それぞれの想い
コリムンダル要塞周辺では徹底した山狩りが行われた。
数では圧倒的アドバンテージを誇るカルドニアは惜しむ事無く人員を投入し、広範囲に渡って捜索を続けた。
しかし、無駄な事である。俺は撤退した後に飛行魔法でかなりの距離を移動した。
それこそ徒歩で二日かかる距離は離れたはずだ。これでは見つかるはずもない。
奴らの思惑が俺を休ませないことにあるのならば、この際、それを逆に突き、徹底的に探してもらおう。疲れるのはそちらだ。
二日目。
俺はまだ薄暗い内に飛行魔法で要塞からほど近い山に降り立った。
捜索はいまだに続いていた。
所々にランプの光が灯っていたので、俺はそれらを目印に回避しながら要塞を目指した。
思った以上に手間取ってしまい、要塞にたどり着いた頃には日が完全に上っていた。
「よお、おはようさん」
「す、スティーグ!?」
これだけの捜索の網を縫って現れたものだから、発見した兵士は仰天していたが、すぐに気を取り直して大声で周りに呼びかける。
「スティーグだ。スティーグが現れたぞー!」
カンカンカンとドラが鳴り響き、寝ている兵達も飛び起きた。
多くの兵達がこの寒い中、簡単なテントで野営をしていた。
まあ、この人数だ。いくら要所にある大要塞といえども収容できるはずがないからな。
俺はしっかり離れた村で宿を取り、熟睡させてもらったぜ。
昨日倒した兵達は皆下がらせたようで倒れている兵士はいない。
昨日の後半よりはずっと動きやすい。
俺は愛刀のダーウィンスレイブを引き抜き、まだ動きがぎこちない兵士達に斬りかかった。
「くそ! 今までどこにいたんだこいつ」
「愚痴っている場合か。体勢を立て直せ」
動揺している今が好機。削れるだけ削る。
昨日、一日中戦って数を減らしたというのに、兵の数はまだまだ多い。
これは終わるまではまだまだ日数がかかりそうだ。
などと余裕で考えている場合ではない。兵達は死にもの狂いで隊列を組み直し、攻撃を仕掛けてきた。
カルドニアの攻撃パターンは昨日と変わらない。
小隊規模で隊列を組み、取り囲んで長い槍で突く。
通常の人間であれば有効な攻撃だが、あいにくとこちらには無双の剣ダーウィンスレイブがある。
鉄製の長い槍もこの剣にかかれば紙も同然。スパスパと斬れてしまう。
この剣の恐ろしいところはその威力以外にもその強度である。
この戦争であれだけの兵士達を斬ったというのに、刃こぼれ一つしないし、切れ味もまるで落ちないのだ。正に魔剣だ。
俺は隊列を組む万の敵を前にしても臆することなく剣を振り続けた。
こうなれば後は昨日の焼き回しだ。しばらく足でかき回し、剣で急所を外しながら斬る作業が続いた。
らちがあかないと考えたか、敵は次なる攻撃手段に出た。
「網だ。網を投げろ!」
おっとぉ!?
良く編み込まれた丈夫そうで巨大な網が、俺の頭上に広がった。
これで網に捕まれば袋叩きにされて一巻の終わりだ。
しかし、やはりこの場面でもダーウィンスレイブが俺を救ってくれた。
いかに編み込まれた縄でもこの剣に斬れないものはない。頭上で広がる網を高速で斬り付ける。頭にかかる頃には細切れになって網は、その効力を発揮することなく、地面に落ちた。
「な、なんて奴だ」
「くそ。バケモノめ。怯むな。攻撃を続けるんだ!」
さすがに数がまだ十分に残っているだけあって、士気の衰えは見られない。
やはり長期戦になるだろうな。
ダダン。ダン。ダン。ダダン。
お? ドラが鳴り響いた。
今まで果敢に攻めていた兵士達がさっと俺から離れていく。
今のドラはなんの合図だ?
要塞を見上げると疑問が氷解した。
弓だ。塀の上に黒一色の弓兵達が弓を構えていた。
そして、弓兵から矢が放たれた。それは正に矢の雨。天を覆う矢が、雨あられと俺に向かって降り注いだ。
「なんの!」
俺は剣を構え迎撃態勢を取る。しかし――
ガガガドドドーーーーン!!!!
宙を飛び交う矢は氷の魔法によって迎撃された。俺ではない誰かによって。
この魔法は!
俺はとっさに魔法が放たれた方向に視線を向ける。
「シャルロッテ!」
そこのいたのはシャルロッテだけではない。シルフィー、クレア、ステア、セリス、アドルフまでが。
俺は魔法で大地に電流を流し、一帯の兵士達を麻痺させた後、後退し、あいつらと合流した。
「てめえら何故来た!」
俺は生徒とアドルフを一喝した。しかし、こいつらも引かない。
「水臭いっすよ先生」
「先生。どこまでもお供いたしますわ」
シャルロッテとステアがまず俺に詰め寄る。
「足手まといだ。帰れ!」
「先生。そろそろ実習訓練をしてもいいのではないですか?」
「あたしも襲われたんです。先生。これは先生だけの問題じゃないはずです」
「一緒。ずっと一緒」
シルフィー、クレア、セリスも俺に詰め寄る。
「アドルフ、てめえ、こいつらを任せるっつっただろうが!」
「まあ、彼女らに言いくるめられたのは確かだがな」
アドルフはひょいと肩をすくめる。
「だが、気持ちの上では私も同じだ。私も彼女らもお前と一緒に戦いたいんだ!」
「これは殺し合いの戦場だぞ。授業じゃねーンだ」
「彼女らは必ず俺が護る。我が剣にかけて。それでも足りなければ・・・」
アドルフは一旦言葉を切る。
「それでも足りなければ、我が友、特別担任教師スティーグの名にかけて誓おう!」
俺は目を白黒させた。
アドルフとは出会いからしていいものではなかった。
席は置いているものの軍から離れ、副担任教師としてこいつらの面倒を見て、変わったな、こいつ。
あいつらのおかげか。
俺は教え子たちを見渡す。
皆、覚悟を決めた顔をしていた。
まったく、しょうがねーなぁ。
「いいかテメエら! こいつは殺し合いの戦場だ。情けは駆けるな。確実に殺せ。さもなきゃ死ぬぞ」
『はい!!』
俺のこだわりをこいつらにも強いるつもりはない。
下手に手心を加えればこいつらがやられるのだ。
俺はカルドニア軍に向き直る。
さあ、こっからは巻で行くぜ。
俺を、俺達を敵に回したらどうなるか、見せてやるぜカルドニア!




