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レベッカ  作者: 橘晴紀
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不思議な旅のはじまり

(一)

 深夜に家を出発して眠い目を擦りながらハンドルを握るオレは、流れゆく景色が自分の中に入ってくるような錯覚に陥るほど疲れきっていた。

 だからと言って集中していないわけではない。東名高速を制限速度いっぱいで走行しているからだ。それに、今通過しているあたりはオレが一番好きな所で、左手に太平洋の海原が望め、バックミラーに映る富士山が安全を祈ってくれているような気がするからだ。

 この一年、会社で長年担当してきた部署を変わり、百八十度違った仕事を覚えるのに毎日必死でやってきた。それ以上に家庭環境が大きく変わった。

 人前では決して弱音は吐かないし、愚痴るのはもってのほかだ。だが、会社の連中は皆、強がっているオレを知っている。それもそうだろう。

 頭の良くなかったオレが大学を卒業して、バブルが弾けたとはいえ、大手ゼネコンに就職し、花形の海外事業部に所属して、それなりの成果を上げて、常務の一人娘と結婚し半ば将来を約束されたかたちになった。

 二十代にして都内では割と地価の高いところにマイホームを建て、かわいい娘も授かった。農家の次男坊が大出世だと、親兄弟親戚や大学時代の友人からも冷やかされ、そう言われたオレも満更ではなかった。

 順風満帆で周りからも羨ましがられ、誰が見ても絵に描いたような幸せな生活も、たった一言で音を立てて崩れた。

「離婚してほしいの」

 一年前のある日、いきなり妻がそう言った。ずっと前から悩んで、様子がおかしかったり、変に余所余所しかったり、何らかの前兆があれば、その言葉を聞いてもあるいは驚かなかったかもしれない。

 妻はいつも通りに娘を寝かしつけ、食後の紅茶を飲み、テレビに映し出されている映画を見ながら言葉を投げてきた。

 初めオレは妻が劇中のセリフを復唱しているのかと思い、何も言わず焼酎を飲んでいた。

「スウェーデンでピアノを弾くの」

 その言葉がテレビを真剣に見ていないオレでさえ、彼女が映画の中に入っていないと分かった。その映画はSFで出演者は地球以外の惑星にいるからだ。

 その後オレは初めての離婚話というものを経験した。

 もちろん妻もそうである。初めはピアノの演奏会をするため、スウェーデンに行くということかと思ったが、向こうに移住して音楽活動をするということであ

った。結婚後、専業主婦しかしていなかった妻がいつの間にミュージシャンになったのかと、笑うオレに彼女は言い放った。

「やっぱり頭に入ってなかったのね?あなた。私の話をちゃんと

聞くほど家にいなかったから、しょうがないか…」

妻は諦めと同時にホッとした表情で笑みを浮かべた。

 確かに彼女の言う通り、海外出張や残業で家にいる時間が少なかったのは認め

るが、少ない休日には妻や娘と過ごし、彼女もいつも言っていたように幸せな家族だと思っていたので、突然のように思える離婚話は正直驚いたのと同時にあまりにもショックが大きくダメージもかなりある。

 そう言えば何度か妻に相談されたことがある。

子育ての傍ら、たまにバイトでピアノの仕事をしていたのは知っていたが、その頃オレは大きなプロジェクトで日本とマレーシアを行き来していたので、

妻の話をちゃんと聞けていなかった。

 いや、真剣に妻や娘と向き合っていなかった。それが原因だ。

 今更悔いても遅い。妻の決意は固まっていて、突然のように思ったがかなり前から考えていたらしい。彼女の言い分を聞いて思ったことは、結局わがままなお嬢様だということ。人から成功者と言われていたオレは、将来は約束されているものではなく、一夜にして先が見えなくなるという事を思い知らされた。

 その日から何度も話し合い協議の結果、まだ幼い娘の親権と養育

は当然オレということで異論はなかった。彼女に未練はあったようだが、自分の夢の方を優先しているようで、その状況では双方が納得できた。

そんな事を今更言うなとオレは怒鳴ったが、根っからのお嬢様気質の彼女には通じていないようなので、それ以上怒るのがバカらしくなった。

 もちろん、それだけの理由ではないだろうと思ったが、まだ彼女

への思いが邪魔をして追及という選択肢はなかった。

 義父の常務はわが娘への可愛さとオレへのすまないという気持ちから、海外赴任栄転というポストを用意してくれたが断った。

 それがその時点ではまだ知らないオレの甘さだった。

今まで妻がしていた家事や娘の面倒を見ることは当然オレ独りでやらなければならない。今までのように海外事業部で仕事ができるわけはなく、定時に終われる部署に異動した。

離婚後、娘と二人暮らしになったオレの一日はほぼ同じスケジュールで動いていた。私立の幼稚園に通っていた娘を通勤途中にある保育園に変え、朝七時半に家を出て送り届けたあと出社して、夕方六時には退社。

娘を迎えに行ったあと、ふたりでスーパーに寄り家に帰ると、夜ごはんを作って食べ、風呂に入って寝る。もちろん、その間にも家事をして毎日を過ごしている。

 正直最初の三カ月は頭と体が別の生き物のように動いていた。

ようやく慣れ始めた頃、娘が病気になりオレも会社を休まざるを得なかった。

 思えばオレひとり忙しいからと言い訳をしていたのかも知れない。

幼い娘はオレ以上に頑張っていたのだろう。それはそうだろう。

まだ四歳の子供にとって母親という存在がどれほど大きいか。

 大人の事情でツライ思いをさせられているが、娘もそれを理解しているのだろう。その証拠にふたりの生活が何とかカタチになったのと同時に倒れたからだ。 なんと賢い娘なのかと親バカなオレは、この時に誓った。

 こんな可愛い娘にこれ以上ツライ思いをさせるのはゴメンだ。

 これからは何があっても、この子を守り抜くと・・・。

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