寄り添う兄妹
一通りの話を終えるとアドルフはじっと俺を見つめた。
なんだ。男に見つめられて喜ぶ趣味はないんだが。
「お前は」
ドカアァ!
アドルフが何かを言おうとした時、酒場の入口の扉が勢いよく開かれた。
「みつけたぁ!」
見ればアティシアやミラ、生徒達がぞろぞろと入ってくる。
客は俺たち以外は今はいなくなっていたが、店主が何事かと面喰う。
おいコラ何しているんだこいつらは。せっかくの静かな酒場にそんな喧噪で乱入してくるんじゃねーよ。
というか、なんでそんな剣呑な雰囲気なんだろうか?
「死ねぇ!」
「うぉ!?」
最初に飛び込んできたミラが俺に正拳突きを繰り出してきた。
とっさに躱したが、いったいなんだっていうんだ。
驚く間もなく、入ってきた女性陣達が俺を羽交い絞めにしようとする。
「てめえらなんだっていうんだ。謀反か? 下剋上か?」
「アティシアさんからすべて聞かせてもらったわ!」
ミラにそう言われ、アティシアの方を見ると、少し申し訳なさそうなアティシアがいた。
そうか、こいつらにも話したか。まあ、話すだろうなぁ。
うーむ。なるほど、つまりこいつらは俺がタイムゲートの前でアティシアにした仕打ちを怒っているわけだ。
さて、どうしたものかな。
俺は助け船を求めてアドルフを見る。
「どうやら、俺もそちら側に加わった方がよさそうだな!」
「な、なにぃ!」
アドフルお前もか!
どうやらさっき発しようとした言葉は俺への非難だったらしい。
ここで逃げることはできる。
しかし、そうなると後々面倒なことになるかも知らない。
まさかこいつらも本気で俺を殺そうとはしないだろう。
大人しく殴られていた方が身のためかもしれない。
セリスとクレアに抑えられ、成すがままに俺は裁きを待った。
「天誅ーー!」
どか!
痛い。多くの加護を受けた俺だが、殴られれば普通に痛い。ミラに続いて生徒達が続々と俺を殴ってくる。
仕方がない。我慢だ。
ドカバキバキドガバコドンドンガコガコガコドコダガダバガバカバカカドアボアドドッドドボゴデホボコガコアゴウェゴブエカドドンボモノドケドデセデケカドフェカドメッドドガドドドドケメカケド!!
「痛いわボケーーーーー!!」
いつ終わるともしれない攻撃に耐えかねて、俺は羽交い絞めを解く。
加護の力ですぐに回復するのをいいことにこいつら永続コンボよろしく攻撃を延々と続けやがる。
とんだ拷問もあったものだ。
さっきも述べたが傷は治るが痛いは痛いのだ。
すると最後とばかりにアティシアが俺の前に立ち、平手打ちをかました。
パン。
それはこれまでの攻撃に比べたらずっと軽かった。
しかし、涙を浮かべるアティシアを見ると精神的なダメージはこれまでの比ではなかった。
アティシアはそのまま俺の胸に体を預ける。
「お兄様の、ばか。もうどこにも行かないでください」
俺の胸ですすり泣くアティシアにどう対処していいか困った俺は、頭をぽんぽんと撫でておいた。
まいった。
今のアティシアはもう子供ではないので、どうにも扱いに困る。
見れば、女性陣は感極まって泣いてしまっている。
て、おい。アドルフお前、まさか男泣きか!?
俺達は店の店主に詫びを入れると帰路についた。
「そういえば、まだ謎は残ってるよな」
俺はアティシアを見つめる。
「お前、どうやってこの時代に来た?」
時の神がそう何度も奇跡を見せるとは思えない。
しかもおそらくアティシアが来たのは俺を一人にしたくないという、言ってみれば個人的な理由だ。
そんな理由を神々がホイホイ聞くことはないだろう。
「神獣によって多くの人類の文明は失われましたし、神々によって旧人類はこれ以上繁栄することを禁じられました」
ああ、確かにそうなっていたはずだ。
だからこそ、今の時代はそれほど、魔導科学が発達していないのだ。
恐らくは、何か大きな発明がされようとしているたびに何らかのストッパーがかかるのだろう。
人類の成長速度はすごい。
停滞する時はするが、成長する時はわずか百年でとんでもない成長を遂げるのだ。
「ですが、神々は私達の最後の我儘を許してくださいました。それはコールドスリープマシーン。私は強固に守られた遺跡の中で一万二千年の長い時をずっと眠っていたのです」
『こーるどすりーぷ?』
俺以外の全員の頭にはてなマークが浮かぶ。
この時代の人間にはわからないだろうな。
つまりアティシアは文字通り一万二千年の長い間眠っていたわけだ。
「お兄様が使ったタイムゲートの残滓を計測し、向かった時代の大まかな年を考慮してその時期に目覚めるようにセットしておいたんですが、残念ながら私が目覚めた時にはお兄様の戦いは終わっていました。おまけにずっと寝ていたものですから筋力は落ちていて、ろくに身動きが取れないし、やっと動けるようになったもこの時代の貨幣がありませんし、日雇いのバイトをして何とか生活をしていた始末」
よよよとアティシアはさめざめと泣いた。
こいつ根っからのお姫様だったからな。
苦労したんだろうなぁ。
と、他人事のように思ってみる。
「おまけにこの世界は情報を交換する機器がまるでないので足でお兄様を探さなければなりませんでした。ですが、『ステム』という名前で探してもまるで皆さん知らなくて・・・」
「ぐぅ」
もう古代王朝の王ステムはいない。そう思った俺は心機一転、自分で名前を変えた。
新しい名前スティーグの誕生だ。
まさか、アティシアがこの時代にいて俺をずっと探しているとは夢にも思わなかったからな。
「結局あの滅びの光を見るまでまったく手掛かりがなかったのです」
「ああ、お前あれを見たのか?」
「あんなド派手な魔法を使えるのはお兄様だけですから。ですが、噂話では使ったのは『スティーグ』という人物。私はここに至りまさかと思いました」
俺の名前が変わったいることにここでようやく気付いたわけだ。
セリスは大きく頷く。
「今度こそすべての謎は解けた!」
「だから、なんでドヤ顔なのさセリス・・・」
苦笑いを浮かべるステラ。
皆が笑った。
「お兄様。ようやく見つけました。どうかもうどこにも行かないでください」
真摯に見つめるアティシアに俺は頬を掻く。
「ああ、もうどこにも行かない。お前もずっとここにいろ」
「ようやく、ようやくこの時代で私は居場所を見つけた気がします」
アティシアはそう言って俺に寄り添ったのだった。




