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恐怖の浸透

 エルベキア城内。


 この国には一人の王女がいる。

 名をリセリア。

 煌めく様な美しい金の髪と宝石の様な瞳、碧眼を持つ美しい姫である。

 容姿端麗、頭脳明晰、品行方正。

 国民から絶大な支持を持つ十八歳の女の子。

 それがリセリアである。

 若き英才のリセリアは執務を終え、優雅に宮廷を歩いていた。

 すると、前方からこの国の元帥が歩いてくる。

 何やら酷く憔悴した様子で。

 不審に思ったリセリアは声をかけた。


「ラーゼン元帥。ご機嫌様」


 男性が見ればときめかずにはいられない華やかな笑顔で語りかける。

 が、今の元帥には効果がなかった。


「・・・あ、は。姫様。こんばんわ」


「どうなさったのですか? 顔色が優れませんが?」


「これは、その」


「元帥?」


 何やら葛藤している様子の元帥であったが、何かを決意した様子で口を開く。


「姫様もカルドニアとの休戦協定ではご尽力なさった。知る必要がありましょう」


「・・・一体何の話ですか?」


「実は」




「・・・は? え? カルドニアに喧嘩に行った?」


 リセリアはポカンと口を開けた。

 いつも理知的はリセリアにしてはかなり珍しいマヌケな顔だ。


「スティーグというのは先の大戦で多大なる功績を上げたという、あの英雄スティーグのことですか?」


「はぁ、そのスティーグなのですが」


「そのスティーグが暗殺されかけた報復にカルドニアに武力で攻撃すべく乗り込んだと?」


「その、通りです」


 リセリアはなわなわと震えた。


(はあ!? 何よそれ! こっちが和平交渉にどれだけ骨を折ったと思ってんのよ! これでまたカルドニアと戦争にでもなったらどうしてくれんのよ! 殺すわよそいつ!!)


 説明しよう。

 リセリアは表向き品行方正であるが、実はかなり口が悪い。


「・・・何故止めなかったのですか?」


 震える声で問いかけるリセリア。


「その、口で言って聞く相手ではなく、力ずくも、難しい相手でして・・・」


(何よそれ! あんたの立場でそれが出来ないってどうゆーことよ! ぶちころがすわよこのハゲ!!)


「ひ、姫様?」


 リセリアは我に返り気力で薄く笑う。


「お父様にはこのことは?」


「伝えました」


「そう。では、カルドニアに潜入している草(密偵)にスティーグを監視する様に伝えなさい。場合によっては実力行使をしてでも戻らせなさい」


「それは、不可能です」


「不可能、とは?」


 リセリアは怪訝な顔で問い返す。


「あの男に力で挑めば、それこそ何千単位の武力が必要です」


(はぁ!?)


 リセリアは絶句した。

 何千単位の武力?

 何だそれは? 一騎当千という言葉はあるがそれを体現するような人物が本当に存在するとでも言うのか?


(冗談じゃないわよ? つまり何? 今にも戦争が起こしそうなヤバい奴がいるっていうのに黙って放置しろってーの!?)


 リセリアは頭皮に脂汗を浮かべてそれをハンカチで拭き取る元帥を見た。

 なるほど、この元帥も今の状況をよく思っていないのだろう。当然だが。

 それなのにどうしようもないというのか。

 本当になんなんだ、そのスティーグという男は?


(はぁ、勘弁してよ)


 リセリアは深い、深いため息をついた。

 とんでもない話を聞いてしまった。

 二国間の争いが激化する予感をひしひしと感じながら、リセリアは重たい気持ちで一杯だった。


 後日、とんでもない話を聞かされるのだが。






「す、スティーグが攻めてきた、だと?」


 カルドニア軍大将執務室に激震が走った。

 大将であるユリウスは手をワナワナと震わせ、報告を立ち上がって聞いていたが、しばらく放心した後に、力なく椅子にもたれかかった。

 恐れていた事態が現実に起こってしまった。

 それにしても、エリザベートが任務に失敗したという報告はまだ届いていない。

 しかし、これはタイミング的にエリザベートが任務に失敗したということを意味していた。

 だがしかし、それにしたって。


「早すぎる・・・」


 おそらくはエリザベートが失敗してすぐに行動を開始したのだろう。そうでなければこのタイミングでカルカド砦が落とされた説明がつかない。

 単身ゆえの身軽さか。軍を揃えていては絶対にありえない速度での行動だ。


「ここまで、どれほどかかった?」


 ユリウスはカルカド砦から報告に来た兵にここ、王都までの到達日数を問いただした。

 伝書バトを使い、簡単な情報は伝わっている。

 しかし、こうしてハッキリと報告があるまではにわかに信じられなかった。


「は、早馬で三日であります」

「緊急のマニュアルに従い、馬を乗り換え、休憩もほぼ挟まずに走り抜けたな?」

「は!」

「被害はどれほどか?」

「それが、重傷者は出ましたが、死者は数名出た程度です」

「数名?」


 人の死に多いも少ないもないが、それでもモラルは別にして、やはり砦一つ落とされてその人数は異常であった。


「即死した人間は一人もいません。手当てが間に合わず、亡くなった兵はどうしても出ましたが」

「そう、か・・・」


 釈然としないが、カルカド砦が落とされて三日が経過した。

 スティーグが通常のルートを通るならば、そろそろ次の砦であるギドル砦に到達することだろう。

 それもまた釈然としない。

 一人なら砦を迂回するルートが当然あるはずだ。

 何故、正規のルートに拘る?

