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セイクリッド・クロニクル4  作者: スタジオぽこたん
第一章 王女の憂鬱
2/16

 前回までのあらすじ


オディールの件がひと段落したその日、レキとマリアはいつものように学園い向かう。

 通学路の途中で待っていたのは、六代凶殺の少女達。

 リリス、ゼノビア、オディール、サーシャと、六代凶殺の少女達は、それぞれレキと強い絆で結ばれている事をマリアは知る。

 少女達に負けないほどレキと強く想うマリアは、嫉妬を露わにレキを後ろから抱き締める。

 だが、そんなレキとマリアを、スコープ越しに狙う一人の猟兵がいた。

 ジャッジメントの名のもとに『審判の矢』が降り注ぐ。



「――――レキ君は、誰にも渡しませんっ!」

 マリアはレキをムギュッと後ろから抱きしめて、六大凶殺の少女達へ向けて叫ぶ。

 突然のマリアの抱擁に、レキは驚き、照れるように頬を赤くする。

 六大凶殺の少女達は、それぞれ負けてなるものかと闘志を燃やす。

 太陽が眩く照らす、青天の朝。

 ミーミル士官学校へ向かう通学路で、恋の火花が壮絶に散った。

 だが、

「ッ!?」

 レキの異変を最初に察したのは、マリアであった。

 照れるようにはにかむレキの表情が、一瞬のうちに〝暗殺者〟の顔に変わったのだ。

 それは、『敵』が現れた証に他ならない。

「――――マリアッ!」

 直後に、レキの鋭い声。

 その言葉に籠められた意味を、存分に理解したマリアは、

「はい! レキ君ッ!」

 レキから手を離すと同時にトンッと後ろに飛んで、召喚した神槍ゲルヒルデを構える。

 

「――――七耀のセプテントリオン天璣門サード――――」

 

 レキは体内にある神意の門『七耀の星』を操る古の闘術――〝神纏〟を発動。

一気に三つ目の星まで解放したその身体から、紅蓮の神意がほとばしり、炎髪が、緋眼が、本物の炎のように燃え盛る。

 周囲の空間が陽炎となって揺らめき、灼熱した神意が轟々と渦を巻く。

 神意が衝撃波となって駆け抜け、同時に、炎を纏ったレキは、左右の双剣を引き抜き――

 直後、青空に白い『閃光』が走った。

 それが、ヴェロニカのが放つ最強の神技『審判の矢』である事を知るレキは、街一つを吹き飛ばす威力を秘めた閃光に、真正面から対峙する。

雷鳴のような発砲音が鼓膜を震わせる中、世界がスローモーションのように見えるほど極限の集中状態のレキは、コンマゼロ秒の世界で、音速を越えて迫りくる『弾丸』と呼ばれる古代兵器の鏃を、真っ二つに斬り裂いてみせた。

 驚くべき技の冴え。神憑り的な絶技であった。

 レキは《剣帝》ジョセフとの死闘を経て、死線の向こう側へと至る事で、その強さを新たな領域へとシフトさせていた。

 だが、

「まだだ! まだ審判の矢は死んでいない!!」

 レキが叫ぶ。

 真っ二つに斬り裂かれた弾丸は、二つの欠片となりて空中でクルクルと回転しながら雷光を帯びて灼熱していく。二つの欠片には、それぞれ尋常ではない神意が内包されたままで、『神技』が解放の時を待っていた。

