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ちょっとした肩慣らし

 あの幻想的な光景を見てから二日が経った。

 その間にもスティーグはみるみる回復していった。

 跡が残ると思っていた体からは傷跡も綺麗になくなり、すっかり元気になった。

 その間にもスティーグはあの聖域に赴き、精霊達と戯れていた。

 もちろんその時にはミューリも付いていった。

 あの幻想的な光景は何度見ても心が洗われるようだ。

 あれからスティーグを見るとどうにも胸の奥がざわつく。

 見ていると胸がドキドキする。

 だが、スティーグの傷は凄まじい速さで治っていく。

 もうすぐこの里を去るだろう。

 そう思うと急に胸が苦しくなる。

 いったい自分はどうしてしまったんだろう。

 こんな気持ちはこの250年以上生きてきて初めての事だった。

 わからない。でも、気が付くとスティーグを目で追ってしまう自分がいた。

 そんなふわふわした不思議な気持ちの時間ももうすぐ終わりを迎えようとしていた。




******


「ふむ。全快!」


 俺は姿見の鏡を見ながら頷く。

 拳を何度か握り、力が十分に入ることを確認する。

 そろそろこの里を出て行った方がいいかもしれない。

 エルフが人間を毛嫌いしているのは分かっている。

 そのせいでミューリが肩身の狭い思いをしていることも。

 恩人に不義理をするわけにもいかない。

 いずれ改めて礼に来るとして、さっさと立ち去った方がいいだろう。

 すると、ドアからノックの音が聞こえた。


「スティーグ入るわよ」

「ああ」


 ドアを開けたミューリは笑顔のまま固まった。

 そして、どんどん顔が赤くなる。

 ん? ああ、俺パンツ一丁で鏡見てたわ。


「な、な、な!」

「いつまで見ているんだスケベ」


 ドアが勢いよく閉じられた。


「は、裸なら、そう言いなさいよ馬鹿!」

「ああ、悪い悪い。傷の具合を見てた」


 俺は話しながら服を着た。


「もういいぞ」


 恐る恐るドアが開かれてミューリが顔を赤くして現れる。


「傷の具合はどう?」

「ああ、すっかり良くなった」

「・・・いったいどういう体の構造しているのかしら。全治三ヶ月はする怪我のはずなのに」

「すっかり世話になったな。荷物もないし、そろそろこの里を出ようと思う」

「――そう、なんだ・・・」


 ん? おかしいな。あまり嬉しそうじゃない。むしろ、気が落ち込んで見える。

 やっかいな食い扶持が減って喜ぶと思ったんだが。


「礼はまた改めてする」

「そ、そんな事はどうでもいいから!」


 ミューリは大きく首を振る。

 なんなんだろうな。よくわからん。


「里を出る前に精霊達にも挨拶をしていくか。ああ、長老にも挨拶した方がいいよな?」

「う、うん。そうね」


 どうも、ミューリの態度がおかしいが、とりあえず挨拶を済ませよう。



 俺達二人は精霊の森と呼ばれる聖域に向かった。

 道中、ミューリは言葉少なめだった。

 理由は分からないが俺がいなくなることがミューリは嫌らしい。

 なんでだ? このままだと村八分にされてしまうだろうに。

 そんな事を考えていると道を阻むように人が飛び出してきた。


「サムス?」


 ミューリがやや驚いた。

 ああ、確かこいつ何度か里で見かけたぞ。

 俺を避けるエルフが多い中で、完全に俺を敵視していたやつだ。


「おい、薄汚い人間め。ここがどういう場所だかわかっているのか?」

「サムス、ちがうの。彼は・・・」


 ミューリが慌てて説明しようとするがうまい理由が思いつか無いようだ。

 ここが神聖な場所だという事は教えてもらったが、当の精霊達が俺と遊びたがっているんだし、構わないだろうと思ったんだが、どうもそれが気に入らないらしい。


「とっととこの森から、いや、この妖精郷から出ていけ!」

「サムス!?」


 ミューリが非難の声を上げるが、俺は肩をすくめるにとどめた。


「わかってる。ちょっと精霊に挨拶をしようとしただけだ。それが終わればこの里から出ていくからよ」

「そう、なのか?」


 拍子抜けしたようにサムスと呼ばれたエルフは力を抜いた。

 ミューリはそれを聞くと眉を落とし俯いてしまった。


「ミューリ?」


 ミューリの様子がおかしいことの気が付いて、サムスは声をかける。


「ねえ、サムス。彼、スティーグをもう少しこの里にいられるようにできないかしら?」

「なんだって?」

「彼はいい人よ。精霊にも愛されてる。行くところがないらしいの。ここのずっといても」


 サムスは驚天動地の事柄が起こったような顔をして俺とミューリを見比べる。


「まさか、いや、そんな、ミューリ君は・・・」


 何かを悟ったサムス。それと同時に顔を真っ赤にするミューリ。

 なんだなんだ。以心伝心だな。

 お熱い? ちょっとちがうか。俺にもわかるように教えてほしい。


「殺す!」

「「は?」」


 俺とミューリの声がハモッた。

 さきほどの敵意が殺意にグレードアップした。

 いったいこいつの中で何が起こっているんだ。

 すると、物陰から人が三人ほど現れた。


「おいおい。もういいか? 俺らはさっさと仕事を済ませたいんだけどよ」

「に、人間!?」


 ミューリが驚きの声を上げた。

 そいつらは耳が俺と同じ人間だった。


「サムス! どういうこと。なんで人間がここに」

「君がそれを言うのか?」


 サムスが鼻を鳴らす。

 しかし、こいつらどうみても真っ当な人間には見えないんだけどな。普通にガラが悪い。


「この人間をいたぶってやればいいんだよな?」

「ああ、いや、殺してしまって構わない」

「サムス。まさかあなた!」


 よくわからないが、俺はこのサムスに相当嫌われたようだ。

 しかし、外から人間を呼んで殺そうとするほどとは思わなかったぞ。


「話が少し違うんじゃねーか?」

「金は払う」

「約束の三倍だ」

「チッ! 構わん」


 それを聞くとゴロツキ三人は剣を抜く。

 どうもやる気らしい。

 ふむ。この力をもらって人間相手に戦うのは初めてだな。

 ちょっとしたリハビリになりそうだ。

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