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それはいつかの物語

 俺はアドルフと二人で酒場にやってきていた。

 路地裏にある酒場で人気があまりない。

 いったいどこに連れて行かれるのかと思えば、以外にもなかなか落ち着いていて洒落た雰囲気の酒場だった。

 酒場と言えば喧騒に包まれていると思っていた俺は少し驚いた。

 出される酒もつまみも悪くはない。

 というか、結構いける。

 なるほどここは穴場だ。


「まさかこんなところがあるなんてな」

「どうだ、気に入ったか?」

「おう」


 俺はそう言ってジョッキをあおった。

 アドルフはちらりとこちらを見た。


「あの娘は本当にお前の妹なのか?」

「ああ、間違いなく、な」


 正直今でも信じられない。

 二度と会うことはないと思っていた妹にもう一度会えるなんてな。


「聞きたいか?」

「・・・む」

「俺の事、妹の事」

「いいのか?・・・」


 俺はもう一度ジョッキをあおった。


「そろそろ頃合いかと思っていた。あの滅びの光≪メギド≫を見せたからな」

「あの、大魔法か。あれには驚いたぞ」


 そうだろうな。

 既存の魔法体系には存在しない、五つのエレメントをその精霊の王に直接呼びかけ、同時に使役し、全く別のエネルギーを生み出す大魔法。

 あんなものが誰でも使えたならば、この世界はとうに滅びている。


「あれはな。たった一つ。たった一つの存在を滅ぼすために開発された大禁呪。それ以外では本来使ってはならない魔法だ」


 まあ、だからこの間の事は本当にNGなのだ。


「・・・あんなものを使わなければならない存在など、想像ができんな」

「話してやるよ。昔々の物語をな」




******


「紅茶でも入れましょうか」


 ミラと特別クラスの生徒達は固唾を飲んでアティシアを見守っていたが、あまり話を聞くのに固くなってもいけない。

 ミラは気を効かせてお湯を沸かし始めた。


「ありがとうございます。え、と。ミラさん」

「いいのよ」


 ふと、アティシアは顎に手を当てた。


「そういえば、あなたは兄とどんな関係なのですか?」

「ふぇ!?」


 ミラはとっさの事で驚いた。

 どういう関係か、そういわれると少しドキドキしてしまう。


「他の方はわかります。兄の生徒ですよね? 『特別クラス』。この街に来た時に色々と聞きました。才能ある生徒を集めて創設された兄によるエリートを作り出す正に特別なクラス。その実力は先ほど見させていただきました。で、あなたは教師という訳ではないようですし。一体?」

「あ、あたし? なんて言ったらいいのかしら。スティーグのお世話をしているのよ」

「それは、その恰好を見ればわかりますが、兄に雇われているということですか? その割には随分と気安い関係のように見えますが、まさか、恋人・・・?」


 アティシアの瞳がギラリと光った。

 もし、兄の恋人であるならばしっかりと品定めをしなくてはならない。そんな顔だ。


『ち、ちがいます!』


 何故はミラだけでなく生徒を含めた全員が答えた。

 それにはアティシアも度肝を抜かれた。


「ま、まさか、まさか。あなた達。全員兄を・・・」


『・・・ないしょ・・・』


「はぁぁぁ。お兄様、またなんて罪深いことを」


 アティシアは額に手を当てて項垂れた。


「は、話が脱線しています。今はスティーグ先生の話です」


 なんとかこの空気を換えようとクレアが叫んだ。

 アティシアはまだ動転しているのかこめかみに手を当てながら目を閉じている。


「そう、ですね。話を続けましょうか。兄の事ですね」


 気を取り直して、アティシアはすっと顔を上げた。


「私の名はアティシア。アティシア・ラ・ムー。そして、兄の本当の名はステム・ラ・ムーといいます」


 全員に戦慄が走った。

 話の流れからスティーグというのが本名ではないとは思っていたが、やはり、こうして本当の名を聞かされるとショックが大きい。


「何故、先生は別の名を名乗ったのでしょうか?」


 シャルロッテが疑問を口にした。


「誰も、自分の事を知っている人間がいないからでしょう」


 皆、首を傾げる。

 それはいったいどういうことなのか、すぐにはわからなかった。


「私達はこの時代の人間ではありません。遥かな太古。一万二千年前に栄えたムー王朝。その最後の王、ステム・ラ・ムー王。それがあなた達の知る『スティーグ先生』の本当の姿です」



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