 マリアが以前、あの墓地で見た『審判の矢』は、これまで連合軍を数多に葬り去って来た『神の鉄槌』は、まだ生きているのだ。

 そして、

「レキ君の背中は、私が守ります!」 

 レキの後ろで、槍を構えていたマリアの身体から眩い雷光が散る。

 既に、神意は収束していた。

 レキは、マリアを頼った。

 共に戦ってくれと、背中を守ってくれと、短い言葉で言ってくれたのだ。

 だから、

「――――光よ風となって舞え(シャイニング・エアレイド)!」

 マリアは愛する人の期待に応えるように、自身が持つ最速の神技にて、二つに割れてなお審判を下そうとする欠片に向け槍を繰り出す。

 神技を神技で相殺するべく、青い風の刃が無数に駆け抜ける。

 マリアが放った風の刃は、一つ目を消滅させ、同時に二つ目の欠片に迫るが――

「残念だったなマリー! こいつは私の獲物だ! 神技・雷撃瀑布ハイエクスプローシブッ!」

 その両目に〝叡智の瞳〟を発動させた《黒騎士》ゼノビアが、雷光を纏った天槍グングニルを突き出す。雷撃の瀑布が狙いたがわず二つ目の欠片を消し飛ばした。

「!」

 マリアはハッとして、周囲を見やる。

 レキの異変に気が付いたのは、マリアだけではなかった。

 ゼノビアもまた、レキが暗殺者の顔になった瞬間に動いていたのだ。

 そして、

「さぁ、どっからでも撃ってきやがれ!!」

 《破壊するもの》の称号を持つサーシャは〝神の戦車〟を発動。全身を煌々と輝かせながら巨大な戦斧を構えてレキに並び立ち。

「私に命じなさい、レキ! あなたの望みを!」

 《堕天した女神》の称号を持つリリスは後方に下がると〝混沌の門〟を開いて、漆黒の大鎌を構えながらレキの命令を待つ。

「聖なる光よ、汝の輝きにて愛するもの守りたまえ!」

 神託により《灰の聖女》の称号を得たオディールが、聖なる言葉を紡いで周囲に堅牢なる結界を張り巡らせた。

 たった一瞬。

 レキが動いたあの一瞬で、彼女達は己の成すべき事を、己の意志でもって動いたのだ。

 各々が持つ最強の力を、レキという一人の少年が振るう刃であるかのように――

「これが〝六大凶殺〟これが、レキ君が作り上げた最強部隊……」

 マリアは陶然と呟いた。

 背筋にゾクゾクとした戦慄が走り抜け、負けられないという闘志が燃え上がる。

 直後、マリアの身体から絶大な神意が解き放たれ、青き光となりて竜巻の如く螺旋を描く。

 神託により《戦乙女》の称号を得たマリアは、〝双翼のフレスベルグ〟と名付けられた『神技』と『聖術』の両方を行使出来るという、特別な力を秘めている。

 同じ称号を持つ母シルヴィアは、回復系を始め、あらゆる聖術を使う万能型であった。

 だが、復讐に憑りつかれたマリアは、一点集中の特化型を選んだ。

 能力の拡大や、身体能力の増強。果ては武器への聖性付与といった、強化系の聖術のみを習得して来た。

 それは、間違った道だったのかもしれない。

 復讐に憑りつかれたまま修羅へと堕ちていたら、今頃、戦場で果てていたかもしれない。

 だが、マリアはレキと出会った。

 レキと触れ合う事で心を救われ、レキと過ごす事で魂を癒され、レキを愛する事でその強さを真の意味で覚醒させた。

 その結果。

「女神の力を宿す神の戦士達よ! 今こそ《戦乙女》の名において聖戦を発動せよ!」

 マリアは槍を天に掲げて、聖術を発動する。

 女神の祝福を与える、最強の強化聖術を――


「――――セイクリッド・クロニクル!!」


 峻烈な輝きがマリアから放たれ、光に包まれたレキを含めた〝六大凶殺〟の全員に、天から極光の柱が降り注ぐ。

 あらゆる能力が何倍も強化され、体内から神意が無限に溢れ出す。

