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幻詛使いの心臓に宝石の弾丸を  作者: 炉心メルト
第一章 血よ、錆びることなき鉄となれ
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曰く、幻詛使いの町

 目覚めは最悪だった。

 事務所に鳴り響く固定電話のベル。ジリリリ、ジリリリ……と定期的に受話器先の相手がこちらを呼び出そうとする一方的なリズムはすでに二十を超えていた。


「うっせぇ……」


 最初こそは無視して二度寝と洒落こもうとしたが一度気がついてしまうと鼓膜どころか脳に染みつき反響して安眠を妨げる。

 これだけ騒がしかったせいだろう、彼女(・・)も寝床から抜け出しどこかへ行ってしまったようだった。

 時計を眺める。うげぇ、


「まだ陽も出てねぇじゃんか」


 さらに俺を苛立たせる原因一点が加算。血管が切れそう。

 なおも続く無限コール。この負の連鎖を断ち切るには俺が受話器を取らなければならないらしい。どうみても、このしつこさは俺の生活パターンを知る人間の仕業に違いない。

 非常識な時間にしつこい呼び出し……トラブルの類い……自己解決能力が低い……かつ俺が今アルカムのこの事務所にいることを知る人間を脳内のリストから検索、悲しいかな一人心当たり(ヒット)。


 受話器を取る。もしもしなどというお飾りなど不要。先手必勝、対トラブル回避戦術を発動。


「ただいまこの電話は使用されておりません、ピーという発信音のあとに今まで犯した罪を悔い改めて死んでください。特に電話で人様の安眠妨害を悔いてください。ピー」

『いやあ、冗談きついなぁ。こんな時間に電話した僕が悪いんですけれどもね。話だけでも聞いてくれません?』

「ピー」

『すみません、申し訳ありません、ごめんなさいググツ君。会話をさせてください』


 抑揚のない声。落ち着いた大人というよりもダメオーラを放つそれはもう聞きなれたというよりも飽きたものだ。

 やはり、ガリューフム・ヘレタ・アルドラー。お人好し属性をこじらせ抱え込んだトラブルを自己解決できずに周りを巻き込む男。まれにシャレにならないトラブルを持ち込んでくることから幻詛使いからすれば金づるでもあるが要注意認人物名簿(ブラックリスト)認定もされている。


