それはいつかの物語5
ゆっくりとグラスを口に運ぶ。
うまい。
さっきまではエールを浴びるように飲んでいたが、今度はワインをゆっくりと味わうように口に含む。
体に染み込ませるように。
そして、そんな表現ができるほどにここの酒は上質だった。
「納得がいったぞ」
「あ?」
アドルフが隣で飲みながら喋る。
「お前の戦い方だ。圧倒的な火力ですべてを片付けることができるのに、その戦い方は狡猾であることがずっと不思議だった。以前、暗殺者に襲われた時もその苦境を見事に乗り切った。自分よりも強い相手とずっと戦っていたんだなお前は」
カランと、ジョッキの氷が解けて崩れた。
「誰も最初から強かったわけじゃない。俺だってかわいいころはあった」
「ふ、戯言だ」
「酒が言わせた?」
「そういうことにしておこうか」
俺はもう一度ワインを傾けて唇を湿らせる。
さあ、続きを話そう。
******
神々は激怒した。
神だけではない。他の種族も、元々排他的な魔族も、エルフも、竜族、ドワーフ、精霊すらも。
あらゆる種族の怒りを受け止めながら、俺は多種族との交流の場を後にした。
現在と違って種族の壁が薄く、神々とも交信が行われていた時代。
そんな時代の真っただ中で、俺が受けた怒りと蔑みの眼差しはひどく衝撃的なものだった。
「どういうことだこれは!」
そして、俺自身も困惑と怒りで支配されていた。
魔導工場廃止の計画はムー王朝から人類すべてになされた号令だった。
計画は順調で、すでにいくつかの工場は凍結され、数年後にはすべての工場が稼働を停止する予定であり、その事は前回の種族会議でも発表され、概ね種族間で合意がなされていたはずだった。
だというのに、今回の会議では俺は糾弾された。
大気を覆うマナが急激に減少しているというのだ。
これでは百年先を待たずしてこの世界からマナが消失するという。
俺達人類と違い、世界にずっと近い存在の精霊などはそれを敏感に感じ取っていた。
神々も、特に力を持つ大地母神の怒りは凄まじく、これ以上人類が暴挙を繰り返すようなら、人類そのものを滅ぼすとまで神託で告げられた。
「なぜこんなことになった?」
工場の凍結は順調に進んでいたはずだ。それなのに何故マナが減少する?
そもそもこれは人類の仕業なのか?
計測を急がせよう。一体どこからマナが減少しているのか掴まなければならない。
大気に満ちるマナはすぐには回復しない。
徐々に時間をかけて、それこそ数千年単位の時間が必要になる。
これ以上子孫達の首を絞めることだけは避けなくては。
衝撃の種族会議から数日。
俺は焦燥に駆られ、項垂れていた。
計測は遅々として進まなかった。
すぐにでも判明すると楽観していた俺はひどく落胆した。
なんでも、計測器がある一定の範囲まで絞りこもうとすると、なんらかのジャミングにあい、機能しないというのだ。
これは明らかに悪意有る者の手による妨害だった。
精霊の力は借りられない。
怒り狂った多種族からの協力は得られないだろう。
何とかしなければならない。
人類の手でこの状況を変えていかなくては。
人類が滅亡してしまう。
状況が動いたのは更に数日後。
俺の直属の密偵達は連携を取り、何か所から同時に計測を開始し、ジャミングを躱しようやく範囲を絞り込んだ。
その絞り込んだ中で怪しい場所を探り当てると、ひそかに物資が運ばれている地域があることがわかったのだ。
「ガガドーム!」
俺は思わず報告書を握り潰し吠えた。
物資が運ばれていた地域はガガドームの私有地だった。
特に目立った工場のないその地域に裏ルートから大量の物資が運ばれていた。
目立って何もない場所でどうやって?
答えは自ずと解明された。
地下だ。地下に工場地帯をガガドームは作り上げ、大地のマナを吸いだしていたのだった。




