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それはいつかの物語3

「お兄様!」


 俺は声のある方向へ振り返った。

 そこには、まだあどけなさが残る13歳の少女、アティシアがいた。


「よおアティ」


 俺は抱きついてくるアティシアを受け止めるとそのまま持ち上げた。


「あはは!」


 楽しげに笑うアティシアを見て、俺も笑う。

 いつもの宮廷の一幕であった。

 当時のアティシアは良く笑う少女だった。

 普段は利発な王族の人間として振舞っているが、俺には年相応の少女の顔をのぞかせる。

 活発で運動神経もよかったアティシアに俺はよく稽古をつけてもやった。

 当時、俺は十五という若さでムー王朝13代目の王として君臨した。

 親父が早死にだったこともある。

 それでも周りの親族を押しのけて、俺が王になったのは俺の卓越した洞察力と王としての器が周りを圧倒したからだ。そして、ゴタゴタの親族の愛憎劇にならないための即断だった。


「ステム」


 暫し、俺がアティシアと戯れていると、後ろから嫌な声が聞こえた。

 俺は声の方に目を向けると、やってくるのは俺の叔父にあたる人物。ガガドームだった。


「ああ、叔父貴か」

「叔父上と呼ばんか! 早くに王になったからといって奢るでないわ!」


 俺はこの叔父の事が好きではなかった。

 母の兄にあたる叔父は、父が生きていた頃は従順に父に仕えていたし、俺達兄妹にも親しげに接していた。

 俺はその頃から、こいつの仮面の下に隠れた卑しい顔に薄々気が付いていたのだが、父が亡くなってから叔父は豹変した。いや、本性を現したというべきか。

 王位継承権の順位は高くなかったにも拘らず、自分が王になれなかったことがひどく気に入らないと周りに当たりだし、俺が若いということもあり、何かと為政に口を出し始めたのだ。

 そればかりか、俺の知らないところで勝手にいくつもの事業を進め始めた。


「ステム。お前に聞きたいことがあるのだ」

「何?」

「わしが進めていた魔導工場建設を、勝手に凍結したのはどういうことだ?」

 

 非難を前面に押し出し、ガガドームは俺に怒りをぶつける。

 俺は眉を盛大にしかめた。

 何が勝手にだ。勝手に始めてのはそっちだろうが。


「先月も精霊から警告があったばかりだろうに。これ以上の魔導開発は控えよと」


 魔道開発とは、あまねく世界全てに満ちる、マナという自然界のエネルギー。それを強引に抽出し、より使いやすいエネルギーに変える技術を呼んだ。

 しかし、この魔導開発は後になってとんでもない副作用を及ぼすことが発覚した。

 自己の中に眠る魔力と、マナを掛け合わせて発現させるのが魔法であるが、その魔法よりもはるかにコストパフォーマンスが悪いことがわかったのだ。

 つまり、急激にマナを消費し、土地を枯らせてしまう。

 学者の見込みでは、このままでは百年しないうちに世界中のマナを刈り取ってしまうという結論に達していた。

 現在稼働している魔導工場だけでもそう予測が出ているのに、更に建設しようなどとは愚の骨頂であった。


「精霊? 精霊だと。馬鹿な。あんな奴らはわしらが魔法を使うための道具にすぎん。いいか、わしらはあんな実態を持たない下等な生物とはちがう、より高位の存在なのだ。いちいちそんな奴らの言うことを聞く必要がどこにある!」


 耳が腐る。

 俺達が魔法を使えるのも、魔導技術がこれだけ発展したのも精霊がいてくれたからこそなのだ。

 それを技術が発展したからといって忘れていいものではないはずなのに。

 この王朝末期の人類はひどく傲慢であったが、それを叔父は正に体現しているような存在だった。


「ハッキリ言おうガガドール」


 俺はあえて叔父を呼び捨てにした。


「王の名において、これ以上の工場開発はすべて白紙に戻す。工場の運営自体を縮小しようとしているのに更に建設するなどもってのほかだ!」

「き、貴様、叔父のわしに向かって・・・」


 叔父は歯軋りして悔しがったが、王の命には表だって刃向うことはできない。


「・・・わかった」


 これ以上、こいつと同じ空気を吸いたくはない。

 俺はそばで居心地が悪そうにしているアティシアを引きつれ、その場を後にした。

 だが、俺はこのガガドールを侮っていた。

 所詮はただの小者と決めつけていたのだが、その考えの甘さのツケは、後になって大問題に発展してしまうことになる。

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