 ――悪い奴ではないんだけどなぁ。


 人に言える立場ではないがもう少し強く生きて欲しいと思える程度には友情の類を感じている。

 けど、それとこれとは話が別なのです。人の安眠を妨害した罪は重いのです。


「まあ、話だけでも聞いてやろう」

『恩に着るよ!』


 「はぁぁぁぁ……」と溜息を長く吐くガリューフムから喜びと安堵の色が伺える。なのでガチャりと受話器を置いた。


 さて――


「寝るか」


 急ぎ足でソファーへ戻り、微睡の世界へと帰ろう。なんたって睡眠欲は人間の三大欲求なのだから。

 そこへ再び電話のベル。


「なんだよ」

『なんだよ……じゃないよ! 僕ツーツー切れてるのに気づかないでずっと話し続けちゃったじゃないか! もう、なんでそういう意地悪するかなぁ!』

「だって、眠いし」

『あ、うぅ……確かに、でも僕も眠いから、おあいことかにぃ……』

「なるかボケ。足に鉄球付けて湖に捨てられたくなきゃ慰謝料よこせ」

『そ、そんなぁ……』


 多少ストレス軽減。さらに会話の主導権もゲット。

 相手が罪悪感やらなんやらで弱ったり、引いたりしたのならば全力で責め立て優位に立て。我が師の教えだ。

 自分のペースに巻き込み報酬などを吊り上げる。なんともあくどいやり方だが最近は何かと入用なので仕方ない。

 本当は俺だってやりたくはないのだ。我が師の教えに基づいた条件反射なのだもちろんこれは本心である。

 あーりょうしんがいたむなー。

 ……先週つい衝動買いしてしまった幻刀器の部品(パーツ)分はこれで取り返せるだろうか。


 とりあえず戦況は優勢。勝機は此方にあり。これより畳み掛ける。


「では、改めて。こちら幻詛術事務所カルナマゴス、所長の幻詛使いググツ・デグ・ガイライです。ただいまの時間は営業時間外ですが……料金次第でご相談を承ります」


 つまり金くれ。それも安い金じゃ動かないぞとの意思表示。

 ガリューフムは諦めたように要件を話し始める。


『ああ、うん……えっと、依頼したい内容は坑道跡ジ・アビスの大規模変動が確認されたんだ』

「マジか、前回からそんなに期間も経っていないだろ?」


 かつて幻詛使いの生命線たる幻石を掘り出すために作られた坑道の成れの果て、坑道跡ジ・アビス

 幻力は特定の地中に集中する特性がある。そして地中で幻石となり安定するのだが、坑道にように中途半端に掘削された空間は年月をかけ不安定な幻力が満ち、異常な空間と化し、超常を引き起こす。

 変動という現象もその一つ。坑道内の道筋が変化してしまうのだ。


「で、それを誰が確認した?」

『トゥシュって言う三人組のチームで第五位階(アワリティア)が一人と残りが第六位階(グラ)。三人とも幻詛使いとして三年の活動経歴だね。生命反応有り、救難信号無し。今も奥へ向かっているのが確認できてる』

「微妙なとこだな。下手に奥に生かせると死ぬぞ」

『一応帰還目安距離を設定したんだけど、無視されてるんだ』


 連絡も入れているんだけど、着信拒否されてるんだよねぇ。普段僕が女の子に連絡入れた時とおんなじ反応だよ……とガリューフムが涙ながらにいらん補足。知るかよ。

 話が脱線しそうなのでガリューフムの私生活については無視する。


「強欲だな。変動後は地図の更新距離で金がもらえるからがっついてるのが丸分かりだ」


 幻詛使いの死因で最も多いのは深淵から覗くものども(ディープワンズ)に殺害されること。次に他の幻詛使いに殺害されることだ。

 そして、その死亡者の多くは低位位階なのだが、特に第五位階(アワリティア)が多い。

 第七位階(ルスーリア)第六位階(グラ)第五位階(アワリティア)などの低位位階は幻詛術という魔法みたいな力を得て全能感に陥りやすい。特に中途半端な実力を持つ第五位階(アワリティア)は「自分ならばやれる」「大抵のことには対処ができる」など根拠のない過剰な自信へつながり、危機感を失いやすいのだ。


 ガリューフムもそういった幻詛使いを何人も見てきている。

 経験からトゥシュが自己解決できないレベルのトラブルに巻き込まれ死亡する可能性が高いと判断したのだ。


『だからググツ君、連れ戻してきてほしいんだ』


 …………。


 どうしようか、悩む。

 トゥシュという輩たちがどうなろうが自業自得。悲しむ人間などガリューフムくらいなもので俺たち幻詛使いからすればいつものこと。酒の肴にすらならない。

 それに、中途半端ではあるが実力があるはずなのだ。よほどの相手ではない限り退路さえ確保していれば問題ない。


 自業自得のアホ共を助けるか、未だ疲れが抜けきらない頭を休めるために睡眠へ戻るかを天秤にかける。いや、寝るべきだ。めんどくさそうだし。マジ眠いし。


『……40ラウンド30マーキス』

「是非とも引き受けよう。俺は誰も見捨てたりなんかしない」

『ありがとうググツ君!』


 あ、しまった条件反射。


 しかし、体は現金なもので眠気や疲れが消えていた。

 俺はガリューフムに到着するのに時間がかかることを告げ受話器を置いた。

 それにしても、


ガリューフム(やつ)め、いつからこんな高度な交渉術を駆使するようになったんだ……」


 おそらく、コロさんあたりの入れ知恵に違いない。今後は気をつけねば。


 これから坑道跡(ジ・アビス)に向かうにあたりどの装備を持っていくか考察する。

 幻刀器は分解点検(オーバーホール)中なので取りに行かねばならない。一応年中無休何時でも対応の店なのでこの時間に行くのは初めてだがおそらく問題はないだろう。

 増幅弾(ブースター・ブレッド)も未知数のため高層発動可能なやつを数発持っていくことにする。

 その他もろもろも含め装備を取り出そうと事務所内を一瞥。


「あー……やっべぇー。帰ったら掃除しねぇと」


 まだファイリングされていない書類が床に散らばり、術式研究用の本が四つのタワーを建築。部屋の隅にはホコリが溜まり始めており、インスタント食品の袋や容器がゴミ箱から溢れそうになっていた。

