表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

二月三日


               二月三日


 二月三日。今日は、節分だ。

 本来、節分とは、季節を分ける日の前日を指す。そのため、立夏や立秋、立冬にも当然それはある。

 だが、現在では、節分だと意識するのは、立春の前日だけになっているような気がする。

 節分といえば豆まきだ。私の住んでいる地方では大豆だが、北海道出身の知人に聞いた話によれば、落花生をまく地域もあるのだそうだ。

 まぁ、大豆にせよ落花生にせよ、邪気を払う豆であることに差異はない。

 ……しかし。

 「今、一番払いたいあいつには、たとえ豆をまいたとしても何の効果もないだろう」コンビニに向かう道の途中で、忌ま忌ましくも日々大きくなっていく月を見上げながら、私はそんなことを考えていた。


 コンビニに着くと、既に未来はそこにいた。昨日と同じ車止めに腰をかけ、昨日と同じ姿勢で下を向いている。どうやら、猫が入った段ボールの箱は、ひとりで外に出したようだ。小さな体なのに、意外と力がある子だと驚いた。

 駐車場へと近づく私に、未来が気づいた。こちらへと小さく何度も手を振っている。それから彼女は、その手で「おいで、おいで」と手招きをした。

 「猫に何かあったのか?」小走りで駆け寄ろうとした私だったが、すんでのところでそれを思い止まった。手招きしているのと逆の手の人差し指が、口元に当てられているのを見つけたからだ。

 あれは、「静かに」のジェスチャーだ。

 つまり、彼女は、「静かに、おいで」と言っているのである。

 靴音にさえも気を配りながら、私は、そっと未来の傍らへと歩み寄った。

 「どうしたんだ?」そう目で尋ねる私に、彼女は、黙って段ボール箱の中を指差した。

 箱の中には昨日の猫がいた。

 何だろうか、急に痩せてしまったように見える。

 よくよく覗き込み、私は、その原因を発見した。

 生まれていたのだ。

 生まれた子猫の数は、全部で三匹。黒色と白色と、白黒まだら模様の猫だった。母猫にぴったりと寄り添い、小さく動いている。まだ生まれたばかりだからか、目は閉じたままだった。

 囁くような小さな声で、未来が聞いてきた。

「可愛いでしょう?」

 確かに、子猫は可愛かった。

 しかし、私は、直ぐにそう返事をすることができなかった。「生まれたばかりのこの命も、明後日には消えてしまうのだ」と、子猫の誕生を憐れみで感じ取っている自分がいることに、気づいてしまったからである。

 『ムーン・インパクト』を知らない少女と関わりを持てば、私もそれを忘れられるのではないか。そんなことを考えていたが、甘かった。間近に迫っている死を忘れることなど、到底できなかったのである。

