それはいつかの物語10
カランとアドルフが飲んでいたグラスの氷が溶けて崩れた。
アドルフは先ほどからあまり飲んでいない。
グラスの酒も薄くなっているだろう。
「お前は、友を失ったのか・・・」
「ああ」
終わったことだ。しかし、あの時俺にもっと力があれば。そう思わない日はない。
マダドウムは俺よりもずっと強かった。
良き戦友だった。
あいつでなければあの時の神獣を押し止めることはできなかっただろう。
「それから、お前たちはどうしたんだ?」
「俺達は神獣から逃れ、いくつかの土地を転々とした。その間、神獣は人間ばかりか他の種族たちも襲い始めた。もう、人間だけの問題ではなくなっていったんだ」
「世界の危機、か」
「俺たち人間と、他の種族の代表たちはなんとか落ち合い、種族会議が行われた」
*****
種族会議に出席した俺は針のむしろだった。
何しろこの事態を招いたのは他ならぬ俺達人類だからだ。
種族の代表たちは口々に俺を罵倒した。
「お前ら人間のせいで、俺達の集落が燃えた」
「この責任をどう取るつもりだ!」
「返せ、我らの仲間たちを返せ!」
彼らの怒りは正当なもので、俺はそれを聞き、受け止めるしかなかった。
それでも俺は言わなければならない。
それはとても勇気のいることだったが。
俺は一歩前に出る。
「親愛なる各種族代表の方々。今回の件。人類を代表してお詫び申し上げる。本当の申し訳ないことをした」
俺は深々と頭を下げる。
一瞬ざわつきが止まったが、すぐにまた罵倒は再開する。
「頭を下げたからと言ってどうなるものでもないだろう」
「左様。責任を取ってもらわなければ」
俺は更に口を開く。
「あなた方の気持ちはわかる。よくわかる。その上で申し上げる。どうか我々人類に力を貸してほしい」
ざわつきが高まる。
「なんと傲慢な」
「ここまで奢ったか人間よ」
「自らの行いを恥じることはないのか!」
『待て』
罵声は神託の座から聞こえる神々の声により、静まり返った。
『人間の王よ。言いたいことがあるのならば述べよ』
「感謝する神々よ」
俺は気持ちを落ち着かせ、息を吸い込む。
「俺達人間はとんでもない馬鹿野郎だ!!」
ざわ。
集会の会場に一つの波が起きた。
「俺達人間はどこまでも傲慢で恥知らずだった。慈愛に満ちた大地母神の警告を何度も聞き入れず、こんな事態を招いてしまった。彼女もまた俺達人類の被害者だろう。こんな事態になるまで俺達は自分達のしていることをわかっていなかった。俺がどれだけ頭を下げても許されないだろう。この罪は決して消えることはないだろう。だが、それでも俺は守りたいんだ。俺には、こんな俺を信じて待ってくれている妹がいる。民達がいる。そして、自分の命を犠牲にして俺達を生かしてくれた友に報いたい。どうかお願いだ。俺に力を。それが叶うなら俺は何でもする。この命も捧げる。この通りだ!」
俺は頭を深く下げる。
沈黙が降りた。
それはそれほど長い時間ではなかったかもしれないが、俺にとってはひどく長い時間だった。
『人間の王よ。面を上げよ』
『そなたの覚悟しかと聞いた』
『そなたの魂の輝きを見せてもらった』
魂の、輝き?
『人間を捨てられるか? 人の王よ』
「ああ、それで皆が救われるなら、人を捨てよう」
『一人孤独に耐えられるか?』
「耐えよう!」
『自己を犠牲にしてでも他者を守ろうとする心』
『その尊い心こそ、我々神が』
『そしてあの大地母神が』
『そなたら人間に与え、望んだもの』
『力を貸そう』
「!! 本当か」
俺は目を輝かせた。
「我等竜族はその剛力をそなたに授けよう」
「我等魔族はその魔力を与えよう」
「我等エルフも魔力とその俊敏さを」
『我々あまたの精霊は与えられるだけの加護を授けよう』
『そして、我ら神はこの剣を授ける』
俺の前に光が落ち、それが一筋の剣となった。
『ダーンウィンスレイブ。我ら神の神気を元にドワーフが打ち込んだこの世界にただ一振りの傑作』
俺は剣を受け取った。
凄まじい力を感じる。この間見たドラゴンスレイヤーが霞むほどの。
『人間の王よ。今一度我々はそなたらを信じよう。どうかこの世界を救ってほしい』
俺は力強く頷いた。
「必ず」
******
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
会合の広場にステムの絶叫がこだました。
体が飛び跳ね、ビクンビクンと痙攣し、目が充血し、飛び出るほどに盛り上がる。
種族から授かる加護は、現代の治癒や解毒とは全くの別物。
違う種の力を人間に授ける行為は人間が本来持つ魂に、違う種の魂を加える事と同義。