 もし見つかればエミリアにどやされるのは明確だ。

 とりあえず、この後の仕事はできるだけ体力温存しよう。


 スタンドコートハンガーにかけていたわずかに青みがかった明るい灰――白銅の色の幻詛術加工された戦闘用コートを掴む。

 玄関口まで歩く。郵便受けに新聞が突っ込まれていた。

 引っ込ぬいて社会面を開き、続けて地域、幻詛面と必要な部分だけ軽く目を通す。後でまた読むために折りたたみソファーへと投げ、外へ出た。

 事務所は二階にあるのでコンクリの階段を降りる。


「もう一年経つのか」


 地域面にデカデカと載っていた一年前のアイゼンブルト家殺人事件。息子の某の入学祝いの最中を賊に襲われ父親、母親、娘が死んだというもの。

 当主のフェールムは往年の第一位階(スペルビア)だが、脚への負傷を理由に第三位階(イーラ)にまで格落ちしていた。

 それでも培われた経験と幻詛術の冴は本物で格下げ後でも同位階以上の実力者だったらしい。

 そんな彼を犯人は倒したばかりか、未だ逃げおおせている。

 現場検証の結果、使用された幻詛術は恐らく一つのみ。しかも不明ときた。

 さらに犯人も不明だというのだから始末が悪い。

 警察や協会がこの事件に関する情報・犯人の確保・始末に高額な懸賞金をかけている。


「間違えても会いたくはないとこだな」


 高額であればあるほど不確定要素が多く危険度が高い。わざわざ死ぬかもしれないようなことに首を突っ込む必要もあるまい。

 コートを羽織る。


「……つめてぇ」


 内部に防御用の仕込まれた鉄芯やらの類いが容赦なく体温を奪う。

 もう慣れた感覚だ。

 時間が経てば体も温まることだろう。


 洞窟めいた暗いコンクリの階段を降りきるとそこには満天の星空の明かりを暗い海が反射している。波風がない水面が夜空を写していた。

 見ようによっては水の上に浮いた宝石が輝いていると言えなくはない。


 石造りの町並みと散りばめられた蓄光石の輝きから曰く、宝石箱の町などと評されてはいる光景。

 だが実際、宝石箱の蓋を開けてしまえば詰まっているのは欲望と退廃の屑石ばかり。美しさなど表面上だけ取り繕っただけだというのが正直な感想。

 なにせ、ここを訪れる人間なんて大半が幻詛使い(ロクデナシ)ばかりだ。


 魔法使いめいた力を持っているのに毎日坑道跡(あなぐら)に潜り深淵から覗くものども(ディープワンズ)と殺し合い命がけで幻石(いしころ)を拾い、賞金首の情報を得ては鬼ごっこ、非合法なブツを手に入れるためにどこかに存在するブラックマーケット《オーゼイユ街》を探し回り、挙句の果て借金を抱えて自殺か犯罪者の仲間入り。

 よくある話もよくある話。

 三文小説でも使わないありきたりな末路だ。

 そも幻詛使いなんてものは高位位階でない限り割りこんなものだ。


 ……まあ、高位でも借金まみれってやつもいるが。


 気が付けば涙をこぼさないように空を仰いでいた。はは、後千万ぽっちだもの。大物がくれば返せますもの。はは、は…………。

 なんか、悲しくなってきた。


「雨でも降らねぇかな……」


 しかし、ヘルヘイムズは年中天候が変わらず、気温も安定している。

 だってここ地中に作られた都市ですもの。巨大な洞窟または空洞にできた町ですもの。変わるわけもない。

 あの空だって岩盤に蓄光石を取り付けた擬似的な星空だし、凪の海を思わせるのは地底湖だ。

 最初にここへ来てこの夜景を見たときは「なんて美しい光景なんだ」と心打たれたが、今ではもう心が躍ることすらしない。


 ふと、思いだした。


 師匠のところから追い出されて――ここに来て――もう二年経つのだと。

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