戦いの哲学
エリザベートとの戦いはある種、膠着状態を迎えていた。
俺の腕力を恐れてか、エリザベートは積極的に近接戦闘に持ち込む事はなくなった。
俺も基本は逃げながら、隙あれば攻撃に転じようとするが、今のところは失敗してばかりだ。
(おかしい)
エリザベートがもう何本目になろうかというナイフを投げる。
体が思うように動かないので剣で受け止めるが、軌道が逸れわずかに手が切れる。
エリザベートは舌打ちをした。
(違和感。そう、違和感だ。これが最強の男スティーグの戦い方か? 土にまみれ、這いつくばり、成功率の低い攻撃を繰り返す。これがスティーグなのか? あたしはもっと簡単にこいつをいたぶれると思っていた。常に強者であるこいつだからこそ、この力の出せない状況では何もできず、成すがままにされ、最後には命乞いをする。そう思っていた。そんなシナリオがあたしの中で出来上がっていたはずだ。なのに!)
どうした? エリザベートの攻勢が急に弱まった。
理由はわからないが、丁度いい。ちょっと小細工をさせてもらうか。
(何故こいつは何度も立ち上がる? 何故こいつは諦めない? 何故こいつの心は折れないんだ!?)
「呆けている暇はないぜ。食らえ、ウォーターカッター!」
「!?」
魔法名を叫び、俺は手をかざす。
普段ならば鋼をも切り裂く水の刃が飛び出るはずだ。しかし。
ぴゅー。
飛び出したのは水鉄砲ほどのただの水だった。
エリザベートに届くこともなく、地面を濡らすだけに止まる。
「あっははは! 脅かしやがって。まだ魔法を使うことを諦めていなかったのかい?」
ケタケタと笑いながらエリザベートは歩を進める。が――
ずるり。
「な!」
水たまりで足を取られた。
そう、俺が出した水はただの水ではない。すこし粘着性のある、要はぬるぬるした水を出したのだ。
ただ、水を出して床を濡らしただけでは怪しまれる。だから、あえて、必要のない魔法名を叫び、攻撃の意図を込めて、床を濡らしたのだ。
床の水の足を取られるエリザベート。今が好機。
「お、おお、おー!」
俺は両手を逆手に剣を持ち、足を取られ動けないエリザベートに振り下ろそうとした。
対してエリザベートの反応は思ったよりも早かった。
二足歩行での回避を諦め、ごろごろとそのまま転がり、水たまりから脱出した。
俺も水たまりに入る訳にはいかず身を引く。
「惜しい・・・」
あともう少し反応が遅ければ、この模造剣でも突き立てれば勝負はあったのだが。
「くっそぉ! らしくないじゃないか。ええ! スティーグ。小賢しい罠を張り巡らせたり、つまらない攻撃を繰り返したりして。それは弱者の戦い方だ。何故そんな戦い方ができる!? 最強の男が聞いてあきれるよぉ!!」
「お前には、感謝、して、いるぞ」
「なんだって?」
「いい、教訓に、なった」
油断は禁物と常々思ってはいたものの、やはり気が抜けていたようだ。
不自然な点はあったのに、先入観が邪魔してシャルロッテの正体を見破れなかったのは俺のミスだ。
このミスはいい薬だ。今後戒めよう。
だから礼に言ってやろう。
こいつの致命的な勘違いを。
「俺は、な。自分が、最強なんて、一度も、思ったことは、ねーん、だよ」
大体最強なんてどうやって決める。筋力を測定したトータルの数値か? トーナメントを開いて優勝したら最強か? そんなものはコンディションで変わる。運で変わる。作戦で変わる。絶対的な勝者などあり得ない。現に俺はこうしてピンチに陥っている。
自分が最強などと胡坐をかいている輩は決して最強など成りえない。
どんな状況下であっても、常に最善手を模索し、勝利を掴みとる。
土に塗れ様が、笑われようが知ったことか。戦うからには勝利の為に今できる最善を尽くす。
それが俺の戦い方だ。
「は、は・・・どうやらあんたのことを勘違いしていたようだね。あーあ、もういいか。面倒になってきたよ」
エリザベートから魔力が膨らむのを感じる。
いたぶることを止め、俺を殺すことに全力を傾けることにしたらしい。
まずい、魔法を使うつもりか。
くそ、あともう少しなんだ。何とか時間を稼ぐ。
俺はまた小細工を使うことにした。
「来たれ! ダーンウィンスレイブよ!」
「な、なんだと!」
来い!
来い!
来い!
本気で念じてみる。
もしかしたらという期待があった。
あの剣はまだ俺にも掴めていない何かがあると感じている。
だから、一応試してみた。
だがというべきか、やはり来ない。
仕方ないので、俺は作戦を切り替えた。
前方が眩く光り、俺の両手には愛剣ダーンウィンスレイブが握られていた。
「ば、馬鹿な!」
驚きを隠せないといった様子のエリザベート。
しかし、当たり前ではあるがこれはフェイクである。
絶大な力を誇るダーウィンスレイブであるが、呼び出せばどこからともなく現れるといった機能はない。
これは先ほど小さな魔力を練り上げて土魔法を応用して作ったこのフェイクのダーウィンスレイブを雷(光)魔法で明るく照らしている間に、あたかもその場から出現したように演出しただけだ。
本来こんな現象は起こらない。しかし、自分が規格外だという認識は俺にもある。
あるいは俺ならば、この魔剣ならばこんなことが起こるのではないかと思わせることができれば儲けものだ。
エリザベートは硬直し、こちらの様子を窺う。
「・・・ハッタリだ」
「どうかな?」
「剣が、呼ばれれば出現するなんて話は聞いたことがないよ」
「この魔剣ならばわからないぜ?」
更にエリザベートは思案する。
「・・・いや、やはりハッタリだね。もし剣が呼べるならさっさと呼んだはずだよ。そんなに傷ついてから呼ぶ必要なんかないさ」
そこを突かれると弱い。
だってしょうがねーだろ。さっき思いついたんだから。
だが、もう十分だ。
「あーあ。ばれちまったか」
俺は偽ダーウィンスレイブを無造作にエリザベートにぶん投げた。
「ぅお!」
躱された。惜しいな。
「危ない危ない。やはりハッタリかい? 相も変わらず姑息だね」
「ああ、もういいんだ。一応時間は稼いだから」
「時間・・・? お、お前!」
エリザベートは今になって気付いたようだ。
俺が饒舌に喋っていることに。
俺が肩で息をしていないことに。
俺の顔色が良くなっていることに。
そう、解毒の加護は俺の中で確かに作用していた。
流れ出る汗から、傷口からの血液と一緒に毒はほぼ完全に外に排出されていた。
さあ、ここから反撃開始だ。
「俺に逆らった根性。もう一度見せてもらおうか。エリザベート!」




