自称侍
ゼツエイは侍である。
ただし、自称侍である。
Beyond the horizonはトップギルドとして名を馳せており、所属するプレイヤーは皆それに見合うだけのプレイヤースキルを有している。
ゼツエイの腕前もそれに恥じぬものであり、このギルドの中においても火力の面においてはマジシャンのソウジと双璧をなしている。
得物は日本刀、カグツチ渾身の一振りである。しかし、自称侍であり、実際の職業は『ファイター』である。
彼自身、名実ともに侍になりたいとは思っているのだが、生憎、クラスチェンジ方法が見つからない。目下のところ、お手上げ状態である。
これは決してゼツエイだけの問題ではなく、他のギルドメンバーも同様であり、そしてBattle Odyssey Onlineのプレイヤーほぼ全てに共通する問題だ。
『ファイター』は『シーフ』などと並び、近接攻撃職の基本ジョブとなっている。ファイターは近接武器を使った純アタッカーの基本として設計されており、剣、刀、斧、槍などを使用することができる。
当然、刀が使えることから、侍に派生するであろうことは想像に難くない。しかし、未だ侍にジョブチェンジした者は只の一人として現れていない。
ギルドのリビングルームには、裁縫師のクローディアが、ひつじ系モンスターの羊毛を利用して制作した、大きなムートンラグが敷いてある。
このムートンラグの肌触りを愛する自称侍は、誰にも渡さないとでも言いたげに大の字で寝そべっている。
「なぁイオリ、お前はExtremeFighterにどうやってなったんだ?」
お気に入りのムートンラグに弛緩した体を張りつけ、隣のソファでくつろいでいるイオリに問いかける。
先週行われたHM戦の討伐後、イオリはファイターの上位ジョブであるExtremeFighterとなっている。
ゼツエイにすれば、そこに何かヒントがあるのではないかと藁にもすがる思いがあるのだろう。
「俺にもさっぱりです。特に意識して何かしたわけでもないし」
イオリにしてみれば、この質問は他のメンバーからも度々受けており、今回もおなじ回答をするのみだった。
実際、イオリ自身も何がトリガーとなって上位ジョブが開放されたのか分かっていない。
全ては結果論であり、そこに至った経緯が定かではないのだ。
ただ言えることは、イオリ自身、元々『ExtremeFighterになりたかった』のだ。
たまたまExtremeFighterになったのではない、これだけが分かっていることの全てである。
イオリからヒントになる回答を得られず、ますますラグと一体化するゼツエイであるが、そこに意外な救世主が現れた。
「おやおや、ゼツエイさんは今日もバブルスライム並みに溶けてますね」
リビングへの敷居を跨ぎ、ソファに腰かける所作もどこか品のあるこの男は、頭脳明晰かつ容姿端麗。そしてBattle Odyssey Online随一の錬金師、クリストフその人である。
生産職でありながら、HM戦では戦術提案も行い、参謀としての実績も上げている。
「オレとこのラグは一心同体だからな」
ラグと一心同体をアピールするその酷い様子は、とてもリアルでは二児の父親とは思えない姿である。
「それよりクリストフ、今日はもう生産は終わったのか?」
「えぇ、薬品類の準備は終えましたよ。あとは実戦までカグツチさんやフーゴくんへの支援が中心ですね」
ところで、と、本題を切り出すクリストフは、その細くしなやかな左手の中指で眼鏡をクイと掛け直す。
「先程、お二人が話されていた上位ジョブ開放のことですが、詳しくお聞かせ願えませんか?」