ゴブリン
かつて…。いったいどれほど前だったか。俺は魔王を倒した勇者だった。それは辛くそして困難な旅だったけど、多くの人たちが俺に期待し、支えてもらった。だからこそ俺は、魔王を打ち倒せたんだと思う。
結局のところ、大事なものは人の絆ってやつさ。いい話だろ?
なぜ魔王討伐なんてしたのかだって?理由は単純だ。住んでいたい村が魔物に焼き払われてね。目の前で大切な人たちの命が奪われていく不条理に怒りを覚えたからだ。もっとも、最初のころは魔物憎しで戦っていたから、魔王のことなんてどうでもよかったんだけどな。
まあとにかく、俺は復讐を誓い。憎悪のままに魔物を殺し続けた。朝起きれば、魔物を殺し。寝る前に魔物を殺す。あのころはそれだけが俺のすべてだった。最もいくら魔物を殺したところで俺の気持ちは一向に晴れなかったんだけどな。
そんな魔物にとってはいい迷惑だった生活を続けていたら、いつの間にか俺のそばには人が集まるようになっていた。俺と同じような境遇で魔物を憎む復讐者。魔物がいない平和な世界を作ろうと崇高な使命に身を委ねる戦士。特にこれといった思想はない金目当ての賞金稼ぎ。
どいつもこいつも一癖ある連中で、俺も最初は煙たがったものだが…ほら、よくあるだろ?腐れ縁?いやなんか違うか。長い間連れ添うと情がわくというか…。いつのまにか俺はそいつらといるのが当たり前になって、心にあった黒い重い感情が薄れていくのを感じたんだ。
そんな感じで心境が変わっていくわけだが、それにつれて俺の目的も変わっていったんだ。もう同じ思いをしたくなくはない。二度と大切なものを失う苦しさを味わいたくはないってさ。
その思いは日増しに強くなっていってな。俺はついに決意したんだ。魔物が発生する根本的な原因の解決。魔王の討伐に踏み切ったって訳さ。
そんな俺の思いつきに、仲間たちはみんな黙ってついてきてくれた。いや違うな…エドの奴は確か思いっきり笑ってたな。思い出したらなんかむかついてきた。あの金の亡者の業突く張り目。
話がそれたな…。心を通じたあった仲間たち…一名は除くが…そいつらと力を合わせた戦いに挑んだんだ。
魔王との戦いは…苦難の連続だったよ。仲間を何人もやられた。魔王までたどり着く前に多くの仲間が無念の内にくたばっていた。後は頼むと言い残してな。…残された方は堪らなかったよ。いっそ俺が託す立場になりたいと思うほどにな。
でも、それはできなかった。俺に託したやつらはそんな結末を望んでいないことが分かっていたからな。分かっていたんだ。アイツらは俺だからこそ後を託したんだと。
…なんか湿っぽい話になっちまったな。悪い。俺の事情なんて長々と話されても、つまらないよな。話を戻そう。
多くの仲間の犠牲を払いながら、俺は魔王にたどり着き。とどめを刺した。めでたしめでたし。
…ああ、言いたいことは分かる。魔王との戦いの顛末だろ?俺も自分の活躍について語りたいんだが、魔王との戦いについては…そのとくに語ることはないんだ。ちょっと小突いたら、あっけなく死んじまった。俺もこんなものかと呆気にとられたよ。
でも、お前らの世界ではそれが常識なんだろ?王とは高貴な血筋を持つものがなるもので、生まれさえよければ、能力は関係ないとかなんとか、
ごくつぶしを王に据えるなんて、俺からしてみれば狂気の沙汰なんだがな。生まれも育ちも関係ない。力こそすべて。それが俺たちの常識だからな。
…まあ、この考えも極端すぎてどうかとは思うがな。
…なんでこんな話をしてかって?…お前らを見ていたら思い出したんだよ。かつての俺たちの姿を…。奪われることの苦痛をさ。だから、まあ恨んでくれてかまわないよ。
おい、エド仕事だ。また勇者を名乗る魔物を返り討ちにした。…最近、この手の輩が多くて困る。見せしめだ。楽には殺すな。死骸は奴らの街に晒してやれ。
「はいはい、お仕事ですね。畏まりましたよ。勇者様。」