形勢逆転
オレたちは段取りを打ち合わせながら、沢良木の事務所に向かった。沢良木洋介はここ新潟県選出の代議士で建設大臣も務めた大物で、その息子、陵は父親の秘書をしながら次の選挙に出馬予定だという。その足掛りに雪希と結婚して、彼女の家の資金と県会議員である彼女の父のネットワークを利用しようとしているらしい。
また、雪希の父は旧友でもあり、政界の実力者の沢良木と親戚になることでその力を利用する。双方にとってこれ以上ないという良い縁談で、本人たちの意志とは関係なく親同士の思惑で決まったという。
いつの時代も金持ちの考えることは同じだ。
その犠牲者が雪希であり、カレである。
段取りが決まった頃、沢良木事務所に到着した。週末に沢良木洋介が戻って来る時と選挙戦以外はスタッフしかいないらしい。夜遅いが電気は付いており、まだ人がいるようだ。沢良木と雲畑の話では雪希のカレからこの事務所に電話があると言っていた。雪希は深呼吸して事務所の扉を開けた。
中に入ると事務員の女性がいて、奥の部屋に案内された。
「こんばんは。雲畑さん、お久しぶりです」
「雪希さん、こんばんは。どうされましたか?こちらに来られるとは珍しいですね」
「陵さんはいらっしゃいますか?」
「先ほど東京に戻りました」
「そうなのですか?」
そう言って雪希は困った顔をした。
もちろんオレの指示通りだ。
「お急ぎですか?」
雲畑はそう言いながら机の上にある電話を何度も見ている。急いでいるのは自分であろう。
と言うことは、まだ雪希のカレから連絡はないようだ。
オレは雪希にOKサインをして芝居を続けるよう言った。
「はい。先程、折角陵さんにお出でいただいたのですがわたくし、用事で出かけまして、話せず仕舞いになりましたので」
「そうなのですか?今ちょうど、車中だと思いますので、お急ぎでしたら自動車電話に掛けてみましょうか?」
雲畑は腕時計と壁掛け時計、それに電話を順番に見て落ち着かない様子である。
「では、そうしていただきましょうか」
どちらでもいいと言った感じで雪希は言った。
それはこちらの作戦を悟られないため。
「じつは雲畑さん。わたくしたち、今日、入籍したのです」
「はぁ?」
雲畑は目を丸くして固まった。
「えっ!雪希さん、入籍と申されても私は陵さんから何も聞いてないですけど」
「ええ。相手は陵さんじゃありませんから当然です。お世話になった陵さんへ先にお伝えしようと、こちらに寄せていただきました」
おそらく雲畑は雪希の返事まで、陵と雪希の入籍を自分には言って貰えなかった事と勘違いしていて、その後の言葉で驚きが倍増したに違いない。人が思いもしないことに遭遇した時は実に不可思議な行動を取るものだ。
雲畑は背広の内ポケットからペンを取り出して、それに火をつけようとした。
「ゆ、雪希さん、本当ですか?」
「はい。こんなこと冗談では言えません」
雪希はオレを見て笑った。
「相手は、まさか、あのカレですか?」
「はい。そうです」
「いや~、それはない!」
「どうしてですか?」
雪希は畳み掛けた。雲畑はしどろもどろになりながら、目を泳がせている。
「少しお待ちいただけますか?」
そう言って雲畑は慌てながら黒電話の受話器を取り、ダイヤルを回した。
「おかしいな。電源が入っていないのか?それとも山道で圏外なのか?」
雲畑は何度も掛け直し、首を捻りながら焦りを増した。
この頃の携帯電話は今と違って普及率が低くて繋がり難かった。まして雲畑が掛けている自動車電話は移動しているので、特に電波が拾い難い状態である。
それよりも、沢良木の電話が繋がらない理由は、さっきオレが怒りの代償にいただいたアンテナなき電話だからである。
「雪希さん、申し訳ないです。急用を思い出したので続きは明日にでも…」
雲畑はそう言うや否や慌てて事務所を飛び出した。
あまりにも焦って、出る際机に足を何度もぶつけていた。
「やったね。ユウジさん」
「喜ぶのはまだ早いよ。第一段階終了といったところだ。でも雪希ちゃん、中々の演技だったよ。ヤツは完全に騙されていたね」
雪希はピースサインをして、ソファーに腰掛けた。慣れない人を騙すといった行為に、疲労を感じるのは仕方ない。
しばらくして事務所の電話が鳴り、雪希は素早く受話器を取った。事務員が来たので怪しまれないように、雲畑に頼まれていたといって追い払った。電話の主は雪希が待ち焦がれていたカレであった。
夕方から浮かない表情の雪希であったが、カレからの電話で笑顔が戻った。あらかじめカレからの電話に備えても打ち合わせしてあったので、雪希は手短に今後の対策をカレに話して電話を切った。
「よかったね。雪希ちゃん」
「うん」
少し涙目の雪希はもちろん悲しくてそうなっているのではなく、カレの無事と未来への希望の喜びでそうなっているのは確かだ。




