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「は? 属国になりたい?」


 リセリアはまたもポカンと口を開けた。

 今元帥から言われたのだ。

 カルドニアが属国になりたいと言って来たと。


(何がどうしてそうなった!?)


 意味が分からない。

 一体何がカルドニアに起きたというのだ。

 あれだけ我が国に敵対していて、ずっとこの国の領土を狙っていたカルドニアが、急に従属してくるなど信じられない。

 何かの策か? と思えてしまう。


「何故その様な話に?」


 恐る恐る理由を聞く。


「先日、スティーグがカルドニアに攻め込んだという話を致しましたが、あれが原因です」


「・・・そうだとは思いましたが、一体何がそのスティーグとカルドニアの間であったのです?」


 たった一人、カルドニアに攻め込んでそれでどうなるものでもないだろうと思う。


「草からの報告ですが、スティーグは要所の砦を次々に破壊していったそうです。単身なのだからいくらでも回り道できたでしょうに、それもせずに堂々と」


「敵も反撃したでしょうね?」


「勿論そうでしょう。ですが、スティーグはそれら全てを跳ね除けた」


 ジワジワと、リセリアはスティーグの恐ろしさが分かってくる。

 本当にそんなことが出来る人間がいるのか?


「そして、最後の難関砦にカルドニアは兵力を集結させたそうです。およそ七万の軍勢を揃えて事に当たったとのこと」


「七万!?」


 たった一人に対して七万の軍勢を揃えた。

 いくらなんでも大袈裟ではないだろうか?


「確か、こちらの調べ上げた情報では、七万というのはカルドニアのほとんど全兵力なのではないですか?」


「その通りです。カルドニアはたった一人の為に国の全力を注いできたのです」


「・・・それなのに、スティーグは生きていると? カルドニアの全力を退けたというのですか?」


「報告ではスティーグは何千かの兵を戦闘不能にして、そのまま敵軍の大将を殺害。その後で見せたそうです。・・・これはにわかには信じられませんが、この王都を丸ごと全て破壊してしまうほどの大魔法を放ったと」


「王都を丸ごと?」


 リセリアの喉が干上がった。

 この王都は端から端まで移動するには馬車で何時間もかかる。それだけ広いのだ。

 それを全て飲み込む、だと?


「そんな大魔法があるのですか?」


「ない、筈です。少なくとも既存の魔法にはない筈です。なのでスティーグのオリジナル魔法ではないかと」


 スティーグただ一人にしか使えない。

 必殺の魔法。


(つまり何? カルドニアは心底ビビったってわけね。スティーグに。だから尻尾を振るからもう許してってことなの?)


 ずっと敵国であり、いつまた戦争を始めるかも分からない敵国が服従してきた。

 嬉しい誤算だが、いきなり過ぎて喜べない。

 それにスティーグ。

 とんでもない男だ。


「その、スティーグという人物は、国に忠誠を誓っているのですか?」


「それは・・・」


「元帥。ここは正直におっしゃって下さい」


「はっ。あの者は、自由気ままな性格で権威にはなびきません。逆に傲慢な貴族などには敵意を向けるようで」


「お金でコントロール出来ませんか?」


「金も先の大戦でかなりの収入を得ています。貪欲に金を欲しがるタイプでもなく」


 権威になびかない。

 金でも動かない。


 それでいて、自分の気に食わない様であれば国にさえ喧嘩を売る男。

 そんな奴をどうしたらいいのだ。


(トイレ行きたくなって来た。なんでそんな危険人物がうちにいるのよ! ああいや、よその国にいるよりマシか。いや、この場合どっちがいいかわかんないわね)


 リセリアはため息をついた。


「スティーグに弱点はないのですか?」


「情には厚いようです。教えている生徒達を大事にしていると」


「そっ」


 それならば生徒を人質に!

 いや、嫌な言い方だが、逆に優遇するというのはどうだ?

 甘い待遇をすればこちらになびくのでは?


「あまり、生徒達にちょっかいをかけるのはお勧めしません。何があの男の逆鱗に触れるかわかりませんから。それが例えあちらに有利な条件でも、利用されていると分かれば牙を剥くと、報告が上がっています」


(じゃあどうしろって言うのよそいつ! なんなわけ! まるで狂犬じゃない!!)


