スティーグ戦争を開始する
学園のある王都エルベキアから遠く北にある地カルドニア公国。
冬は厳しい寒さに覆われるこの地は、そのおかげで冬の侵略はまったくない。
エルベキアの国境からほど近くにこのカルカド砦があった。
エルベキアと国境が近いため、春以降はエルベキアとの小競り合いが多いカルカド砦であるが、今は比較的平和だった。好き好んでこの時期に攻めてくる国はない。
この砦を任されているサージュン少将も、今日も朝起床し、規則正しい日課を終えて就寝すると信じて疑っていなかった。
しかし、その彼の中での常識は今日、打ち砕かれることになる。
ズッドォーーーーーーーーーーーーーン!!!!
砦に大音量がこだまし、激しい揺れが襲った。
「な、何事か!」
地震? いや、それにしては揺れがおかしい。揺れはすぐに収まったが城門付近が慌ただしい。
そこに兵士が一人、執務室に飛び込んできた。
「敵襲! 敵襲です!!」
「な、なんだと!?」
この時期にか? 何故攻撃されるまで気付かなかった? 相手はどこだ? エルベキアか? 様々な疑問が湧くがまずは。
「敵の規模はどれほどか?」
「そ、それが」
「大体でいい。ざっとどれほどなのだ?」
「一人、です」
「・・・なん?」
「た、たった一人の男が、破城槌も使うことなく、我らが堅牢な城門を破壊し砦内で暴れまわっています!」
「ば、馬鹿な!」
そんなことができる人間がいるはずがない。そう言いかけてサージュン少将は止まった。
いる。そんな馬鹿げたことができる人間が、敵国に、いや、世界中見渡してたった一人だけ。
「魔人スティーグ」
「あ、あの大戦で我軍に大打撃を与えた?」
「あの魔人が、攻めてきた・・・」
*****
一日前。
「こちらから攻撃を仕掛けるというのですか?」
エリザベートの襲撃からすぐに俺は体を拭き、着替えをすますと、すぐさまアドルフを伴ってエルベキア軍最高司令元帥の元へと向かった。
事態の概要を説明し、俺はすぐにでもこちらから攻めるべきと元帥に申告したのだった。
「奴らは二度、襲撃に失敗した。これからは更に慎重になるだろう。攻めるなら今がチャンスなんだ」
「しかし、間違いなくカルドニアという証拠が・・・」
「言質は取れなかったが、まず間違いないだろう」
「なんとか生け捕りにしてほしかったですな」
元帥は非難のこもった眼で俺を見た。
「仮に生け捕りにできたとして、カルドニアがそれを認めるか?」
「それは・・・」
「そんな人間は知らぬ存ぜぬを決め込むに決まっているだろう? 暗殺失敗の常套手段じゃねーか」
「確かにその通りですな」
「それにな、別にお前らが動く必要はない。俺一人で行く」
「一人? 一人でカルドニアに攻め込むおつもりか?」
「そっちの方が動きやすいんでね」
「いくらなんでもそれは・・・」
無謀。と、言いたいのだろうが、ここで足手まといがいるよりも一人で動いた方が俺にとってはやり易いのだ。
「俺は別にお前さんに許可をもらいに来たわけじゃないぜ。一応これから俺がおっぱじめることを伝えておこうと思っただけだ」
元帥は渋面を作る。こうなったら俺は止められないと思っているのだろう。
あっちから喧嘩を仕掛けてきたんだ。俺は別にバトルジャンキーではないが、売られた喧嘩は買ってやる。
「ま、そんな訳だ。じゃあ、行ってくる」
「え、今からですか?」
「そのつもりだけど?」
あんぐりと口を開ける元帥の執務室を俺は手を振り振りしながら後にした。
さあ、一旦家に帰り旅支度を整えて出発だ。
「やはり、俺も行くべきではないか?」
アドルフが俺に付いてきた。
「必要ない」
「しかし」
「足手まといだ」
「っつ!」
アドルフの手が強く握られたのが分かった。
アドルフだけではなく、もちろん生徒も連れてはいかない。
こいつが無能というつもりはないのだが。
俺はぼりぼりと頭を掻く。
「あいつらを頼むわ」
「・・・わかった」
俺は旅支度を整えるため、家に向かった。
まずはカルカド砦。そこを落とす。
*******
ダーウィンスレイブを閃かせ、城門を破壊した俺は砦内に侵入し、軽快なフットワークで混乱している敵を次々に打ち倒していった。
敵兵達は混乱のるつぼの中にあったため倒すのは簡単だ。
次々に砦から現れる兵たちを倒し、俺は走った。
さっさとこの砦の司令官を倒す。それでこの砦は機能がマヒするだろう。
しばらく敵を倒しながら走ったところで、それっぽい部屋を見つけたので俺は扉を蹴破った。
中には軍服を着た中年の男が一人いた。勲章からしてこいつが司令官だろうか?
「も、もうここまで来たというのか!」
「よお。お前が司令官か?」
男は剣を構え、俺と相対した。
「この砦を任されているサージュン少将である」
「そうか、俺はスティーグ」
「・・・やはり」
こいつは俺の事を知っているらしい。俺も有名になったもんだ。
「降伏してくれると助かるんだけどな」
「それはできん。たった一人に砦を落とされたなどと、誰が言えるものか!」
まあ、そうなっちまうのかな。仕方ない。
「んじゃあまあ、やろうか?」
「参る。きぇーーーーー!!」
サージュンは上段からの振り下ろしを繰り出す。
うん。いい攻めだ。アドルフと比べても引けを取らない。だがな。
ドス。
俺は剣の刃のない平の部分をサージュンの腹に打ちつけた。
サージュンはふっとび壁にもたれ掛かった。
「ぐぉ! な、なぜ、斬らない?」
「喧嘩を売ってきたのはそっちなんだがな。この砦を攻めたのは俺のわがままだ。俺のわがままだからお前らの尊厳は関係ない。俺の好きにさせてもらうぜ」
「ここの兵たちを・・・」
「無暗に殺っちゃいないから、手当てが早ければ間に合うだろう。投降してくれると助かるんだがな」
「・・・感謝すべき、か?」
「必要ない」
サージュンはそのまま力なく頷いた。
俺が本気になれば、こんな砦をいちいち攻略する必要はない。カルドニアの首都まで飛行魔法で飛んでいけば済む話なのだ。
しかし、その方法を俺はあえて取らない。
順々に砦、要塞を攻略していくつもりでいた。
誰に刃向ったのか、カルドニア上層部に思い知らせてやるために。
逆に言えばここにいる兵達は飛んだとばっちりなわけだから、なるべく無駄な殺しは控えたいところだった。
さて、先は長いぞ。
たった一人の俺の戦争は始まったばかりだからな。