「ろ、ロスト・セイントを発動させたですって!?」

 あらゆる術に精通し、様々な文献を読み解くリリスは驚愕に震えた。

 『セイクリッド・クロニクル』――それは五百年前の終末戦争にて、《白の聖女》が使ったとされる究極の聖術であり、神の戦士達に最高の祝福を与えたと云われている。

 だが、現在では『セイクリッド・クロニクル』は〝失われし聖術ロスト・セイント〟に指定されていた。

 五百年前に実在した伝説の《白の聖女》を最後に、これまで様々な聖女が挑んだすえ、百人の聖女の祈りを以てしても、この聖術は発動できなかったのだ。

 なのに、マリアはたった一人で五百年の伝説を打ち破り、失われし聖術を発動して見せた。

 レキが好き、大好き。という誰にも負けない圧倒的な愛の力が、女神への祈りとなりて天を貫いたのだ。

 《剣帝》との戦いでレキがさらなる強さを得たように、マリアもまたあの時の敗北を糧に自己の領域をさらなる高みへ到達させていた。

「これが伝説の、セイクリッド・クロニクル……」

 オディールはマリアの聖術に籠められた愛の大きさに感激し、瞳を潤ませる。

 と、

「構えろ! 次が来るぞッ!」

 〝叡智の瞳〟を発動して未来を視るゼノビアが、槍を構えて叫んだ。

 直後、閃光が熱線のように青い空を断ち割り、この世のあらゆる存在を貫く審判となって降り注ぐ。

「撃ち落とせ! ヴァナルガンドッ!!」

 神に牙を剥くかのように、レキの周囲のヴァナルガン達が空を駆ける。

 ヴァナルガンドと、審判の矢が空中でぶつかり合い、青空が一瞬真っ白に染まる。

 耳を劈く轟音と、衝撃波が大地を駆け抜け、巨大な群青色の火炎が天を焦がす。

 その威力は凄まじく、爆風だけで周囲の家屋が軒並み吹き飛び、街路樹は根こそぎ薙ぎ払われた。

「くっ、相変わらず出鱈目な威力だ。マリーとオディールの聖術がなければ、私達も今頃ああなっていただろう」

 地面に槍を突きたて、ゼノビアは膝をつく。

 直撃でなくとも、六大凶殺の全員が凄まじいダメージを負っていた。 

 もし、審判の矢が地上に突き刺さっていたら、街も、人も、こんなものでは済まない未曾有の被害が出ていただろう。

「リリス、大聖堂の鐘楼を攻撃しろ! ゼノビアは次に誰が狙われているかを視るんだ!」

 レキは群青色の爆炎が渦巻く空の向こうへ、刃の切っ先を向けた。

 二度の射撃で、レキはヴェロニカの位置を特定したのだ。

「――――わかったわ!」

 大鎌を天に掲げたリリスは、己の周囲に漆黒の雷光を炸裂させる。

 同時に、ゼノビアが〝叡智の瞳〟で未来を見通し――

「ヴェロニカの狙いは私だ! レキッ!!」 

 顔を強張らせて叫んだ。

「やはり最初に目を潰すつもりか。サーシャ、頼んだ!!」

「しゃあっ! まかせな!!」

 サーシャは軽快に答えると、ザッと大地を踏みしめゼノビアの守るように、巨大な戦斧を両手で構えた。

 次の瞬間。

 空に渦巻く群青色の大爆炎の中心に、いきなり大穴が空いた。

 審判の矢が爆炎の渦を貫いたのだ。

 まるで、落雷のように、閃光の後に発砲音が聞こえるほど超音速の弾丸に、サーシャは斜め下から戦斧を振り上げる。

 凄まじい着弾の衝撃が斧を伝って、サーシャが踏みしめた石畳を粉砕。

 華奢ながらも、六大凶殺一の怪力を誇る少女が押し負けるように後ろに下がる。

 が、

「サーシャ様を、舐めんじゃねええええええええええええええッ!」

 勇ましい咆哮。

 雷光が幾重にも炸裂し、サーシャは《破壊するもの》の称号の力たる〝神の戦車〟を最大に開放。身体から眩い黄金の光を解き放つ。

 サーシャは驚くべき力と、それを上回る技量でもって、なんと――審判の矢を打ち返した。