 リセリアは元帥に分からないように歯軋りした。


「幸いといいますか、スティーグ自身が自分から何か率先して行動することはない様です。今回の一件も元々はカルドニアがスティーグにちょっかいをかけたことが原因。触れないことが一番です」


「そう、ですか」


 利用できず、国を破壊しかねない爆弾。

 厄介極まりない。


(いつか、会う事になるかもね。そのスティーグに)





「カルドニアが属国に?」

「あちらから打診してきたそうだ」


 カルドニアとのいざこざからしばらく経った頃。

 このエルベキアにも本格的な冬がやってきた。

 そんなある日、アドルフからカルドニアがエルベキアの従属国として従うといった内容を持って、使者がやってきたそうだ。

 つまりはこうだ。

 カルドニアは心底俺に(特に最後に使った大魔法滅びの光≪メギド≫)にビビったのだ。

 俺の気分一つで何時あんなのが撃ち込まれるかわからないと考えたカルドニアは、ならいっそエルベキアの属国になれば安心ではないか、という結論に至ったそうだ。

 どうもカルドニア公は少し弱腰らしい。

 別に俺はエルベキアの国とは何の関係もないのだが、それをあちらに言っても信じはしないだろう。

 俺が軍の強い影響力を持つこの学園の教師をしていることも加味されているのだろう。

 考えようによっては俺も、そしてカルドニアも元帥や理事長であるベネデットにうまく利用されたということだ。

 さすがにその事で軍上層部をどうにかするつもりはない。俺を良いように使えばどうなるかは以前ベネデットに痛いほど解らせている。

 これ以上俺を使って何かを企むということはしないはずだ。

 多分。


「まあ、どうでもいい。あっちの国がどうなろうと」

「まあ、属国になるのだから、多かれ少なかれ摩擦は生まれるだろうがな」

「これで戦争もなくなるかしら?」


 ミラが俺達にお茶を入れながら思案顔をした。

 そうなってくれればしばらくは平和が続くことになる。

 これから面倒なごたごたが少なからずあるだろうがな。

 そんなことを話していると、午後の通常授業が終わり、特別クラスの生徒達がぱらぱらと特別クラスの闘技場に入ってきた。


「ふぅー。しんどいー」


 最初に来たステラが目をバッテンにしたような顔で現れた。なんだかひどく疲れているようだ。


「どうした?」

「あー、先生。聞いてくださいよー」


 ステラが話しているうちに他の生徒達も闘技場に集まってきた。

 何故か皆疲れているようだ。


「カルドニアで先生が戦った話が学園内でもちきりなんですよ。カルドニアの砦をことごとく一人で突破したとか。カルドニア全軍を相手に戦ったとか。都市を滅ぼすような大魔法を使ったとか」


 他の生徒達もうんうんと頷く。どうやらこいつらの疲れもステラと同じらしい。


「こういった話には尾ひれがつくものですが、ハッキリ言って、先生の話には必要ないですよね。これ以上付けようがないんですから」


 クレアがため息交じりにそう言った。


「女生徒の間では、スティーグ先生の英雄譚が話題になっていますね。私にも詳しく話を聞かせろとせがまれました」


 シルフィーはどこか面白くなさそうにそう言った。

 これにシャルロッテが同意する。


「困ったものですわね。ここに来るまでも女生徒達を振り切るので大変でしたのよ。ここは立ち入り禁止だって念を押したんですから」


 そんなことになっていたのか。

 俺は授業中にこっちに来たから全然わからなかったが、そういえば、最近校舎の窓から俺を見つめる視線をやけに感じるようになったが、そういうことなのか。


「ふ、む。ちょっとめんどうだが、女生徒にちやほやされるのは悪い気はしないな。うむ」


 ギラ!


 ウオ! なんだ。いきなりこいつらの視線が鋭くなったぞ。なんだか背中がぞくぞくする。

 こいつら時々おっかないよな。女、怖いな。

 と、そこへ入り口から一人の少女が入ってきた。


「あ、ここは関係者以外立ち入り禁止です!」


 俺を追いかけてきたファンと思ったのか、やや険のある声でシルフィーが通せんぼをした。

 だが、その少女はシルフィーを全く無視してすっとその脇を通り過ぎた。

 シルフィーも俺も目を見張る。

 シルフィーは油断していなかった。確実に道を阻もうとしていたのだ。

 そのあいつを呼吸を読み、何事もなかったように通り過ぎるとは。

 俺はここで初めてこの少女をよく見た。

 年はおそらく15~18.

 身長は160前半くらい。体系はややほっそりとしているものの出る所は出ていてシルフィーに似ている体系かもしれない。

 いや、そもそもこいつはこの学園の制服を着ていない。街の娘が来ているような恰好をしている。

 髪は黒く肩の下あたりまでかかっており、艶がある。そして、気品を感じた。

 んん? あれ、こいつは・・・

 いやいや、そんなはずがあるか。あいつがここにいるわけない。


「とうとう、見つけました」


 そう言うと少女は俺にいきなり平手打ちをしようとした。

 俺はとっさに少女の手を掴む。


「っつ! なんで掴むんですか!」

「いきなり叩こうとするやつを止めるのは普通の反応だ馬鹿。なにしやがる!」

「まさかあの時、私を置き去りにして、なかったことにするつもりではないですよね。お兄様!」


 !!!!

 おいおいおいおいおいおいおい!!

 まさか、まさかこいつは。


「まさか、アティシア、なの、か?」


 少女は、アティシアはこくりと頷きながら再度俺を睨んだ。


『お、お兄様ーーーーー!!』


 特別クラス闘技場に俺とアティシア以外の人間の絶叫がこだました。

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