 解らないが、それならば次も正面から、即ちギドル砦に向かう可能性が高い。しかし、今からそこを守っていては間に合わない。

 このカルドニアにはエルベキア方面から進行した場合、要所に砦が八つ設置されている。

 ならばギドル砦は諦め、次のクギュール砦に兵力を集中するべきだ。

 ユリウスはこの場に同席していた中将アルバートに向き直る。


「二個大隊をすぐにクギュール砦に集結させよ。ここでスティーグを叩く」

「二個大隊、ですか?」

「問題があるか?」

「は! すぐに」

 

 アルバートはすぐさま執務室を後にした。

 当然であるが本来、たった一人に二個大隊を向かわせるなどあり得ない。しかし、大戦時にはスティーグには大隊規模の軍をたった一人で蹴散らされた過去がある。用心に越したことはなかった。

 さらにユリウスは書面をしたためることにした。

 各地に分散させている兵力を招集しようとしていたのである。

 無論、今から招集した所で、クギュール戦には間に合わない。

 もし、クギュール砦で見事スティーグを討ち果たすことができれば混乱を招くだけの指示であるが、この判断は一つ間違えると取り返しがつかないことになるとユリウスは思った。


「・・・スティーグ、恐ろしい魔人。なんとしても奴を叩く。それができなければ、このカルドニアは破滅する」




*******


 鳥が鳴いている。

 空は高く、空気は澄んでいてとても美しい。その分寒いけどな。

 このまま北に北上するなら、防寒具を一式揃えなければならないだろう。

 俺は昨日、二個目の砦を落とした。それはそれとして、北の旅を楽しいんでいた。

 思えば、放浪の旅をしていたのは今から四年、いや五年前か? こうして旅を楽しむのも久しぶりだな。

 二個目の砦であるギドル砦は報告が行っていたのか、さすがに警戒はされていた。

 しかし、それでも兵力はさして変わらなかった。いや、最初の砦に比べれば少ないくらいだ。

 攻略の仕方は最初の砦と変わらず、指揮官を倒すことで終わらせた。

 俺は近くの村に立ち寄り、酒場で酒を飲んでいた。

 茶を飲むことの多い俺だが、別に下戸という訳ではない。酒もしっかり飲む。

 しかし、この場合俺が酒場に来たのは情報収集をするためであった。

 俺はカウンターで酒を飲み、店主に面白い話はあるかと尋ねた。


「あんた、旅の人かい?」

「まあ、そんなとこ」

「厄介な時に来たね。早いところこの国から出た方がいい」


 店主はそっと小声で呟いた。

 俺は白々しく首を傾げる。


「そりゃまたどうして?」

「知ってるかいあんた。魔人スティーグを?」

「さあ? 魔人て、なんのことだ?」

「あんたどこから来たんだい。スティーグを知らないのかい? 先の大戦でこの国を大混乱に陥れた正に魔人、いや、魔王さ」


 おいおい、すげー言われようだなこら・・・


「魔王ってのは魔族領の統治者だと思うんだけど?」

「ああ、やつが魔族って言った方がみんな納得するんじゃねーのかな。聞くところによると姿形は俺達人間と変わらないらしいんだよ」


 ・・・その言い方だとマジで俺が人間に分別されていないみたいじゃねーか。

 一応俺は生物学上、人間なんだけどなぁ。


「・・・うん。で、そのスティーグがなんだって?」

「どうも攻めてきたらしいんだよ。このカルドニアに」


 店主はいっそう声を潜めて言った。

 砦からほど近い村には、やはり情報が伝わっているのか。


「そりゃ大変だ。でも一人なんだろう?」

「数年前の大戦じゃあ、そいつ一人のせいで戦争に負けたって話だ。全くとんでもねーバケモノよ」


 うん。親父、酒ぶっかけんぞ?


「その事、もう王都まで話が行っているのかね?」

「さあねえ。でも、早馬で走らせたなら、そろそろいくんじゃねーか。俺は軍隊の事はわからないが」


 ふむ。情報の伝達速度からいってそろそろ伝わっている頃だろう。

 ならば、次の砦辺りで大幅な増員が予想される。

 急げば増員前に砦を落とし、増員分の兵をやり過ごし、混乱させることも不可能ではない、が。


「あえて、乗ってやろうかね」

「ん? なんて言った?」

「ああいや、なんでも、親父、この酒うまいぞ。きついけどな」

「はは、特製の火酒さ。つまみいるかい?」

「おお、くれくれ」


 まあ、ゆっくりと行こうか。旅は楽しまなくちゃな。

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