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本領発揮

 コキコキ。

 首を左右にひねってみる。

 全身傷だらけで血もだいぶ流れたので全快状態には程遠い。

 好調時の60%ってところか。

 だが、それでも先程までとは比べ物にならないほど体が軽い。

 さあ、反撃と行こうか。


「あ、ありえない。大型モンスターでも一日は痺れが取れないのに、こんな短時間で・・・」

「まあ、人間にカテゴリーされていないんで」


 俺はにやりと笑って答えた。先ほどの意趣返しだ。

 つーか、俺でもあれだけ解毒に時間がかかったんだから、大型だろうと心臓まで硬直して死ぬんじゃねーかこの毒。

 エリザベートはナイフを取り出すと素早く俺に投擲してきた。


「どこ投げてるこっちだこっち」

「疾い!」


 投げ終わった頃には俺は全くの別の場所にいた。

 エリザベートは更にナイフを投擲する。

 今度は三本をいっぺんに投げ放つ。


「遅い遅い」

「疾、すぎる!?」


 俺は横に5メートル、縦に6メートルほどの通路を縦横無尽に動き回る。床だけではなく、壁も、天井も俺にとっては移動するための足場となる。

 エリザベートは全く追いつけなくなった。

 もっと疾く。

 目にも止まらない速度で。

 いや、目にも映らない速度で。


「こんな、こんな動きが、人間に可能なのか!?」

「今さら人間扱いするんじゃねーよ!」


 もはやエリザベートは目で俺を追うことを諦めたようだった。

 エリザベートは呪文を唱え魔法を使用する。


「これだけ動き回っていれば、これは防げまい!」


 自分を中心に全方位に風の刃を放つ。

 確かにこれだけ動き回っていれば当たる可能性を期待するかもしれないが。

 俺はそれらをすべて躱した。


「馬鹿な!」


 俺はようやく止まり、ステップを踏む。


「あの程度の魔法、躱すのは難しくない。シャルロッテの方がよっぽど強いな」

「あんな小娘よりあたしが劣るだって! 馬鹿に、するなぁ!!」


 今度はナイフを投擲。しかし、散々手こずったその攻撃ももはや。


 カラン。


 前方に展開した風の結界で防がれ地に落ちる。

 エリザベートは絶句する。

 その気になれば最初から動き回る必要すらないことを誇示する。

 先ほどまで通じていた攻撃が通じない。

 改めて力の差を感じているようだった。


「バケモノ、バケモノ、バケモノぉ!!」


 もはやなりふりを構わずに滅茶苦茶にナイフを投擲する。

 しかし、いくらナイフを投げても、風の結界にすべて弾かれてしまう。

 そういえばこいつ、一体いくつのナイフを持ってるんだ?