 打ち返された弾丸は、ヴェロニカの狙撃場所である大聖堂の鐘楼を僅かにかすめて空の彼方へ消え去り、遠くの空に群青色の炎が広がった。

「チッ、外したか!」

 サーシャは肩で斧を構える。

 ヴェロニカの攻撃が終わっていない事を、レキは、六大凶殺の少女達は、『仲間』であったが故に知っている。

 古代兵器である龍砲――『ニーズヘッグ』は、対物ライフルとして作られた十二連装のリボルバーカノンだと、以前にヴェロニカは言っていた。

 そして、龍砲から放たれる攻撃の全てが、『審判の矢』という神技となっている。

 つまり一発で街を壊滅させられる恐るべき神技を、十二回連続で放つことが出来るのだ。

 雷鳴の如く空を震わせながら、再び放たれた審判の矢が、サーシャ諸共ゼノビアを消し飛ばそうと空間を貫き迫る。

「ッらあ!!」

 サーシャは上段から戦斧を振り降ろした。

 マリアの『セイクリッド・クロニクル』で最高の祝福を与えらたサーシャには、超音速で飛来する弾丸がハッキリと見えていた。

 無骨な鉄塊が唸りを上げて風を叩き、審判の矢を薙ぎ払う。

 チュインと甲高い摩擦音がして、跳弾した弾丸は閃光の尾を引きながら明後日の空へと消え去り、爆発。遅れて爆風が吹き抜け、再びの閃光。

 サーシャが体勢を整える前に、次の審判の矢が放たれていた。

 だが、ゼノビアは守られているだけの弱い女ではない。

「頭を下げろサーシャ! 神技・雷撃瀑布ハイエクスプローシブッ!」

 天槍グングニルに膨大な神意を収束させ、紫雷を散らすゼノビアが、頭を下げたサーシャの背後から槍を突き出す。

 今まで見た事のないような巨大な雷撃の瀑布が、審判の矢を呑みこんだ。

 神技と神技が真正面からぶつかり合い、大爆発が起きた。

 群青色の爆炎が一気に膨れ上がり、なにもかも吹き飛ばさんと広がりを見せたが、それを抑えこんだのは、灰色の雷光を散らしながら、慈悲の錫杖を構えるオディールだ。

「これ以上、やらせはしないわ!!」

 オディールは凛とした表情で、次々に聖なる言葉を唱え結界を強化していく。

 爆炎は光の檻に囚われたかのように広がりを止め、最後は握りつぶされるように、光となってかき消された。

さらに、

「これで頭でも冷やしなさい、ヴェロニカ!」

 リリスが大鎌を天に掲げて、冷徹に呟く。

 大聖堂の鐘楼の周囲に無数のカオスゲートが広がり、耳を刺すような鋭い音と共に、闇の中から飛び出したのは、二十メルセを越える巨大な氷柱であった。

 リリスはが招いたのは、北の最果ての地に存在する永久凍土である。

 氷柱は一本だけではなく次々にカオスゲートから召喚され、槍の矛先のように鋭く、凍てつく巨大な氷柱が、四方六方八方から鐘楼を串刺しにした。

 崩落する鐘楼。

 落下していく瓦礫を足場に、白銀の髪をなびかせる少女が地上に跳んだ。

 近くの建物の屋根に着地したヴェロニカは、龍砲を抱えて逃走に移ろうとするが――

「――――ッ」 

ヴェロニカは小さく息を呑んだ。

 レキがヴェロニカの首筋に、背後からピタリと刃が押し当てていたのだ。

「――――投降しろ、ヴェロニカ」

 レキの速さに着いてこれた者は誰もおらず、目の端には、マリアを含む六大凶殺の仲間達が、屋根を飛び越えこちら向かって来るのが見えた。

「もう一度、言う。投降しろ!」

 レキは一切の隙を見せず、ヴェロニカの首に双剣を押し当てる。

 下手な動きを見せれば、容赦なく首を斬り裂くつもりであった。

「わかった……」

 ヴェロニカは無抵抗を示すように龍砲を手放した。

 ガシャンと重い音を立てて、龍砲を受け止めた屋根の瓦をが砕け散る。

