七万対一人
クギュール砦を落としてから一週間。
俺の北の旅はひどく肩すかしなものになっていた。
というのは、クギュール砦以降の要所に設置されている砦には人っ子一人いなかったからである。
他の旅人や商人達も唖然としていたが、どうやら大きな戦争に向けて人手を駆り集めているらしいという噂が流れていた。
戦争相手は俺、スティーグであると。
それからしばらくは急ぐこともなく、気ままな一人旅を続けていたのだが、このカルドニア最大の要所と言われるコリムンダル要塞で遂にそれと、いや、それらと出くわした。
「多すぎだろうこれは・・・」
要塞の周りをぐるりと大勢の兵が取り囲んでいた。というか、囲んでいる数が多すぎる。
カルドニア軍で支給されている鎧は黒いので正にその様は黒い絨毯が要塞の周りとその平野に敷き詰められている様だった。一体何万いるのだろうか。
正にカルドニアの本気。おそらくはほとんどすべての兵がここに集まっているのだろう。
この俺一人を倒すために。
しかし、これだけ揃っていると俺の中で悪戯心がむらむらと湧き上がってきた。
この要塞を回避することは難しくはない。少し迂回すれば済むことである。
もし仮に、この要塞をスルーして、いきなりカルドニアの首都に俺が向かったらどうなるだろう?
この国の王であるカルドニア公の前にいきなり俺が現れたら?
『なぜお前がここにいるんだー。まさか、要塞が落とされたのか!?』
なんてことになるんじゃないだろうか?
考えただけで面白い。やってみたいという思いが膨れ上がってくる。
「まあ、さすがにそれはやらんがな」
ハッキリ言えばあちらの思惑に付き合ってやる必要はどこにもない。
だが、俺はカルドニア攻略に来たわけではない。
奴らに恐怖を植え付けるために来たんだ。
とはいえ、流石の俺もあれだけの軍隊を相手に戦った経験はない。
もしかしたら、俺であっても不覚を取る可能性はある。
「まあ、やってみようか!」
今回は奇襲はしない。正々堂々と真正面から行く。
俺はゆっくりと歩を進め、要塞の前に進み出た。
この物々しい空気の中、ここに足を踏み入れるのは相当の度胸がいるだろうが、それでもこの要所を通らないと旅人や行商の商人には大打撃である。通る人間は当然いるだろう。
俺が一人、前に進み出ても問答無用で攻撃を仕掛けてくる兵士はいなかった。
「そこで止まれ!」
兵の一人が槍を突き出し、俺を威嚇するように命令した。
「何者だ! ここは今、緊急警戒態勢が敷かれている。身分証があるならば速やかに見せよ」
俺は動じずに辺りを見渡す。俺の風貌がどれほど伝わっているかは分からないが、俺を見つめる兵士達の中には俺を知っている者はいないようだった。
「身分証か。そういえば、教員許可書を一応貰ってるんだったか?」
「教師、なのか?」
「そうそう、エルベキアで教師をしている――」
その言葉に周囲が一瞬硬直する。
「――スティーグっていうんだけどな」
「敵襲ーーーーーーーーーーーー!! スティーグが現れたぞー!!」
うわあああああ!!!!
ざわつきが伝染し、ピーピーと笛が鳴り響いた。
『慌てるな。訓練通りに速やかに攻撃を開始せよ!』
要塞の城壁の上から拡散魔法で指示が飛び交う。
俺は目を凝らして指示した人間を見つめた。なるほど、あれが指揮官か。
「んん?」
あの勲章は・・・大将?
「へえ、これはこれは」
こっちの軍の最高司令自らがお出ましか。てっきり、公都で待っていると思っていたが、どうやら本気の本気らしいな。
兵士達が列をなして同時に槍を突き出す。おっと、俺はとっさに後ろに下がって躱した。
そして左右の横からも槍を突き出す。
突き出す動きに乱れがない。相当練度が高い。
俺が前列に攻撃を加え、突き崩そうとしても、すぐに後列の兵と入れ替わりまた突きを繰り出してくる。これが、前左右から次々に繰り出される。確かファランクスという隊列だ。
ならこれはどうだ。
俺は剣を振り回し、大回転切りを決める。突き出された槍を斬りつけ、その衝撃波で周辺の兵士を吹き飛ばした。
隊列が乱れた機に乗じてここぞとばかりに斬り付ける。
一瞬にして状況はこちらに傾いた。兵士達に動揺が見られる。付け入るなら今だ。
「おおおおお!!」
大地に剣を突き立てる。大地が揺れ、雷が地面を這い、周囲に伝染する。威力はそうでもないが、広範囲の地と雷の複合魔法だ。俺を中心に兵士達が痺れて倒れていく。
こうなると周りには倒れた兵士で埋め尽くされ、動ける場所がなくなる。
一旦後ろに下がり、場所を変え、また兵士達に斬りかかる。
『怯むな! 手強いのは分かっていたことだろう。囲め。一時も休ませるな!』
城壁の方から指示が飛ぶ。
あちらには圧倒的な数の優位がある。狙いは俺の体力切れか。だが、そううまくいくかな?
今は無心で剣をひたすらに振り続けた。
******
何時間戦っただろう。
日が沈みかけた。戦場は死屍累々であった(ほとんど死んではいないが)
前線の兵士達が肩で息をする中で、俺は変わらずへらへらと笑いながら、剣を振り続けていた。
『ひ、怯むな。奴とて生き者だ。必ず疲れは来る』
枯れた声が辺りに響く、ぶっ通しで戦っていたから、さすがに俺も疲れが出てきた。
いったい何百、いや、何千倒しただろうか?
これが俺が全力を出し、ダーウィンスレイブの力を全て解放し、殺傷能力の高い魔法をバンバン使えば、既にケリがついていたんだが、兵士をなるべく殺さないこだわりを俺は捨てていなかった。
この縛りがある限り、長期戦は必至だ。
「今日はこんなものか。一旦失礼するぜ」
「!?」
あちらは順番に休憩を取り、こちらを一方的に攻撃し続ける腹積もりだったのだろうが、そこまで相手に付き合う必要はない。
俺は腰の道具袋から煙幕弾を取り出すと地面にぶつける。
辺りにもうもうと煙が上がり、視界が塞がった。
『に、逃がすな! なんとしてもやつをここに押し止めろ』
大将の焦りの声が響く。しかし、この煙では視界が悪く、俺を捉えることは出来ない。
「また明日な」
煙が晴れる頃には俺の姿はどこにもなかった。




