Beyond the horizon
2081年現在、VRMMO業界は隆盛を極めている。その中において、最大のプレイヤー人口を誇るのが『Battle Odyssey Online』だ。
世界観は日本人が好む王道ファンタジーであり、ゲーム内の装いは中世ヨーロッパ風に統一されている。城の造りをみても、ドイツのノイシュバンシュタイン城のような趣きがある。
もっとも、よく知られたこの城も、19世紀にバイエルン王ルートヴィヒ2世が、中世への憧れから建築したものであるが。
ギルド『Beyond the horizon』、イオリが所属するギルドも、また、そのような欧州風の街並みの中に拠点となる居住スペースを構えていた。
その『Beyond the horizon』居住スペースには、既に多くのプレイヤーが集まっている。この後、23時から始まる作戦会議のためだ。
彼らは、居住スペース内で最も大きな部屋を作戦会議室として使用している。部屋の正面にはホワイトボードのようなものが置かれていて、そこには、『発見!新種HM討伐大作戦!』と丸みを帯びた字で書かれている。
壁には大きなアンティーク調の木製時計がかけられ、そこには2つの時間を示すように2つの時針分針が動いている。一方は22:56を示し、もう一方は、14:34を示している。恐らく、現実の時間とゲーム内時間を示しているのだろう。
会議室内には円卓上に配置されたテーブルと椅子が置かれ、そこには現在20人が腰を下ろしている。空席は1つ。
銘々が思い思いに談笑しているが、主な会話は、新しく見つけたHMについてのようだ。
「ソウジ、新しいHMは偵察に行ったサツキが、ファイアブレストのスクロールを当てたがレジストしたそうだ、魔法が通らないとお前にとってはきつい相手になるな」
この部屋に集まったメンバーの中でも、一際大きな背丈をもった男が話しかける。
「アーガスさん、スクロールは術者のINTによって成功率が変わります。シーフのサツキがレジストされたことだけでは、まだ完全耐性持ちときまった訳ではないですよ」
ソウジの職業はマジシャン、魔法の通る相手には無類の攻撃力を発揮するのであるが、魔法耐性を持つ相手には苦戦を強いられるという、マジシャンならではの弱点も抱えている。
しかし、数々のHMとの激戦を経験してきた彼には、魔法が通じない相手に対しては、そういった相手なりへの対処法も見つけ出している。そのような経験から、彼は実戦前の予断は戒めるようにしている。
「そうだな、実際のところはやってみんと分からんな、しかし楽しみだぜ、久しぶりの新HMだからな」
そう言って、アーガスは、嬉しそうに机の下に置いている方形の盾に手をかけていた。
その盾は重厚かつ堅牢、この盾を持つ一点をして、彼がこのギルドの盾役、またはタンクと呼ばれる職業についていることは明白である。
皆が談笑しているところに、眠そうに欠伸をしながら階段を下りてくる者がいる。
「わり、風呂入ってたら寝落ちしてた。ギリセーフかな」
悪いと言いながら、全く悪びれた様子もなく、この男はいつもの定位置に腰を下ろす。
「いおりっちギリギリセーフー、あと3分で『連絡なし無断欠席罰ゲーム』だったのに、惜しかったねー」
「なんでお前はそんな残念そうな顔してるんだよ」
イオリが着席したことで、ギルドメンバー全員が揃ったようである。
全員が集まったことを確認して、一人の女性がホワイトボードの横に立った。
艶やかな黒髪をアップにまとめ黒縁のメガネをかけた、その凛とした佇まいは見惚れてしまうに十分な雰囲気を醸し出している。
この女性のプレイヤー名はナツメ。この、『Beyond the horizon』のギルドマスターにして、Battle Odyssey Onlineの中でも屈指のエンチャンターとして名を馳せている。
「全員集まったようだな、早速だが、皆知っての通り、先日行った探索で新HMを発見した。今日はその討伐に関しての会議だ。いつものように、討伐日時、PT構成、戦術、必要アイテムの準備について話を進める」
「それではマリア、進めてくれ」
「分かりました」
そう答えると、マリアと呼ばれた女性はナツメの隣の椅子から立ち上がり、議事を進めていく。
「それでは皆さん、まずは討伐日程を決めましょう、各自、お仕事や勉学があると思いますので」
夜が更けていく中、『Beyond the horizon』の会議室の中では、HM討伐の為の会議が進んでいく。
戦術に関して激しい応酬もある中、一貫しているのは、メンバー全員が期待に沸き立っているということである。