十分に胡散臭いところは分かった。

 しかし、議員になったのは予想できるが、まさか、これほど多くの罪で刑務所行きとは驚きだ。

 オレがいたあの時点ですでにこれらの罪を犯していたのだろうか。それは雪希のカレの事も含んでいるのだろうか。

「何よ!突然大きな声出して。ビックリした!知り合い?」

 レベッカはラジオを指さしながら言った。

「ああ。まぁ、少しね」

 曖昧なオレの返事で不思議がっているレベッカにまたまた知り合いの話と濁し、雪希との物語を簡単に語った。

 そうこう言っている間に車はパーキングに着いた。

「もう休憩?さっき高速に入ったところなのに」

「すまない。少し喉が渇いたから何か買ってくるよ。キミは何か飲む?」

「ううん。いらない。それより友二。その後、雪希はカレに無事逢えたのかな?」

「うん。きっと逢えたよ」

 そう言ってオレはドアを閉め、自販機に向かって歩いた。

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