 自己嫌悪に陥ってしまうほど無感情に、私は答えた。

「あぁ。可愛いな」

 私の反応が小さくてつまらなかったのか、未来は直ぐに箱へと視線を戻した。

 だが、その顔には、絶えることなく笑みが浮かんでいる。子猫の誕生を心底喜んでいる様子だ。

 「月が落ちてくることを知らなければ、私も同じ顔ができただろうに……」そんなことを思いながら、私は未来を見つめた。

 その時、

「あ、そうだ」

 急に何かを思い出したように、未来が呟いた。

「どうした?」

「名前よ。子猫たちの名前を決めなきゃ。おじさんも考えてくれる?」

 折角の申し出だが、これは辞退せねばなるまい。「明後日には子猫たちも死んでしまう」などと思っている私に、その資格はないからだ。

 そこで、私は言った。

「あぁ、考えてみよう。だが、名前は未来が決めたほうが、猫たちは嬉しいんじゃないのか? だって、未来は、親猫の命を救った恩人なんだから」

 すると、彼女は即座に返した。

「それなら、おじさんも同じじゃない」

 私は口籠もってしまった。昨日から感じていたのだが、幼い見た目と違って本当に賢い子だ。

 上手く返答できずにいる私に、未来は続けた。

「あ、でもね、これにしようかなって考えてる名前が、本当はあるの」

 何だ、候補はあるのか。

 安堵し、私は尋ねた。

「そうか。それで、どんな名前だ?」

「えーと、ね……」

 未来は、三匹の子猫の名を紹介した。

 黒い子猫はミーで、白い子猫がクーなのだそうだ。それぞれ、自分の名前から一文字ずつ取って付けたらしい。

 「おや?」私は疑問に思った。未来の名前は二文字なのに、子猫は三匹いる。これでは、三匹目の名前が付けられなくなってしまうではないか、と。

 私は、白黒まだら模様の子猫を指差して聞いた。

「じゃあ、この猫は何て名前なんだ?」

「あ、この子? この子はねぇ、おじさんよ」

「お、おじさん?」

「そう。おじさん。だって、この子だけ男の子だから。それに、ほら、よーく見て。この子の顔、どことなくおじさんに似てるでしょう?」

 未来にそう言われ、私は、その子猫の顔をしげしげと見つめた。

 別に私に似ているとは思わなかったが、おじさんと名付けられた子猫は、それを意に介す様子もなく、母猫の傍らで静かに眠っていた。

 まぁ、本人が、……いや、本猫が気にしていないようなので、これでいいのだろう。

 かくして、三匹の子猫の名前は、ミーとクー、それと、おじさんに決まった。

 

「おめでとう。今日が、あなたたちのお誕生日ね」

 子猫を起こさぬよう小さく拍手をして、未来がそれを祝福する。

 しかし、二日後が命日になることまでを知っている私の胸中にあるのは、(れん)(びん)の情。やはり、子猫たちの誕生を不憫に思いこそすれ、めでたいと感じることはできなかった。

 そんな私に、無邪気な瞳を向けて未来が尋ねた。

「ねぇ、おじさんのお誕生日は、いつなの?」

 この質問には本当は答えたくないのだが、聞かれてしまっては仕方がない。

 私は、正直に告げた。

「明後日。二月五日だ」

 あまりにも日が近かったからか、それを聞いた未来の表情が、一瞬、驚きに変わった。

「へぇ、もう直ぐじゃない。おめでとう。おじさん」

「あぁ。ありがとう」

「ねぇ、聞いてもいい? ケーキは、食べるの?」

 甘い物は苦手で、もうずっと前から誕生日にケーキを食べる習慣などなくしている。

 私は、答えた。

「いや、食べないな」

「そうなの」

 残念そうに未来は俯いた。

「何だ、ケーキが食べたかったのか?」

「え? う、うん。でも、街のケーキ屋さんはどこも閉まってて……。もし、おじさんがケーキを食べるのなら、売ってる場所を教えて貰おうって思ったんだけど……」

 友だちである未来のために、「ケーキぐらいどうにかしてあげたい」と思うのだが、どうにもできない。今、食べ物を売っている場所があるのなら、こちらが聞きたいくらいなのだ。

「残念だが、知らないな」

 私は、そう返答するしかなかった。

「やっぱり。ママもね、あちこち探してくれたんだけど、見つからなかったの」

 未来がその顔を暗くする。

 それは、昨日、私が、猫の餌を持っていないと告げた時と同じものだった。

 私の中で、再び、「どうにかして未来の願いを叶えたい」という想いが湧き上がってきた。

 ただし、それは、『ムーン・インパクト』を忘れるためでは決してなく、純粋に「未来を笑顔にさせたい」という気持ちからだった。

 彼女のために、何かできることはないだろうか。

 取り敢えず私は、会話の中でそれを探っていくことにした。

「なぁ、未来」

「ん?」

「作れないのか? ケーキ」

「うん。ママもね、売ってないのなら作ろうって、材料を集めてくれたんだけど、どうしても足りないの」

「何が足りないんだ?」

「卵と牛乳よ。この二つは賞味期限が短いから、もうどこにもないんだって」

 卵と牛乳。それならば、……ある。

 一昨日、飯尾君が持ってきてくれた物が家の冷蔵庫に保管されている。

 奇跡だとしか言いようのないその偶然に、高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、私は尋ねた。

「足りないのは、卵と牛乳だけか?」

「えぇ。そうよ」

 よし! 私は、心の中でこぶしを握り締めた。

「未来、ケーキ、食べられるかも知れないぞ」

「え? 本当?」

 未来の瞳が、期待の色に輝いた。

「あぁ。私の家にあるんだ、卵と牛乳。それをあげよう」

「でも……」

 猫の餌とは異なり、絶対に手に入らないことが分かっているからだろう、未来は、戸惑いの表情を私に見せた。

「遠慮するな。未来に貰って欲しいんだ。だって、私たちは、友だちだろう?」

「……友だち。そうか、私とおじさんは、お友だちなのよね!」

 ケーキの材料を貰えることよりも、友だちがいると確認できたことのほうが、未来にとっては嬉しかったようだ。

「そうだ。だから、貰ってくれるよな」

「うん、ありがとう!」

 その瞳に涙を滲ませ、未来は笑った。


 昨日より随分早い時間だったが、「今日はもう帰らなきゃ」と彼女が言うので、卵と牛乳は明日渡すことになった。

 忘れぬよう、気をつけなければ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