 〝猟兵〟は遠距離攻撃を得意とする反面、接近戦に弱い。

 武器を手放した以上、ヴェロニカの脅威は大きく減じたといっていいだろう。

 だが、レキの警戒は弱まるどころか、さらに強くなる。

 背後を取って、首に刃を押し当て、武器まで奪ったというのに、逆にこちらが追い詰められているような戦慄が消えない。

「さあ、話して貰おうかヴェロニカ。どうして僕達を狙った? 誰の命令だ?」

「……………………」

 レキの質問に対して、ヴェロニカは両手を上に掲げたまま沈黙で答えた。

「答えるんだ、ヴェロニカ!」

 レキは怒りを押し殺し、低い声で言った。 

 ヴェロニカはこちらに向かって来るマリア達との距離を確認したあと、後ろのレキへ注意を向けると、

「ねぇ、レキ。龍砲の残弾はあと何発?」

 と、尋ねた。

 龍砲は十二連装リボルバーカノンで、今は五発の射撃が確認されている。

 普通に考えれば、残弾は七発だろう。 

「はぐらかすな、ヴェロニカ。僕の質問に応えるんだ」

 レキはヴェロニカに取り合わず、双剣を握る手に力を籠める。

 嫌な予感がした。

 それは直感であり、その直感にレキはこれまで命を救われて来た。

 だが、この時、『危険だ』と、『殺せ』と、頭の中で警鐘が鳴りながらも、長年共に戦った仲間に対してレキは躊躇ってしまった。

 ヴェロニカはレキの葛藤を見透かすように、語り始めた。

「火と鉄の時代。リボルバー銃に一発の弾丸を込めて、自分の頭に向け引き金を引くという残虐な運試しのルーレットゲームがが存在した。運試しは次第にエスカレートとして、ついには弾倉内に五発の銃弾を込めるまでに至った。先の質問の答えは七発よ。龍砲の中には七発の弾丸が残っている」

「馬鹿な真似はよせ……」

「龍砲を暴走させ、残りの弾丸を全て審判の矢として解き放てば、この場の何人が生き残れるかしら?」

 次の瞬間。ヴェロニカは足元に転がる龍砲のストック部分を踏み上げる。

 跳ね上がった龍砲にヴェロニカが手を伸ばすのと、レキがヴェロニカの首を薙いだのは、ほぼ同時であった。

 直後、龍砲からではなく、レキが斬り裂いたかに見えたヴェロニカの首から、視界を覆い尽くす群青色の大爆炎が広がったではないか。

「――――ガッ!?」

 避ける間もなく、巨大なハンマーで叩かれたような凄まじい衝撃が全身を襲う。

 レキの身体は冗談のように吹き飛ばされ、離れた建物に背中から衝突。

 瓦を破壊しながら転がり、煙突を打ち砕いて大きく跳ね上がり、錐揉みしながら硬い石畳の地面に落下するところを――

「レキ君ッ!!」

 すんでのところで駆けつけたマリアが、レキの身体を抱き留め近くの屋根に着地する。

「僕は……、大丈夫、です……マリ……さん……」

「動いては駄目! 今、動いたら死んでしまいますッ!」 

 至近距離でまともに爆発を喰らったレキは、胸に重傷を負っており、止血のため傷口を押さえるマリアの指を通り抜け、噴水の如く血が吹きだす。

 だというのに、レキの闘志には一切の陰りが見えず、爛々と瞳を燃え上がらせて立ち上がろうとするのだ。

 マリアは必死で、レキを押しとどめる。

 と、

「……チェックメイトよ」 

 離れた屋根の上で龍砲を片手で構えるヴェロニカは、レキへ銃口を向けた。

 マリアの怒りが臨界に達したのは、その瞬間だった。

「!?」

 ヴェロニカが驚きに目を見開き、大きく後ろに跳んだ。

 直後、先ほどまでヴェロニカが立っていた建物が、極光の光に貫かれて蒸発する。

「仲間を傷付けまいと本気を出せなかったレキ君と違い、私は、あなたを殺す事に一切の躊躇いはありません。これより先は、私が相手になりましょう。どこからでもかかって来なさい」