 既に俺はナイフなど脅威ではなく、そんな事を考えてみる。

 エリザベートは愕然とした。


「は、はは・・・」

「さて、気は済んだか? それじゃあそろそろこっちから行くぞ」


 エリザベートはびくりと震え、膝が笑う。

 圧倒的なプレッシャーに押され、身動きが取れなくなっているようだった。


「さて、お前には質問がある。お前はカルドニアの人間だな?」

「な、何を言って・・・」

「ああ、顔が引きつってるぞ。瞳孔も開いた。うそつきの顔だ」

「っつ!」


 一応こいつも暗殺者としてそれなりの訓練を受けているんだろうが、この緊張状態の中でとっさに無表情になるのは難しいだろう。

 先日の暗殺者の姉なんだから間違いなどありえないのだが、一応確認はとれた。どう料理してくれようか。そう考えていた時――


「先生!」


 東側通路から数人が走ってきた。

 言わずもがな特別クラスの生徒達だ。

 ちょっと遅かったな。もう少し早く来てくれれば楽ができたんだが。

 俺が長々と粘ったのは単純に時間稼ぎでもあった。

 シャルロッテが追いかけて来なければ、いずれ不審に思い、こいつらは引き返してくると思ったのだ。


「あ・・・」


 エリザベートは口をぽかんと空ける。この状況でさらに増援。絶望しているのだろうか。


「せん、せい・・・」


 生徒らは絶句して俺を見つめた。

 ん? ああ、土まみれの上に血だらけの満身創痍だからな。

 今は完全に状況は逆転しているんだが、こいつはカッコ悪いところを見られたぜ。


「こいつが、先生を!」


 ステラがダガーを引き抜く。他の生徒もそれにならって武器を取り出した。

 だが、エリザベートはここ一番の笑顔を見せた。


「あっはぁ!!」

「!! しまった」


 エリザベートは煙幕を地面に投げ放つ。

 こいつは変身魔法を使えるんだ。

 煙幕で姿をくらまし、生徒に化けたら厄介な事になる。

 姿が消える瞬間、エリザベートは俺に向けて会心の笑みを浮かべた。しかし――


「猪突猛進」


 姿が煙幕に消える寸前。セリスが猪突猛進で突っ込んだ。

 勢いそのままにエリザベートにボディーブローを炸裂させ壁まで吹き飛ばす。


「がっ!」


 いきなりの事で何が何だかわからないだろうが、そのエリザベートにさらに追い打ちをかける。


「よくも、わたくしの姿で先生を!」


 手を振り上げるシャルロッテ。

 その先にあるのは風の刃。それはまるで死神の鎌のようだった。


「ひっ!」

「待て、シャルロッテ」

「止めないでくださいませ先生!」


 シャルロッテが風の刃を振り下ろそうとする。だが、それよりも早く俺の手刀がエリザベートを貫いた。


「か、は。あた、しは。仇、を、い、ざべ、ら・・・」


 ぱくぱくを口を動かして、エリザベートは沈黙した。

 俺はシャルロッテの手を取り、風の刃をかき消す。


「せ、先生。なんで?」

「こんなご時世だ。殺しをするなとは言えん。でもな、最初がこんな暗殺者である必要はない」


 どこでスイッチが入ったのか、シャルロッテはいきなり泣き出してしまった。

 おいおい泣くなよ。どうすりゃいいんだこれ?

 俺は今度はセリスを見る。


「ん?」


 特別クラスに入った当時は判断が遅かったセリスが、あの状況で真っ先に飛び出した。

 俺はそのことを嬉しく思った。

 セリスの頭をポンポンと撫でてやる。


「ん・・・」


 セリスはくすごったそうに成すがままに撫でられてる。

 クレアが俺に近寄り、傷口を触る。


「先生。まずは傷の手当てを」

「ああ、大丈夫だ」

「そんなはずはありません。だって、そんな血が、で、て?」


 クレアが俺の傷口を何度も触る。

 あまりに何度も触るのでシルフィーが訝しむ。


「クレアさん、あまり傷口を触るのは」

「・・・傷が塞がってる」


『はい?』


「そんな馬鹿な。こんな血があちこちから出ているのに」


 シルフィーも他の面々も俺の血が出ている箇所を確認するが、俺からは血が出ていない。

 おい触りすぎじゃねーか、すけべ。


「もしかして、治癒の加護?」

「正解だセリス」


 さすがに加護持ちだけあって、その辺の反応は早い。


「・・・でも、こんなにすぐに、これだけの傷を、こんな加護、聞いたことない」

「先生は、本当に何者なんですの?」

「ないしょだ」


 全員が眉を顰め、ほほを膨らませる。

 と、言ってもさすがにこれだけ見せちまうとな。

 『ないしょ』と言っていられるのもあと僅かかね。

 それよりも今はカルドニアだ。

 これだけやってくれたんだ。いつまでも守ってばかりではいられない。

 いい加減こっちからも攻めてやるか。

 俺に手を出したことを心の底から後悔させてやる。

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