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ハニートラップ

 共同生活が始まって数日が経った。

 襲撃者はいまだ現れず、平和な日々が流れていった。

 そして本日、長期休み最後の日。特別クラスの面々はいつもの闘技場で訓練に明け暮れていた。

 襲撃者の警戒はしなければならないが、だからといってずっと籠っているわけにはいかない。

 いや、だからこそ、鍛えなければならない。

 今は野外に出ることは避けたいので、この闘技場で訓練をするしかなかった。

 訓練は夕方まで続いた。


「だーーー! っつっかれたー!」


 ステラが競技場の真ん中で大の字に寝っ転がった。今日のメニューをこなし、気が抜けたのだろう。


「疲れたー、水浴びして体洗いたい」

「ステラさん、みっともない恰好をするものではありません。我々は常に毅然としていなくては」

「シルフィー先輩は自分に厳しすぎるですよ~」

「あはは、確かに疲れましたね」


 クレアが割って入りさりげなくフォローを入れた。


「よーし。今日の訓練はここまでだ。上がっていいぞ」


『お疲れ様でした』


 面々はタオルで顔を拭きながら、上がり作業を始めていた。

 なんといっても帰る場所は今は皆同じシャルロッテの屋敷なのでまとまって帰ればいい。

 俺もさっさと帰り支度を始めることにした。


「あの、先生」

「どうしたシャルロッテ」


 シャルロッテが俺に話しかけてきた。


「ちょっと今日の訓練でおさらいしたいところがありまして、もう少し付き合っていただけませんか?」

「うえー。シャルロッテ先輩まだやるんすか?」


 シャルロッテの発言にステラはげんなりしたようだ。


「明日からまた学園が始まるぞ。それに今は場合が場合だし、今日のところはいいんじゃないか?」

「お願いします。どうしても気になって。皆さんはどうぞ引きあがてください。すぐに追いつきますわ」


 シャルロッテは普段から熱心だが、訓練が終わって、まだこんなに頑張るとは思わなかったな。

 そういえば、今日のこいつはどこかぎこちないように見えたが、それを直したいのかもしれない。


「しょうがねーな。お前らは帰っていいぞ。まとまって帰れよ」

「わかりました。スティーグ先生がいればシャルロッテさんは大丈夫だと思いますけど、気を付けてくださいね」


 クレアがそういうと、皆引き上げていった。

 俺はシャルロッテに向き直る。


「で、どこが気になるって?」

「・・・嘘です」

「あ?」

「気になるところがあるというのは嘘です」

「・・・どういうつもりだ?」


 シャルロッテは顔を少し赤くして、俺から離れ、バックから何かを取り出し、また戻ってきた。


「これを食べてほしかったのですわ」


 シャルロッテが持っていたのはクッキーだった。

 星やハートの形をした、おそらくは卵、小麦粉、砂糖などで作った至ってシンプルなクッキー。シャルロッテはこれを俺に差し出した。


「お前が作ったのか?」

「はい!」

「いや、何も今食わなくてもいいだろう。帰ったらお前の自慢の料理人が夕飯を作ってくれるわけだし」

「先生はわたくしの作ったクッキーが食べられないとおっしゃるのですか?」


 シャルロッテはひどくショックを受けたような顔をした。

 うーん。今じゃなくてもいいし、夕飯後にみんなで食えばいいんじゃないだろうか。

 こいつ、たまに変なモードの入るよな。

 今日、どっかおかしかったのもこれを渡すタイミングを計っていたからなのか?

 ・・・何か、妙だ。


「しょうがねーな。じゃあ、一つ」

「は、はい! 先生の好きなお茶もお持ちしましたわ」


 シャルロッテは水筒を取り出してぽとぽとお茶を入れ始めた。

 まあ、せっかく作ったんだしな。ここで全部食べなくてもいいだろう。少し食べて後でみんなで食べれば。

 俺はクッキーをつまむと口に放り込みぼりぼり咀嚼した。ふむ、普通のクッキーだな。ちょっと粉っぽいか。混ぜる時にもう少しよく混ぜた方がよかったな。本の物語の中のドジなメイドが塩と砂糖を間違えたりとかする話がよくあるが、そんなこともないし。食える食える。

 食えるが、それもおかしい。

 これをシャルロッテが? あいつこんなの作れたのか?

 陰で練習したんだろうか。

 一、二枚食べて俺はお茶を飲み干す。


「いかがでしたか?」

「あー、まあ食えるぞ」

「そうですか。それはよかったです」

「後はみんなで夕飯の後にでも食べようぜ。今から急げば追い付く――!」


 俺はしゃべりながら違和感に気づいた。舌が痺れる。いや、舌だけじゃない。体全体が痺れている。うまく体が動かない。なんだこれは?


「こ、これ、は」

「先生? 先生? どうなさったんですか先生?」

「ぐ、シャル・・・」


 俺はシャルロッテを見つめる。おかしい、これはどう考えてもこいつが・・・


「もしかして、体が動かない、のですか?」


 シャルロッテがにたりと笑う。ちがう。こいつはこんな下品な笑い方はしない。しかし、外見はシャルロッテだ。

 が、その外見がぐらりと揺れる。最初は体が溶けていくのかと思ったが、それは途中までで、そこからまた体が元に戻っていく。いや、まったく同じシャルロッテに戻るのではない。別人になっていた。服までも全くの別の物に代わっていく。これは。


「あは。あははははっは! 引っかかった引っかかった! 魔人スティーグがまんまと引っかかったよぉーーーー!」


 シャルロッテの皮をかぶっていた別の誰かが、いや、俺を殺しに来た暗殺者が、今、俺の目の前に立っていた。

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