 マリアはレキを胸に抱き締めると、槍の矛先をヴェロニカへと向けた。 

と、

「サーシャ様を忘れて貰っちゃ困るぜ! ヴェロニカ、てめぇには墓地での借りがあっからな!」

 サーシャが獰猛な笑みを浮かべて、レキとマリアの側に降り立つ。

 続いてゼノビア、リリス、オディールと、次々に六大凶殺の少女達がサーシャの後に続き、それぞれの武器を構えた。

 オディールはすかさず、マリアに抱きしめられたレキにかけより治癒聖術を行使する。

「すまない、オディール……」

「いいえ、どんな怪我でも私が癒してみせるわ」

 オディールの聖術により、骨が見えるほどの爆傷がみるみる塞がっていく。

 マリアは心底安堵するように、小さく息を吐いた。

「相変わらず甘い奴だ。殺すべき時に殺さぬから、いらぬ怪我を負うのだぞ。反省しろ馬鹿者め」

 ゼノビアは素直でない言い回しでレキを案じると、ランスに凄まじい神意を纏わせる。

「ここは私達に任せてしばらくは下がってて。怪我は回復しても、体力までは戻らない」 

 リリスは漆黒の瞳でヴェロニカを睥睨しながら、大鎌を手にレキを守るように立つ。

「ありがとう皆。ありがとうマリアさん」

 頼もしい仲間達と、愛する少女の想いに、レキは胸を熱くする。

 こうして、マリアを筆頭に、サーシャ、ゼノビア、リリス、オディールと、五人の少女がヴェロニカと対峙する。 

 と、

「女に守られて、まるでハーレムの王ね。それともオオカミの群れかしら? いずれにせよ兵力差は問題ではない。私の弾丸は全てを貫くわ」

 ヴェロニカは一歩も引かずに龍砲を構える。

 少女の間には凄絶な火花が散る様は、まさに一瞬即発。

 草が生い茂る野原は一度火が付けば最後、僅かな火種でもあっという間に猛炎へと転じ、全てが燃え尽き灰になるまで消す事は叶わない。

 まさに〝燎原の火〟の如き戦いが、巻き起ころうとしていた。

 と、その時。

 目を疑う光景が広がった。

 突如として出現した紅蓮の炎塊が、龍砲を構えるヴェロニカへ横合いから直撃したのだ。

 赤銅色の爆炎と共に、溶岩のように粘度の高い炎が広がる。

 辺りが黒煙で埋め尽くされた。

 一体どれほどの威力だったのか、ヴェロニカは近くの建物の屋根に吹き飛ばされ、ピクリとも身動きしなくなった。さらに倒れ伏すヴェロニカに向け、四方から金色に輝く鎖が幾つも放たれ、その身体を拘束する。

