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レベッカ  作者: 橘晴紀
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母と娘

 オレたちは最後の仕上げに取りかかるべく雪希の自宅に向かった。おそらく雲畑は沢良木を追って東京に向かい、ヤツと落ち合って事の顛末を話して明日、間違いなくこっちに戻ってくる。雲畑はさっき雪希から聞いた話を半信半疑でしか受け止めていないだろう。

 昼に雪希のカレを見送って、順調よく自分たちの計画が

進んでいるところに水を差されたわけだからそう思っているに違いない。そのためにも明日必ず、こっちに来て全て確認するはずだ。それは雪希の父親を始め、関係者全員に及び、ヤツらの力を持ってすれば婚姻届けの有無を調べるなど容易い。そうなれば、すぐに嘘はバレる。

 オレたちに幸いしたのは雲畑が焦りのあまり、雪希のカレの連絡を待てなかった事と、この時代ゆえの、利便性の未発達さである。自宅近くになって突然雪希は車を停めた。

「ユウジさん、大丈夫かな?私、なんだか怖い」

「大丈夫だよ。もう嘘をつく必要はないし、芝居もいらない。あとは素直な雪希ちゃんの気持ちをありのままに話せばいいだけだよ」

 屋敷に入ると雪希はお手伝いさんに用件を伝え、応接間に入った。しばらくして、母親が入ってきた。

 もちろん雪希から離れて席に着いた。

「おかえり、雪希。晩御飯はいらないの?慌てて出かけて、どうしたの?」

 物腰の柔らかい、雪希に似て色白の美しい女性だ。

「今日はあまり食欲がないのでいただいていません。今晩出かけたのには訳がありまして…」

「そう言えば陵さんをだいぶお待たせして、話もせずにお出になったのね?お急ぎだったのかしら?」

「・・・」

 雪希はどう話そうか迷っているのだろう。しばらく目を閉じていたが、ゆっくり目を開けて床に正座して言った。

「お母様ごめんなさい。今から私は親不孝な娘になります」

 雪希は額を床に付けて言った。

「どうしたの?雪希ちゃん」

 母親は雪希の腕を掴んでイスに座らせた。

「お母様。私、陵さんとは結婚したくない」

 雪希の母親はしばらく考えて聞いた。

「他にいるのね?いつも話してくれる、同僚の方?」

「えっ!お母様、知っているの?」

「知らないけど、あなたの話を聞いていれば分かるわ。その方はあなたのことをどう想ってらっしゃるの?」

「愛してくれています」

 母親は雪希の素直な答えに一瞬驚きを見せたが、すぐに笑顔になって言った。

「その方と添い遂げたいの?」

「はい。私にはカレしかいないです」

 しばらく母親は考えていたが話しだした。

「わたくしがこの上西家へ嫁いで来る時、今のあなたのように将来を約束した方がいましたの。残念ながらわたくしの願いが叶うことはなかった。だから、雪希。あなたにはわたくしの二の舞だけは踏んで欲しくないの」

「お母様。お父様と一緒になって幸せ?」

 雪希はそう言ったあと、母親の隣に座った。本心が知りたいのだろう。ところで母親は雪希の能力を知っているのだろうか。数年前に能力が開化したとはいえ、微妙な距離を置く雪希に疑いはもたないのだろうか。

 それとも昔からお互いがそう接してきたから、ごく自然なのか。

「結婚前、わたくしのお母様、つまりあなたのおばあ様に言われたことがあったの。母の時代までは家が決めた相手の所に嫁ぐと決まっていた。実際、母も自分の父が決めた相手と結婚した。だけど、これからの時代は自分で結婚相手を見つけ、その人と幸せになれと言われた。だからわたくしは自分で決めたの」

「では、先程のお話は?将来を約束した人とはどうなったの?」

「その方は亡くなったの。学生時代に…。そのあと、お父様と知り合ったのだけど、わたくしはもう誰とも結婚する気はなかった。あなたも知っている通り、お父様はああいった人でしょ?かなり強引に押されたわ。でも今になって考えたら、よかったと思う。感謝しているわ。お父様に…」

 外の気温とは裏腹に室内の温度は暖房と、雪希の母親の話で温かく包まれている。とっくに三分は過ぎているが、雪希の様子は変わらない。体の異常を訴えることもなければ、イヤな顔一つしない。

 雪希には母親の心が読めているのだろうか。自分の左耳を触ってはいないが、始終母親と手を繋いで話をしている。

 母親は今話していた通りに思っていることも同じなのだろう。少なくとも雪希の穏やかな表情からして、ネガティブに考える必要はなさそうだ。

「お母様。私は上西家の、お母様の娘です。私の考えていることは親不孝なことなのかもしれない。家を守ってきたお父様とお母様に背く行為かもしれない…」

 雪希は途中から涙で話すことができなくなった。

 母親は雪希の体を摩りながら言った。

「雪希。わたくしは母からこう言われたの。結婚して子供が生まれ、その子が男の子なら何も言わなくていい。女の子ならその子が迷った時に『自分の思った通りにすればいい、決して後悔のないように』と言ってあげなさいと教えられた。それが母親の務めだと」

 雪希は涙を拭いて唇を噛みしめ頷いた。

「お母様。お父様はどうされるでしょう」

「大丈夫でしょう。お父様は強い人だから、何とかするでしょう」

 そう言って雪希の母親は上品に笑った。それに雪希もつられて笑みがこぼれている。オレは降りしきる雪を眺めながら母と娘の絆というものを思い知らされた。父と息子に果たしてこのような関係が築けるのだろうか。

 オレには無理な気がする。自分ができない分、せめて我が娘にはそうなって欲しいと願うが、それも今となっては叶わない。温かい部屋から雪の中に出て、かじかんだ手に白い吐息をかけることで、自分にある種の罰を与えても、ただ空しいだけである。

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