それはいつかの物語11
俺とアティシア、そして、数百人の精鋭たちはタイムゲートの前に集まっていた。
この先は戻ることのできない片道切符の一本道。遥かな未来に繋がっているという。
そして、その先には封印から解き放たれた直後の狂乱の地母神である神獣が待ち受けているという事だった。
俺は後ろを振り返る。
そこには決死の表情をした妹が、共に戦い抜いた戦友たちがいた。
「いよいよ、ですね。お兄様」
「ああ、いよいよだ」
アティシアは息を飲んだ。平静を装っているが、足が少し震えているのがわかる。
「これで最後にする。長い戦いも終わりだ。決して未来の子孫達を危険にはさらさない」
「ええ、私達で未来を切り開きましょう!」
アティシアは力を込めて頷く。
俺は薄く笑うと告げた。
「だが、それにお前たちがついてくる必要はない」
『え?』
ビシィ!
一瞬何が起こったのか、アティシア達は分からなかっただろう。
俺とアティシア達の間に透明な壁が現れたのだ。
「こ、これは結界? お兄様の仕業ですか? 何の冗談ですか。早く解いてください!」
様々な種族から加護を授かった俺の結界はもはや人類が解けるものではない。
アティシアはバンバン結界を叩くがどうにもならない。
「その結界はしばらく効力を失わない。このタイムゲートが消えるまでしばらくそこにいてくれ」
「まさか、まさか。一人で行くつもりですかお兄様!!」
『王!』
アティシアと精鋭の兵士達は悲鳴を上げた。
「相手は封印から解けた直後とはいえ大地母神ですよ? 無茶です!」
「今の俺ならばできる」
「本当に一人で行くつもりですかお兄様。よしんば、神獣を倒せたとしてもその後はどうするのです? 誰もお兄様を知らない。そんな世界で、たった一人生きて行こうというのですかあなたは? させません。そんなことは絶対に!!」
「アティシア、お前達には役目がある。人類の復興という大きな役目が。人類を復興させなければ俺が護りたい未来の子孫達がそもそも存在しないことになってしまう。それをお前たちに任せたい」
『お、王! 待ってください。せめて我らもお供を!』
「さらばだ。俺は未来の子孫たちを救うために。『力ある者の義務』を果たすために、行こう」
アティシアは半狂乱になって結界を叩く。
手からは血がにじんでいた。
ああ、そんなに強く叩かないでほしい。そんなことをしても決してその結界は破れない。
「行かないでくださいお兄様! やだ! やだぁーー! お兄様! おにいちゃーーーーーーーん!!」
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「これで長いお話もおしまいです」
アティシアはコトリとカップを置いた。
長い沈黙が降りた。
ミラがそれを破る。
「それで、その神獣はどうしたのかしら?」
「この世界が平和で続いていること。それが答えだと思います」
つまり、神獣は倒された。
スティーグの手によって。
シルフィーは乾いた笑いをあげた。
「なんて、なんて滑稽なことでしょう。私達は何も知らなかった。先生の事も、この世界の事も、私達は。いえ、この世界のすべての生き物は先生に救われていたのですね? それを知らずに私達はのうのうと生きていたという訳ですか。先生にありがとうも言えずに、誰にも先生は称賛されることなく、これまで一人で生きていたということですか」
シルフィーはそう言って泣き出した。
隣に座るクレアもミラももらい泣きし始める。
だが、シャルロッテは違った。
「ふ、ふっざけんじゃありませんわーー!」
「シャルロッテせんぱい?」
セリスが驚く。
「なにが、なにが『力あるものの義務』は嫌い、ですか。自分が一番その言葉に囚われているじゃありませんか! まだ見たこともない子孫のために自身をなげうって助けに来たというんですか!」
言うだけ言うとシャルロッテもなき始めた。セリスも涙ぐむ。
ステラがポツリとつぶやく。
「みんなはそれでいいの?」
『え?』
「先生を英雄にしてそれで感謝で言い訳? アティシアさんや残されたみんなはどうなるのさ? 今ならアティシアさんがいきなり先生をひっぱたこうとした訳がわかるよ。当たり前じゃんそんなの! 絶対許せないよそんなの!」
ステラは怒っていた。
もしかしたら人生で一番怒ったかもしれない。拳を握りしめる。
が、それもすぐに戸惑いに代わる。アティシアがぼろぼろと泣きはじめたのだ。
「ぅぇえ。あ、アティシアさん? ご、ごめんね。アティシアさんにとっては大事なお兄さんだもんね? 怒って悪かったよ・・・」
アティシアはふるふると首を振り嗚咽を漏らす。
「ちがう。ちがうんです。そうじゃなくて。兄はずっと一人だと思っていました。誰も知らない世界で孤独でいると。でも、そうじゃなかった。兄の為に涙を流してくれる人がいます。本気で兄の為に怒ってくれる人がいます。ありがとう。兄といてくれてありがとう」
そういってアティシアは更に泣きはじめ、それを見ていた他の女性たちも泣きはじめた。
しばらく皆はただ泣いていたのだった。
そして。
「とにかく、まずやることは決まりましたね」
「そうですね」
一同頷く。