「……皆、下手に動くな。囲まれている」

 レキの言葉に、マリアを含めた六大凶殺の少女達はコクリと頷く。

 王都の中心でこれだけの騒ぎを起こしたのだ。

 騎士団が動かないはずがない。

 直営の守備隊や、王都守護を命じられたニーベルンゲン騎士団。

 そして、《剣帝》の命を受けオディールを監視する――

 直後、空間が揺らめきレキ達の目の前に、青の軍服に身を包む三名の騎士が現れた。

 彼らは『聖十字騎士団』である事を示す『一本剣』の紋章を帯びていた。

「六大凶殺の噂はあれこれ聞いていたが、こんな雑魚に手こずるようじゃ大した事ねぇな」

 と、不遜に言い捨てたのは、赤銅色の髪と瞳が特徴的な青年だ。

 彼は右手に、炎を模した刀身を持つフランベルジュという大剣を持っていた。

「控えろサーキス。奇襲が成功したのはヘヴィディア殿の聖術によるものだ。そなただけの力ではあるまい」

 青年を嗜めるのは、艶やかな黒髪を後ろで束ねる〝剣の一族〟の女性だ。

 シミターと呼ばれる湾曲した剣を左右に帯びた彼女の面影は、ミーミル士官学校の仲間の一人であるシラユリとよく似たおり、同じ一族というだけではない繋がりを感じさせた。

 そして、

「レキ様どうかこの場は堪えて、我々にお任せ下さい。王都の混乱は、王都を守護する我々の務めでもあります」

 青い髪を束ねて後頭部でまとめた女騎士が、畏まるように、レキの前で片膝をついた。

 彼女は聖十字騎士団の中でも、〝十三使徒〟と呼ばれる精鋭の一人で、名をヘヴィディアという。

「君は確か……あの時の……」

 剣帝との一騎打ちの際、側に控えていた女騎士をレキは思い出す。

「はい、ヘヴィディアと申します。ジョセフ閣下より、あなたの……いえ、あなた方の側で研鑽を詰めと命じられております」

 レキを見るヘヴィディアの青い瞳には、恐怖と、尊敬と、絶大な信仰心が籠められていた。

 剣帝ジョセフを聖人と敬い、現人神とまで信じるヘヴィディアは、例え一太刀であろうともジョセフに傷を負わせ、膝をつかせたレキを、ジョセフ同様に神聖視しているのだ。

「どうするのだ、レキ」

 拘束されたヴェロニカに注意を向けたまま、小声でゼノビアが言った。 

 今まで命のやり取りをしていたといえ、ヴェロニカは三年共に戦い命を預けた仲間だ。何もわからないこの状況で、聞きだしたい事は山ほどある。

 だが、レキは周りを見渡し答えを出した。

「この場は彼らに任せよう。マリアさんの仲間であるなら、酷い扱いは受けないだろう」 

 屋根の上から聖術の鎖でヴェロニカを拘束するのは、四人の女騎士だ。

 彼女達が纏う胸元が開いた白銀の鎧は、マリアの神鎧ブリュンヒルデに似ており、それもそのはず、四人はニーベルンゲン騎士団に所属するワルキューレ達であった。

「やっほー、マリア隊長!」「レキさんもお久しぶりです!」「へぇ、あの方がマリア隊長の……」「こら、気を緩めるな! 鎖の強度を保て!」

 何人か知ってる顔があった。

 以前に、オディールと墓地で邂逅した際、周辺封鎖に協力してくれた者達だ。

「了解した」

 レキの言葉に、ゼノビアは槍を下げ、他の仲間達も続く。

 片膝をついて畏まるヘヴィディアは、安心したのかホッと息を吐いて、

「ありがとうございます、レキ様」

 と、頭を下げた。

「顔を上げて下さい。感謝をするのはこちらの方です。ただ、ヴェロニカの連行には、僕も同行します」

 万が一を考え同行すると、レキは決めた。

 ヴェロニカが奇襲とはいえ、一撃で戦闘不能になったのが解せない。

 なにより、レキの直感はいまだ警鐘を鳴らしているのだ。

「はい、勿論です!」

 ヘヴィディアは快諾するが、異を唱えたのは後ろに立つ赤銅色の髪の青年だった。

「待てよ。俺達が信用出来ねぇっていってるのか?」

「止さないか、サーキス!」

 カムイの女剣士が、サーキスと呼ばれた青年の肩を掴む。

「だがよ!」 

「上官である私の命令に従えないのであれば、貴方の任を解きますよサーキス」

 立ち上がったヘヴィディアが、サーキスへ向け厳しく言い放つ。

 サーキスは舌打ちすると、フランベルジュを肩に乗せて口をつぐんだ。 


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