つまりは、魂を塗る替える。浸食と言ってもいい。
それは下手をすれば、魂が砕け、死に至る危険を伴う。
それを押さえつけるには、それに負けない意思で、注入された魂を自分の魂で屈服させるしかない。
しかし、その時に伴う苦しみは尋常ではない。
想像を絶する、死んだ方がまし、そんな言葉が生ぬるいほどの苦痛。
それを今、ステムは味わっていた。
「が、ほ! がほ、ごほごほ!!」
これで何度目の嘔吐であろうか。
吐しゃ物はもう胃液と血液以外にはない。
だがそれでも、ステムは加護を自分のものにすることに成功した。
『・・・信じられん』
それを見守るあらゆる種族は唖然とした。
既にステムは三つの加護を授かっている。
一つの加護を受け取るだけでも飛んでもない激痛が襲う。
大抵の人間は一秒も耐えられない。
それを三回。
発狂するか、壊れて廃人になるか、耐えきれず死ぬか。
未だ意識を持っているなど考えられない。
どれほどの覚悟を持って臨もうと、この苦しみの前ではその決意は消え失せる。
それは恥ではない。
全てを投げ出し、止めてくれと叫んだとしても、誰が責められようか。
だが、ステムは耐えている。
尋常ならざる覚悟、自我、そして意思だろうか。
『・・・何故、そこまでする?』
「ああ? 言ってるだろ。俺を信じて託してくれた者の為、俺を信じて待っていてくれる大切な奴らの為さ」
『それだけか? それだけで死にも勝る苦痛に耐えると?』
「・・・へ、へへ」
ステムは弱弱しく笑い、近くに置いてあった水瓶を持ち、水分を取る。
「それと、信じてくれた貴方達に見てほしいんだ。俺の覚悟を。信じるに足る魂を、俺が持っているのかどうかを」
『だが、連続で三つの加護が汝の中で融合した。それだけでも偉業。しばらく時間を置かねば汝の体が崩壊するぞ』
ゆらりと、ステムは立ち上がる。
「今も、どこかで神獣が猛威を振るい、誰かが死んでる。ゆっくりしている時間なんかないだろう」
加護を与える種族はそれほど多くない。
人間よりも秀でた種は限られている。
だが、授かった種の力を宿したところで強力な戦力にはならない。
それだけなら全種族が総力を上げて連合軍を組むのとさして変わらないからだ。
単体で神獣に並び立つには、どの種をも超える力が必要だ。
それを可能にする為に、ステムは何回も力を授からなければならない。つまりは重ね掛けだ。
必然的に何度も想像を絶する苦痛の“加護の儀”を行わなければならず、時間もかかる。
なのでステムの意見は正しい。
だが、自ら発狂するほどの苦痛の谷に、間髪入れずに飛び込むなど、正気の沙汰ではない。
だというのにこの男は、
「さあ、次だ」
『----!』
この後、ステムは三日かかって全ての加護を授かることに成功する。
*********
アティシアの話を聞いていた一同はとても悲しそうな顔をした。
クレアはポツリとつぶやく。
「先生の力の秘密にはそんな経緯が・・・」
ガチャン。
シルフィーは持っていたカップを少し乱暴にソーサーに戻した。
「私は・・・恥ずかしい。ずっと先生に憧れていました。そして思っていました。あんな風になりたいと、決して届かないその背中を羨み、正直妬む気持ちもありました。何故あんな力があるのかと、先生の悲しみも、覚悟も、私は知りもしないで・・・っつ!」
シルフィーの瞳から一滴の涙がこぼれ押した。
クレアが気遣うようにそっと手を握った。
「シルフィーさん。ありがとう」
アティシアがシルフィーに頭を軽く下げた。
「いえ、それで、神獣は倒されたのですか?」
アティシアは首を振る。
「私達はお兄様を先頭に、人類の総力と各種族たちの力を借りて戦いましたが、それでも神獣の力は凄まじく倒すことは敵いませんでした。長期戦を恐れたお兄様は神獣を神々の力を借り封印したのです」
ほぅ。ステアがほっとしたとため息をつく。
「封印か。一応危機は去ったわけですね?」
「ですが、神々も兄もそれで良しとはしませんでした。所詮封印はいつかは効力を失うもの。自分達が招いた脅威を子孫に被せるわけにはいかないと」
「でも、せっかく封印したのに・・・」
アティシアはひどく悲しそうな顔をした。
一同は首を傾げる。
「時の神の力によりただ一度きりの奇跡が行われました。タイムゲートを開き、封印が解けた直前の未来に私達を送るためにです」
セリスが息を飲む。
「今度こそ、謎はすべて解けた。二人は時を渡ってきたんだ」
何故かセリスはドヤ顔でうなずく。
「その時の話をしましょう。もうすぐこの長い話も終わりです」




